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婚約者が外弁慶なボクを殺人犯だと疑ってるんだけど  作者: 御仕舞


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17/21

15 . 長大な計画の成功を祝えば


 その言葉は、まるで聖歌隊の歌声のように清らかに会議室に響き渡った。

シャヘルの無邪気な笑顔は、天使が奏でる祝福の調べのようでありながら、同時に底なしの奈落を覗き込むような冷たい戦慄を人々に与えた。

紫水晶の瞳は、もはやアレスを映してはいなかった。

遥か遠くの何かを見つめているかのように揺らいでいる。


「自分を悪魔、だと言うのか」

「ええ、そうです」


 正気じゃないような者を見る目、狂人を見る目、嘘を吐いていると疑う目、冗談を言っていると怒る目、頭が悪いのだと蔑む目、気持ち悪い者を見る目、怯える目、怒る目、目目目目目目。


「わたしは呼ばれたから来ただけ。生贄と契約を結んでおしまい。事故だの、殺人だの、分かってるのになんで知らないふりするの?レム王女はわたしたちを呼ぶための生贄になったんでしょ?」


 彼女の言葉に一点の翳りもない。

まるで楽しい物語の一節を読み上げるような軽やかさだった。

アレスは、掴んでいたシャヘルの顎から無意識のうちに手が離れる。


「…レムが…?」


 アレスの言葉はそこで途切れた。

言葉を紡げなかった。

シャヘルは楽しげに微笑んだまま、小首を傾げてみせた。

まるで愛らしい仕草だが、その意味するところは救いようのない絶望を孕んでいた。


 瞬間、カナン王家の崩壊が音を立てて加速した。


「あぁ…! あぁぁ…っ!」


 王妃が床に崩れ落ちる。

両手で顔を覆い、その隙間から血を吐くような嗚咽が漏れた。

彼女の全身が激しく痙攣する。


「私が、私がこの手で悪魔を産み落とした! こんな化け物をカナン王家にッ!」


 その言葉は呪詛のように会議室に反響し、誰もが耳を覆いたくなるような醜さと狂気を撒き散らした。

王妃は髪を掻きむしり、地面に打ち付ける。


「リリアーナ、静まれ!」


 夫である国王が叫んだが、その声もまた震えていた。

彼の視線はわたしを恐ろしい怪物を見るかのように見つめている。

血族魔法の継承者である彼にとって、シャヘルの自己承認は最大の恐怖だった。


「まさか…このような…」


 アベルの声が完全に掠れている。

彼は兄でありながら妹であるはずのシャヘルから半歩後退した。

紫水晶の瞳がこちらを向いた瞬間、まるで魂を吸い取られるかのような錯覚を覚え、背筋に冷たい汗が流れる。

彼もまた血族魔法の継承者だ。

いずれ己も同じ運命を辿るのではないかという恐怖が彼の胸を抉り抜いていた。

唯一まともに立っているのは第二王子カインだったが、その表情は憎悪に満ちていた。


「やっぱりな」


 彼は吐き捨てるように言った。

元々シャヘルに対する悪感情を隠していなかった彼にとっては、この告白すら新鮮な驚きではなかった。


「病気とか記憶喪失とか嘘だと思ってたんだ。お前のこと昔から嫌いだったけど、悪魔に魂を売ってたなんて、悍ましい化け物め」


 病気ではないが、記憶喪失は嘘ではない。

わたしは過去の記憶があやふやだ。

だから、レムを知らなかった。

だけど、状況証拠を積み重ねて、推測はできた。

『悪魔』である自分が存在しているのだ。

血族の生贄は必ずあったはずなのだから。


 シャヘルは何の感慨も抱かず、ただ柔らかい笑みを湛えたままだった。

アレスは冷たい瞳でシャヘルを見据えた。


「レムを生贄にしただと?」

「血族魔法の代償には世代ごとに最低一人の生贄が必要だ。それがレム王女だっただけだよ」


 わたしだけが穏やかに微笑んでいる。


「ああ、アレス殿下。そんな悲しそうな顔をなさらないで」


 シャヘルは優雅に手を振る。


「愛してたの?好きだったの?だったら、あなたの心の中には今も彼女の美しい姿が生き続けているでしょ?」


 アレスの拳が固く握り締められる。

指の骨が白く浮き上がるほどの力で。


「彼女は尊い犠牲だった。カナン王家に受け継がれる血族魔法のために、王女はその栄誉を担ったのだから」

「黙れ」


その一言に込められた怒気が室内の温度を更にに下げた。

アレスの瞳が暗く燃え上がる。


「アレス」


 皇后が心配そうに肘を軽く叩く。

だが止めることはできない。


「黙れと言った」


 シャヘルはなぜアレスが怒るのかと不思議そうな顔をして、


「知りたかったんでしょ?ずっと調べてたんだよね?真相を知れてよかったね」

「ふざけるなッ!お前たちがレムを殺しておいて、何をのうのうと」

「殺した?いいえ」


 わたしたちは殺したわけではない。


「ただ選ばせただけ。生贄の契約には本人の意思が絶対だから。生き残る選択肢はあったよ。わたしたちは契約を結んだだけだ。そうさせた状況はあったかもしれないけど」


 シャヘルの言葉がアレスの胸に突き刺さる。


「レムが、自ら?」


 その瞬間、アレスの頭にフラッシュバックのように思い出が走った。

初めて庭園で出会った日。

怯えたように俯く少女。

そして徐々に見せてくれた笑顔。

あの時彼女は一体どんな運命を背負っていたのか。


 アレスの膝から力が抜ける。

椅子に崩れ落ちる彼の拳にはもう力はなかった。


「シャヘル王女よ、一つ訊きたい。なぜ寿命が尽きない?」


 皇帝の声は重く会議室に響く。

初恋であろう少女のことを、長年息子が事件を調べていたのを知っていただけに、父親としてもアレスが不憫で哀れだった。

だが、アレスを慰めるのは後でもできる。

今は皇帝としての責務を果たさなければならなかった。


 そもそも、皇帝は悪魔にも半信半疑であった。

そのような御伽噺の存在が今ここにいる?

だが、カナン王家の恐怖は尋常ではない。


「頻繁に第五階位という血族魔法を行使していたと聞く。だが寿命を代償にすると聞いていたぞ?悪魔であれば、寿命など関係ないのか?」


 シャヘルは出来の悪い生徒に教えるように、優しさと憐れみを含ませながら、諭すように、


「もちろん、わたくしの体は人間ですもの。寿命はありますわ。でも」


 無邪気に首を傾げ、


「なぜ自分の寿命を代償にしなければいけないの?」


 彼女の声は鈴の音のように澄んでいた。

しかしその純粋さがかえって異様な恐ろしさを帯びている。

血族魔法第三階位、と顔を青ざめさせた国王が呟く。


「【納税の義務】」

「須らく国民は納税の義務を負う。逃れる術はない」

「せ、制御はどうした!?」


 国王が呻くように吐き捨てるのを横目に、シャヘルは細い指で左腕の封印腕輪を掴み、まるで子供が玩具を弄ぶかのように容易く外してみせた。

そのまま空中で投げ上げてキャッチする。


「さあ、どれくらい、誰が寿命減ったのかな」


 ヘラヘラ笑い、からかうシャヘルに、王家の人々が金切り声を上げて床に這いつくばる。

第一王子アベルは喉を押さえて苦悶し、第二王子カインはガチガチと歯を鳴らして後退る。

王妃は床を拳で叩きながら、


「あの子を殺せ! 殺せェ!」


と叫び続ける。


「落ち着かれよ!」


 皇帝の鋭い叱責が飛ぶが、王家の者たちは既に正気を失っていた。


「やはりあの時殺せば良かったのよ!」


 王妃の狂気に満ちた絶叫が会議室を切り裂く。

彼女の言葉は憎悪と絶望に塗れていた。


「この世に生を受けたこと自体が間違いだった!」



 そのとおりだとわたしたちは思った。


生まれなければ。

悪魔と契約しなければ。

王子であれば。

王女でなければ。

貴様ら王家が我らを生け贄に捧げなければ。


でも呼んだのはお前らじゃん!


わたくしはただの高校生だったのに、この乙女ゲームを元にした世界に呼び出され、血反吐を吐きながらハッピーエンドに辿り着いたはずだった!

でも、エンドの先で、形だけの女王として利用され、愛しい人に騙された上に、こんな糞の蔓延る愚民共を強制的に守らされ、監査役として死後も縛り付けられるなんて!

聞いてないよ、おかしいでしょ、神様?!


そう、神様は間違った。


国内外で賢君と呼ばれていた父上が暗殺されたのは、大きな間違いだった。

お前ら貴族と宰相の後ろ盾があったことは知ってるよ、子どもだからってわからないと思った?

反国主義者の暴走によって暗殺されたせいで、残されたのは7歳のボクだけ。

育ちきってない魔力のせいで結界を維持できず、帝国に占拠されたって、お前らは自分のことは棚上げで、ボクを罵倒し、王国民全員の恨みを背負わせられ、死んだ父上のことすら侮辱したね。

監禁し、成長してからは人権もなく種馬として薬物投与の拷問の末に、生贄に捧げたのは誰?

あいつらの血が混じった愚かな子孫たち、生まれ落ちた時から罪を背負った者たちよ。


お前らが悪魔を作ったんだよ。

生前の一時期の幸福と安寧と富のために、死後の地獄を選んだ愚か者ども。


でも安心して!

皆で行けば地獄だって怖くない!

ああ、呪われしカナン国!

生前の業は地獄で支払ってもらう。

男も女も老人も子どもも、国民皆が奴隷のように呪いの鎖で繋がれた家畜の群れ。

もうどうしたってどうでもいいよ。

だってもうどうにもならないもん!

なっちゃったものはどうしようもない!


カナン国民たちのみんなー!

自分の生まれを恨んで、みんなで地獄に堕ちようね!



「一つ、質問よろしいですか」


 混乱し、聞く耳を持たない王家をよそに、場には不自然なほど、のんびりとした声が上がる。

それは、それまで護衛に徹していたダイモンからだった。


「悪魔と王子は婚約できないですよね」

「今はそれどころでは…っ!」

「でも、レム王女のことは解決したわけですし、あと話し合わなければならないとすれば、王子とシャヘル王女の婚姻関係を継続させるか否かぐらいでは?」


 王家を置いて、帝国側は渋い顔をする。

この調子では今代でカナン国と血の縁を結ぶの避けたほうが良いのではないかという空気が流れる。

室内に降りた帝国側の沈黙は、重油のように粘っこく流れていった。


「それなら」


 とダイモンは跪いた。

その眼差しは真摯で、わたしの指先をそっと握りしめる。


「姫様。あなたを我が家へ迎え入れましょう。正式に結婚を申し込ませてください」


 唐突すぎる言葉に、皇室も王家も息を呑んだ。

狂気に飲み込まれていたはずの王妃も呆然とダイモンを見ている。

いち早く立ち直った皇帝が渋い顔で口を開く。


「皇室と王家を繋ぐ役目は次世代でも務まる。しかし、貴殿は本当に正気か?」

「もちろんです」


 ダイモンは真っ直ぐに皇帝を見据えた。


「シャヘル王女は、重罪人として扱うにも根拠が乏しく、力が暴発することを考えれば処刑は得策ではありません。ならば、オレが辺境伯領で一生管理すると誓います」

「管理?」


 アレスが眉をひそめる。


「そうです。結婚という形で管理します。オレは次の辺境伯ですからね。辺境の城で暮らせば、帝都にもカナン国にも姫様の力は及ばないでしょう」


 ダイモンの声は確信に満ちている。


「それとは別に本当の夫婦としても愛を育みます。それこそが一番の抑制になるはずです」


 堂々たるダイモンの姿に、再び沈黙が広がった。

皇帝は額を押さえるように目を伏せ、アレスは茫然とダイモンを見つめている。

わたしは自身の顔が真っ赤になっていることに気づきながらも、おずおずと口を開いた。


「…本気?」

「もちろん」


 ダイモンは穏やかに微笑む。


「オレは以前から決めていました。姫様のことを大切にしたいと」


 その言葉に王妃が泡を吹いて倒れた。

地面に崩れ落ちたまま泡を吹きながら絶叫し、国王と王子たちは石化したように動かなくなった。

アレスはかろうじて声を絞り出す。


「辺境に閉じ込めるとは…それが罰だというのか?お前は平気なのか?」

「罰?」


 ダイモンは苦笑した。


「悪魔であることが罪であるというのなら、別ですが、姫様の罪は確定してませんよ。どれもが証言や状況証拠だけで、確定的な罪などないじゃないですか。姫様、前にオレは言いましたよね?誤解されやすい行動は避けたほうがいいと」

「誤解?」

「ええ。姫様は悪魔じゃありません。愛らしいオレの天使ですよ。姫様と一緒にいられる幸福を運んできてくれたのだから」

「て、てんし」

「血族魔法もオレが責任持って使わせないようにしますよ」

「どうやって?」

「そりゃ、愛の力で」


 再び黙り込む室内。


「ね、姫様」


 と、ご機嫌にウインクするダイモンに、わたしは


「う、うん」


 顔を赤らめ、潤んだ瞳でダイモンを見つめる。

愕然と二人を見るアレス震える声で、


「…『それ』でいいのか?」

「当然です。だってオレは姫を愛しているから」


 皇帝が投げ槍に、婚姻を認めた。






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