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婚約者が外弁慶なボクを殺人犯だと疑ってるんだけど  作者: 御仕舞


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16/22

14 . 会議と真相は踊るけど


 帝都の中央宮殿内、歴史と権威が染み付いた大理石造りの大会議室で、議事録係が形式的な挨拶を述べ終えると、皇帝がゆっくりと口を開いた。


「此度の騒ぎ、帝国国民が、カナン王国の王女に対し無礼千万なる誹謗を行った由、報告を受けておる」


 重い声が室内に響く。


「陛下」


 その沈黙を破ったのはアレスだった。


「事実確認もせず暴走した挙句、他国の王女を侮辱したのです。この無礼極まりない蛮行をどうお考えになられますか? 慎重を期すならば、まずは内部調査の結果を待ち、然るべき手続きを経るのが道理でしょう」

「然り」


 アレスは一瞬だけシャヘルの紫水晶の瞳を捉えた。

皇帝は次いでシャヘルに向き直った。


「シャヘル王女よ。其方への嫌疑については今しばらく我らの調査が必要となる。不快な思いをさせたこと、深く謝罪する」

「いいえ。誤解が解けることを願っておりますわ」


 シャヘルは冷たく答えた。

しかし、アレスだけがその言葉の裏に隠された皮肉を読み取ったのか、眉を僅かに寄せた。


「その無知な女の処遇は如何になりましたか?わざわざ、わたくしの前で辱めを受ける価値もない輩ですが」


 一介の王女とは思えない傲慢さに、皇帝は僅かに眉をひそめたが、すぐさま冷静を取り戻す。


「現在、法務省にて詳細な取り調べ中である。カナン王国との友好関係を損なう恐れのある重大事ゆえ、慎重に判断を下す必要がある」


 シャヘルは小さく鼻で笑った。


「帝国法は公平無私だと聞き及んでおります。たとえ私が他国の王女であろうと、侮辱は許されるべきではないでしょうね」


 アレスが立ち上がった。


「陛下、王女への誹謗は明白な犯罪行為です。証拠も十分に揃っています。早急な処罰をお願いしたい」

「無論だ。だが、帝国国民への適切な見せしめと、カナン王国への誠意の両立を考えねばならん」

「あら、アレス殿下は処罰をご希望ですの?」


 シャヘルの言葉が議事室に静かに響いた。

彼女の瞳は冷たい炎を宿していた。


「でしたら殿下もまた、あのような無知な者を扇動されたのですし、処罰の対象では?」

「…なんだと?」


 アレスは立ち上がり、鋭い眼光でシャヘルを睨みつける。


「俺がいつ扇動したと?」

「まあ」


 シャヘルは優雅に微笑んだ。


「心当たりがないとでも?」


 緊張が部屋中に広がる。

皇帝は二人の間に視線を彷徨わせ、皇后は息を呑んだ。


「どちらにせよ」


 シャヘルは突然穏やかな声で、


「アレス殿下が処罰されないのであれば、その女にもそれほどの処罰は必要ありませんわ」


 一同が息を飲む中、彼女は続けた。


「生徒間の喧嘩として収め、学園を退学させるだけで結構です」


 皇帝が思わず声を上げた。


「それではあまりにも」

「公平さこそが大切ですもの。お互いの国の名誉を守るためには、ちょうど良い落とし所かと存じますわ」


 驚きと困惑が部屋を満たす中、シャヘルの父である国王は拳を固く握りしめ、王妃は唇を噛み、第一王子と第二王子はシャヘルを忌々しげに見つめていた。


 皇帝は深く息を吐き、決断を下すように言った。


「その件については理解した。しかしその前に…シャヘル王女よ、もう一つだけ確かめさせてほしい」


 議事室に緊張感が漂う。


「ピーノ嬢が主張している『温室で君を見たという使用人と護衛官』の話だ。あれは真実なのか?」


 シャヘルは小さく首を傾げ、


「残念ながら、嘘ですわ」


 アレスの目が見開かれた。


「何?」

「その日、私は温室に行っておりません」


 シャヘルは肩を竦めた。


「その情報を得てピーノ嬢が勝手に信じ込んでしまったようです。どこからその情報が出てきたのかは存じませんが」


 脚を組み替え、冷ややかな表情で続ける。


「そもそもその『使用人』とやらはどこにいるのでしょうか? まさか、誰かからの又聞きだったりしませんわよね?捜査当局が現場を封鎖する前に、その証言者は誰にも接触されなかったのもおかしな話ですわ」

「付け加えます」


 重い空気を破ったのはアベルだった。

彼はシャヘルの紫水晶の瞳を一瞥することもなく、事務的な口調で言い放つ。


「現場から得られた証拠といえば、亡骸のそばに落ちていた花瓶くらいのものでした。シャヘル王女はもちろん、他の誰の痕跡も…遺留物も血痕も何もかもありません。つまり、通常の殺人事件であれば必ずあるべき『犯人の痕跡』が皆無だったのです」


 皇帝陛下が続きを促すと、第一王子は淡々と続けた。


「王国側としてはこれは単なる事故ではないかと考えています」


 他三人の王族の間も予め示し合わせていたかのように頷く。


「事故とな?」


 皇帝が眉を顰めた。


「ええ。妹のレム王女に事件性は過去も現在も感じられません。むしろ、なぜ帝国の方々がここまで気にされるのか。王女レムはおそらく何かにつまずきバランスを崩したのでしょう。その際に傍らの花瓶に頭部を強打したのです」

「花瓶如きが人を絶命させるほどの力を持つと思うか? 高所から落下したわけではない。そして最も不可解なのは『誰の痕跡もない』という点だ。事故であったとしても、花瓶が倒れる原因となる何か、例えば争った形跡や、何者かがそこにいたことを示唆するような些細な痕跡すら見当たらないというのは奇妙極まりない。それとも貴国では『事故』と称してすべてを闇に葬るのが常套手段なのか?」


 皇帝陛下の鋭い指摘に、王家一同は沈黙した。

誰一人として反論しない。

その態度が、何かを隠蔽しようとしていると少なくともアレスの目にはそう映ったのだろう。


「肝心な点ですが」


 アレスはテーブルに肘をつき、組んだ指の上で軽く顎を乗せながら言った。

その声は低く、しかしこの場の全ての者に聞こえるだけの響きを持っている。


「レム王女の御遺体は今どこにあるのですか? 彼女の死因を確定する上で最も重要な証拠が存在しないというのはあまりにも奇妙だ」


 その問いは一瞬で場の空気を変えた。

王国側の面々は顔色を変え、互いに視線を交わしている。

唯一、シャヘルだけはやはり表情を変えず、静かにテーブルに視線を落としている。


「そ、それは」


 口を開いたのは第一王子アベルだった。

彼は焦燥を滲ませながら言葉を探している。

だが、適切な答えが見つからないのか言い淀む。


「我がカナン王国においては…」


 代わりに発言したのは国王ジョゼフだった。

老いた王者は深く溜息をつき、疲れた表情で語り始める。


「レム王女の一件は、既に過去の出来事として決着がついているのでございます。遺体についても、故あって速やかに荼毘に付されました。死者を掘り返し辱めるようなことは慎みたいというのが我々の意向であります」


 国王の言葉は丁寧であったが、その内容は断固として譲歩の余地がないことを示していた。

しかしアレスは簡単に引かない。


「過去の出来事でありながら、我が国の国民が虚偽告発を行う土壌となった事象でもあります。真相が不明瞭なままでは今後の両国関係にも支障をきたしかねません。誠に申し訳ないが、再度捜査の俎上に載せざるを得ないかと存じます」


 その言葉は帝国側からの強い牽制であった。

皇帝陛下も重々しく頷く。


「アレスの申す通りだ。我が帝国の威信にも関わる問題である以上、手を尽くさぬわけにはいくまい。国王よ、理解いただきたい」

「皇帝陛下…!」


 王妃が悲痛な声を上げた。

しかし国王は首を左右に振りながら、妻を宥めるように目配せをする。


「承知いたしました。帝国のご意向とあらば致し方ありません。ただし」


 国王は深々と頭を下げた。

それは王国の屈服を意味する姿勢でもあった。


「我々といたしましては、すでに終焉を迎えた悲劇を無闇に掘り返されることが心苦しくてなりません。どうかお慈悲を賜りますよう」

「それならば」


 皇帝は席から微動だにせず、低く響く声で提案した。


「解決策として提案がある。カナン王家のみに伝わるという『血族魔法』を使用してみてはどうだ? 死者との対話や魂の呼び戻す、そのような術法も可能と聞くが? それを以て、レム王女の最期の言葉を聞ければ手っ取り早いであろう?」


 その瞬間、王国側の席がザワリと揺れた。

まるで見えない雷に打たれたかのように、国王夫妻は硬直し、アベルとカインの顔から血の気が引いていく。

王妃に至っては小さな悲鳴を上げかけた唇を押さえ、恐怖に満ちた瞳で皇帝を見つめ返した。

その様子は尋常ではなかった。


「…血族魔法」


 第一王子アベルの唇から掠れた声が漏れた。

その言葉を口にするのも忌避するかのように、彼の表情は苦悶に歪んでいる。


「ほう、第一王子殿下はお詳しいようだ」


 アレスが薄く笑みを浮かべて指摘する。

翠玉の瞳が獲物を狙う獣のようにアベルを射抜いた。


「詳しくなど…あんなものは古の禁呪だ! 我々王家といえども触れてはならぬ禁忌です!」


 アベルの声は悲痛なほどだった。


「禁忌だと? ならば尚更興味深い。その力を以てすれば、今回の『事故』の真相も明らかになるのではないか? 」


 皇帝は一呼吸置き、意図的に視線をシャヘルに向けた。


「現存する使い手が貴国の国王と第一王子、そして第三王女の三名であるというならば、誰か使用してみて貰いたい」


 シャヘルの名が出た途端、アベルの顔に憎悪と畏怖が入り混じった複雑な表情が浮かんだ。

彼女だけは相変わらず沈黙を保ち、表情一つ変えない。


 皇帝の提案に場は完全に凍りついた。特にカナン王家の人々の動揺は著しい。

国王は額に脂汗を滲ませながら沈黙を守る。

彼の隣で第一王子は途切れ途切れの言葉を繰り返し、王妃は祈るように指を組み合わせている。

第二王子すらも硬直し、息を詰めて事の推移を見守っていた。


「…禁忌の業」


 その言葉がアベルの口から漏れた瞬間、国王はぎゅっと拳を握りしめた。

王国を支える柱そのものが『禁忌』であるという矛盾。

それは長年、王家に課せられた重すぎる宿命だった。


「しかし」


 皇帝の声は穏やかながらも容赦がない。


「禁忌とはいえ、それを継がねばならぬ理由があるはずだな? 例えば、我が国が皇宮を守るために結界師を抱えるように」


 皇帝の意は正しい。

禁忌とはいえ、継がなければならない。

なぜなら、カナン王家にとって血族魔法はまさに王国全体を覆う巨大な結界そのものだからだ。

血族魔法の使い手が幼すぎたための悲劇で、帝国に併合され、一度途絶えかけた時もあったが、何とか血族魔法は繋がれてきた。

それはおそらく、これからも。


 国王はもはや言い逃れは不可能だと悟ったのか、それとも帝国にも危険性を知らせておく必要があると判断したのか、深い溜息をついた。


「陛下のお察しの通りでございます。カナン王国という国土そのものが、初代女王より脈々と継がれし血族魔法『領域掌握』によって守護されております」


 その告白は会議室に衝撃をもたらした。

アレスは口元に冷笑を浮かべた。


「成程、国の礎たる力が禁忌の域にあるとは…皮肉なものだ」

「だからこそ!」


 アベルが机を叩き、叫んだ。


「容易に使うわけにはいかない! 特に死者との対話など、魂に干渉する術はあまりにも危険過ぎる! レムの件を掘り返すこと自体が国益を損ねることになりかねない!」


 だがその叫びは空しく響くだけだった。

皇帝はすでに裁定を下していたのだ。


「それならばこそ、である。レム王女の死の真相を解き明かすことは帝国にとっても重要な案件だ。この機会にその禁忌の力の一端を見せてもらおうではないか。カナン国王、審議会を招集し儀式を執り行うがよい」


 国王が皇帝に頭を下げようとしたまさにその瞬間だった。


「うふふ…うふふふふ!」


 乾いた笑い声が響いた。

誰もがその主を見た。

紫の豪奢なドレスを纏った王妃が、扇子を握りしめ、肩を小刻みに震わせていた。

最初は忍び笑いだったそれが、徐々に高く、甲高く変化していく。


「うふふ…あはははははは!! 分かっていない! 分かっていらっしゃらないわ、帝国の皆様は!」


 ついに彼女は声を上げて笑い出した。

その笑顔は張り付いた仮面のようで、瞳だけが虚ろに光っている。


「あの恐ろしさを! 生者の世界と死者の世界の境界を曖昧にするあの悍ましい力の深淵を!!なぜそんなにも無神経に使えと仰るのかしら!?」


 王妃の狂気に満ちた叫びに、国王が慌てて制止しようと立ち上がるが、彼女は激しく拒絶するように首を振った。


「禁忌の意味を! ご存知ないのですね! 血族魔法はただの術ではない! 生と死の狭間で均衡を保つための…いえ、均衡を偽装するための枷です!」


 王妃の叫びは悲鳴のようだった。


「使えば均衡は崩れる! 扱い次第では国そのものが死者の世界に引きずり込まれる恐れもあるのです!」


 彼女は震える指先で真っ直ぐにシャヘルを指さした。


「そして! あれが…あれこそが! 血族魔法の集大成! 忌まわしき悪魔ですわ!!」


 その言葉は鋭利な刃となってシャヘルに突き刺さる。

しかし、指された当人は瞬きすらせず、ただ静かに紫水晶の瞳を母親に向けていた。

表情は彫像のように微動だにせず、唇も引き結ばれたまま。

それは肯定でも否定でもない、絶対的な沈黙だった。


 その沈黙が却って恐ろしいと、会議室の空気が張り詰める。

第一王子アベルは顔面蒼白になりながらも、シャヘルから母親を守るように、母の腕を掴んでいた。


「母上! おやめください!」

「離しなさい! 真実です! あの悪魔が!」

「…静まれ!」


 皇帝の低い怒号が響き渡った。

場は水を打ったように静まり返る。


「血族魔法はカナン王家を存続させる力にして、諸刃の剣というわけか」


 皇帝は鷹揚に頷き、次いでアレスに視線を向けた。


「アレスよ。どう見る? この重大事の後始末は」


 アレスは沈黙する母と娘を交互に眺める。

翠玉の瞳が獲物を見定めるように彼女を捉える。


「つまり『悪魔』の力を以てすれば、レム王女の死の真相は問答無用で明らかになるということか」

「アレス殿下!」


 王妃が悲痛な声を上げる。

アレスはそれを一笑に付すと、シャヘルのすぐ目の前で足を止めた。


「シャヘル王女」


 アレスは囁くように言った。


「貴様は己の力を制限されていると聞いた。ならば解き放てば良い。禁忌とやらが如何に強大であろうと、その全てを利用させてもらう」


 アレスの手が伸び、銀糸で幾重にも封印の紋様が刻まれた神秘的な腕輪が嵌められたシャヘルの左腕を掴んだ。

アレスの強靭な力が、彼女の抵抗力を試すかのように込められる。


「否やは言わせない」


 シャヘルはなおも無言だった。

表情は変わらない。

見つめ合う二人の間に、割って入るように、王妃は血走った目で叫んだ。


「そうだわ!そのとおりよ!その悪魔が持つ魔力を使ってしまえばいいのですわ! すべて使い果たして息絶えてしまえば! 例え禁忌を犯したとしても、その後の暴走はありえませんでしょう? 私はそれでいいと思っていますのよ! ええ!」


 狂気に染まった哄笑が響く。

その場にいる全員が凍りついたように動きを止めた。

あまりにも露骨な『死ね』という宣告に、会議室の温度が急激に下がっていく。


「…どういう意味だ?」


 アレスが眉を寄せ、低い声で問い返す。

アレスはシャヘルの腕輪から手を離さなかった。

まるでその神秘的な銀糸が刻んだ紋様の秘密を探るように凝視している。


 国王は、王妃の前に立ち塞がるように進み出て、厳しく制した。


「控えよ!」


 第一王子アベルも蒼白な顔で王妃の肩を掴む。

しかし王妃は夫や息子たちの制止など意にも介さないかのように激しく首を振り続けた。


「陛下もお分かりでしょう? この娘が生きていてはいつ災厄を引き起こすか分からないのです! 」

「災厄?」


 アレスの翠玉の瞳が細くなる。

シャヘルは俯き、長い睫毛が陰を作っている。

ただ黙しているだけなのに、その静寂がかえって重圧となって場を支配した。


「答えろ」


 アレスは一歩前へ進み出て、シャヘルの顎に指をかけて僅かに持ち上げた。

紫水晶の瞳が無感情に彼を見つめ返す。

その反抗的な視線がアレスには苛立たしい。


「血族魔法の代償とは何だ? なぜ力は制限されねばならない?…黙り続けるつもりか?」


 アレスの声が一段と冷たくなる。


「魔力は生命力そのものなのです」


 代わりに王妃が叫んだ。


「血族魔法を使うたびに代償として寿命が削られる! 通常ならば一度使うだけで短命に終わるほどの! だからこそ厳格な審議会で制限しなければならないのです! そうでなければあの娘は一夜で自滅してしまう!」

「自滅?だとしたら、王妃様は自分の娘が自滅するのは一向に構わないと言いたげだ」

「私はカナン王国のために最善を…!」

「ほう?」


 アレスは嘲るような笑みを浮かべた。


「つまりシャヘル王女は常に死の淵に立って生きているわけだ。普段の制限はその自滅を防ぐための措置」


 アレスの手が再びシャヘルの腕輪に触れた。

銀糸が僅かに光り、アレスもまた、脳裏に閃光が走った。


「【法使】…」


 アレスは独り言のように呟いた。

その瞳が冷たい光を帯びる。


「血族魔法第五階位、 確か【閲覧の権利】とか言ったか」


 彼はシャヘルの顎を掴んだまま、嘲るように続けた。


「寿命を削る? 笑わせるな。ならばなぜ貴様はそう平然としていられる? 学園で頻繁に使用してたではないか。魔法で命が削られるほどの代償を払っているのだとしたら、今の貴様はとっくに息絶えているはずだろう?」


 アレスの指がシャヘルの顎を強く締め上げる。

その痛みにも彼女は表情一つ変えない。

ただ紫水晶の瞳だけが、静かにアレスを見据えている。


「まさか…っ!魔力量は最低値に近いんだぞ…!」


 第一王子アベルは頭を抱え、低い唸り声をあげた。

震える体を抑えようとも抑えきれず、その声には信じられないという恐怖が滲んでいる。


「素養どころか…カナン王家の『非認定』とまで言われた娘だ! 第五階位どころか、本来なら初級魔法すら満足に扱えぬはずだ!」


 国王もまた恐怖と混乱を抑えきれずに、半ば叫ぶように言葉を継いだ。


「『非認定』如きが、血族魔法を頻繁に行使してなお、生きているだと!? 信じられん!何かの間違いだ!ソレに与えられたのは、血族魔法の使い手という肩書のみで、魔力量が増えたなど報告は受けてない! 」


 王国側の狂乱に圧されるように、帝国側の重鎮も互いに顔を見合わせる。

帝国側が想定していたよりも、激しい反応に戸惑いながらも、恐怖に似た感情がすり寄ってくる。

自分たちはとんでもないものを掘り起こそうとしているのではないか。


 疑念の中、当のシャヘルは全くの無反応だった。

アレスに顎を掴まれたまま、紫水晶の瞳は虚無のように静まり返っている。

まるで自分の評価や能力について語られていることに一片の興味も示さないかのようだ。


 アレスはゆっくりとシャヘルの顎から手を離した。

皇帝は重々しく唸った。

その視線は、王妃が叫び立てた『悪魔』という言葉の真贋を見極めようとしているかのようだ。


「王家の者どもが口々に『悪魔』と呼ぶほどの存在か」


 皇帝の言葉が終わるよりも早く、アレスが身を乗り出してシャヘルの耳元で囁いた。

翠玉の瞳が嗜虐的な光を宿している。


「貴様自身は『悪魔』だと認めているのか?」


 アレスの問いかけに、会議室中の視線がシャヘルに集中する。


 完璧に整った顔立ちからは一切の感情が消え去り、彫像のようだったその表情が、突如として咲き開いた大輪の花のように無邪気に綻んだ。

そして、鈴を転がすような甘く澄んだ笑い声が響き渡った。


「ええ、もちろん」


 わたしは答えた。

仄かな希望を持った過去、誰かに愛されたかった過去、認めてもらいたくてもがいて、努力して、必死に仮面を被り続けて、その全ては自分を守りたかったからの行動で。


 でも面白いくらい、もうどうでもいい。

何かを誰かに期待するのはもうやめた。

周囲の醜さとわたしの愚かさを、惜しげもなく披露された滑稽な道化芝居にはもうお別れ。

さよなら、ジ・エンド、もう御仕舞。


 外面を守る王女の仮面も、傷付きそうになる内面を守る仮面も、ぜーんぶ捨てちゃえ!

だって、こんなに努力しても結局皆の答えは同じ!


「わたしは悪魔だ」


 




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