11 . 人望のなさに驚くけど
母上との対面は、気力を使う。
だけど、いつものことなので、割合、切り替えはうまくいった。
とにかく、今はレムだ。
そう、レムの死体発見現場を調べなくては。
いくつか立てたボクの推測を確かめるためにはそれしかない。
ボクは、レム王女が発見されたとされる王宮東翼の古い温室に向かうことにした。
そこは今は立ち入り禁止区域となっているが、王族の権限を使えば簡単に入れる。
しかし問題があった。
移動手段と護衛だ。
王宮内とはいえ、人目の少ないエリアに一人で行くのは無防備すぎる。
…バレたら、ダイモンにも怒られるだろうし、えへへ。
ボクは心配してくれるだろうダイモンを想像して、口元が緩みそうになるのを、両頬を叩いて阻止した。
まずい、王女としての威厳が。
とにかく、普段シャヘル王女を護衛する近衛隊は彼女の命令通りに動くが、彼らは王室直属であり、彼女の行動を快く思わない。
普段の単独行動ですらよく思われていないし、一緒に行動したとしても、王家に筒抜けで逐一報告されてしまう。
彼らは信用できない。
ただ、まったく当てがないわけでもなかった。
アレスの顔が浮かぶ。
対立しているとはいえ、目的は一緒のはず。
翌日、授業終了後の廊下で偶然を装ってアレスを見つけた。
彼は取り巻きの生徒たちに囲まれながらも、こちらに気付くと露骨に顔をしかめる。
まるで毒虫でも見たかのような表情だ。
「ご機嫌よう、アレス殿下」
「貴様から声をかけるなんてな。何の用だ?」
アレスの冷たい一瞥をシャヘルは涼しい顔で受け止める。
「殿下の騎士をお借りしたいのですが」
「は?」
「ダイモン卿に同行をお願いしたいのです。王宮東翼で少々調べ物がございまして」
アレスの目が細くなる。
何を企んでいる?と言わんばかりである。
「ダイモンを? 貴様に預けられるわけがないだろ」
「ではわたくしが護衛なしであの忌まわしい温室に行けと言うのですか?」
挑発的な口調で切り返す。
シャヘルの紫水晶の瞳がアレスを射抜いた。
「それとも殿下はわたくしを危険な目に遭わせたいと?」
「目的は何だ」
「わたくしはただ真実を探しているだけです」
その一言で空気が張り詰めた。
アレスの拳がわずかに震えている。
彼が握りしめる剣の柄に視線が吸い寄せられる。
「いいだろう。ただし条件がある」
「伺います」
「俺も同行する。ダイモンと俺の二人がお前の護衛をする」
い、いりませんわー!
内心舌打ちするが、拒否しにくい。
くそ、ボクに人望も信頼もないばっかりに!
「…構いませんわ」
信頼されてないって、こういう時困るよね、トホホ。
こうして、レムが発見された王宮東翼の古い温室へと続く石畳の小道を、ボクは両側を固められた囚人のように歩いている。
右にはアレス殿下。
眉間のシワは今日も健在で、ボクを警戒する視線を絶やさない。
左にはダイモン。
普段の軽口は鳴りを潜め、静かに周囲を警戒している。
その横顔を盗み見て、なんだか心臓の鼓動が速まるのを感じた。
ダメだ、集中しなければ。
「何を企んでいる」
アレスが棘のある口調で尋ねてくる。
「企むだなんて人聞きが悪いですわ。わたくしはただ、過去の記録と照らし合わせてみたいだけです」
ボクは努めて冷静に答えた。
「過去の記録?」
アレスが訝しげな目を向ける。
「ええ。この温室でレム王女が亡くなっていたという証拠ですわ」
「証拠?そんなものが残っているとでも?」
「例えば、レム王女の衣服の繊維。草花に引っかかっていれば」
「そんなもの、もうとっくに調べ尽くしている」
「かもしれませんわね。でも、わたくし自身の目で見て確かめたいのです」
ボクがそう言うと、アレスは舌打ちをした。
けれど反論はしなかった。
温室に到着すると、鍵を開ける音がやけに大きく響いた。
重い鉄製の扉が軋みながら開き、冷たい湿った空気が流れ出てくる。
中に入ると、荒れ果てた光景が広がっていた。
かつては美しい植物が飾られていたであろう棚には蔦が這い、いくつかのガラス窓はヒビ割れている。
空気は淀み、土とカビの匂いが鼻をついた。
「ひどい有様だね」
ダイモンが眉をしかめ、ポツリと呟く。
ボクは中央のベンチに近づく。
埃をかぶったそれを手で払う。
年月が全てを消してしまったのだろうか、それとも人為的に誰かが?
「ここでレム王女が見つかったと聞いています」
「…ああ」
アレスの声には珍しく感情が乗っていた。
喪失感と怒りが入り混じったような複雑なものだ。
「殿下はレム王女のことをよくご存知だったのでしょう?」
ボクの問いにアレスは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに冷徹な表情に戻った。
「さあどうだか。少なくとも、姉妹である貴様よりはといえば言いか?貴様が知ってどうする」
アレスの嘲笑は長くは続かなかった。
シャヘルが真っ直ぐに温室の中を見据え、淀みなく言葉を続けたからだ。
「当時の捜査資料にも記載がありました。バラの茎に絡まっていた布地の一部がレム王女のドレスと一致した、と」
アレスの眉がぴくりと動いた。
その目は探るようにシャヘルを睨みつけている。
「随分と詳しいな。資料を読み込んだと言うより、まるで最初から答えを知っていたかのようだ」
「殿下こそ、長年調査してらしたのですよね?でしたらわたくしより詳しいのでしょう」
「貴様ら、王族どもが…!」
アレスの声が危うく荒くなりかけたが、すぐに抑えた。
彼は忌々しげに鼻を鳴らすと、
「…貴様らは事件を葬り去ろうと、調査にも協力せず、俺が事件を知った時には、遺体すら何もかも葬ったあとだった。一体レムが何をした?どうして、王女なのにまるで罪人のように死すら秘匿されなければならない!」
アレスの悲痛な叫びが、古い温室の壁に反響して消えた。
ボクはその声の振幅と込められた激情に圧倒されながらも、努めて冷静な眼差しをアレスに向けた。
「殿下にとってレム王女は大切な方だったのですね」
アレスはボクを睨みつける。
加害者である王族の他人事のような態度が苛ついているのだ。
実際ボクには他人事だ。
血の繋がりがあるだけで、ボクにとって、ボク以外の王族は皆他人だった。
他人であり、ボクの断罪者。
レム王女はどうだったのだろう?
案外ボクと同じ立ち位置だったのかもしれない。
最近まで存在すら知らなかったが、何か間違えれば、ボクもレム王女のように消されたかもしれないと、ふと思った。
同じように魔力が極端に低ければ、あるいは。
血族魔法が発現しなかった時のボクなのではないか。
「貴様に何が分かる!」
アレスの声は震えていた。
それは怒りだけでなく、深い悲しみと無力感も含んでいるように聞こえた。
「レムが何をした!?ただ…ただ…ッ!!」
今度こそ掴みかかってくるかと思われたその瞬間、
「二人とも、落ち着いて」
ダイモンの静かな、しかし芯のある声が割って入った。
彼はアレスとシャヘルの間に、アレスからボクを守るように立ちはだかる。
「争ってても何もわからないよ。今はレム王女の事件の真相と、どうしてこれほどまでに隠蔽されなければならないのか、を探るべきでしょ?」
ダイモンの言葉は単なる仲裁ではない。
二人の感情を一旦脇に置き、事件の核心へと誘導する巧妙さがあった。
アレスは歯噛みし、ボクを睨みつけたままだったが、捜査を続行した。
広くはないが荘厳な石造りの温室の中を、三人は手分けして捜索を開始した。
ボクは苔むした土台やひび割れたガラス窓枠を丹念に調べる。
アレスは壁際に並んだ古びた植木鉢の底を覗き込んでいる。
ダイモンは出入り口付近と温室中央を行き来し、怪しい人物が近づかないか警戒していた。
「やはり何もありませんわね」
どれくらい時間が経っただろうか。
ボクは額に浮いた汗をハンカチで押さえながら呟いた。
声には落胆が滲んでいる。
アレスも植木鉢の山を調べ尽くしていたが、大きく溜息をつくと肩をすくめた。
「当然だ。第一級の隠蔽工作がされているはずだ。王家が関わった事件なら尚更な」
その言葉には明らかな棘がある。
シャヘルであれば睨みつけるだろうと、アレスを睨みつけると、割って入るようにダイモンが静かに口を開いた。
「不自然なほど何も出てこないね」
その声には純粋な疑問と、わずかな畏怖が含まれているようにボクには聞こえた。
彼は地面に残された枯れ葉を拾い上げ、表面を指で擦った。
「なぜ誰も彼もが口を閉ざす?なぜこんなにも痕跡一つ残っていない?」
「レム王女の遺体だけでなく、当時も今も証拠もてがかりもないとすると、一介の王女を消した『力』を持ち、レム王女の死を隠蔽する理由を持つ者が、真犯人かその指示を出した者で、そうなると大分候補者が絞り込めますわ」
「貴様含めた王家が有力だ」
アレスが鋭い目でボクを睨み、シャヘルは肩をすくめた。
「否定はいたしませんわ。わたくしにはその『力』がありますものね。尤も、最近まで存在自体知らなかったわたくしには動機すらありませんけど」
「どちらにせよ」
ダイモンが場の空気を変えるように、少し声のトーンを落とした。
「ここでこれ以上得られるものはなさそうだね。痕跡が全て消されているのであれば、捜査方法を変えなければならないよ。まずはアレス殿下が情報を整理し、新たな視点から再検討してみるとか」
彼はアレスとボクを交互に見やった。
「今日は引き上げよう。これ以上ここにいても、神経を磨り減らすだけだよ」
アレスはしばらく温室の中を彷徨うように見渡し、やがて諦めたように一つ息を吐いた。
怒りの炎はまだ燻っているが、先程までの爆発的な勢いは失われている。
「…わかった」
彼は渋々といった様子で頷いた。
「だが貴様への疑いは晴れていないからな。貴様が何か隠しているのは明らかだ」
その言葉には依然として不信感が満ちている。
シャヘルは優雅に微笑んだ。
「疑ってくださって結構ですわ。いつか必ず、その疑念の根拠となる真実に辿り着けると良いですわね」
ただし、ボクの方が真相に辿り着くのが早そうだ。
殿下たちは何もわからなかっただろうが、カナン王家たるボクには、今回の調査で一つの推測が形になってきていた。
確かめる術は今のところなさそうだけど、果たして殿下は真相にたどり着けるのだろうか。
辿り着いたところで、結局レムは死んでいるというのに、真実を知ることに何の意味があるのだろう。
ボクは殺人犯扱いを辞めさせるために、どうやって殿下を説得させるか考えたが、容易に結論は出なかった。




