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婚約者が外弁慶なボクを殺人犯だと疑ってるんだけど  作者: 御仕舞


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11/21

10 . 悪魔と呼ばれるボクだけど


 広間に通されると、母上は既に席に着いていた。

細い指でカップを弄びながら、いつもの冷ややかな表情でこちらを見つめる。


「久しいわね、シャヘル」

「お母様。お久しぶりでございます」


 形式的な挨拶の後、沈黙が流れた。

母上の視線が一瞬だけ鋭くなる。


「学園はどう?」

「つつがなく過ごしております」

「そう」


 また沈黙。

シャヘル王女は感情を表に出さない性格だが、母上はさらに輪をかけて感情を殺している。

二人が同じ空間にいるだけで冷気が漂うようだ。


「ところで」


 母上が紅茶を一口含み、静かにカップを置いた。


「アレス殿下とはうまくやってるのかしら」


 質問は唐突だったが、シャヘル王女は驚かず答えた。


「もちろんですわ」


 嘘偽りしかない回答。

母上は僅かに眉をひそめた。


「最近、学園内でアレス殿下と揉めたとか」

「少々意見の相違があっただけでございます」


 自分でも驚くほど堂々たる言葉だ。

母上の目が細められる。

情報が早いのは、貴族間の密告か王宮内の伝達網か。

母上の言葉は刃のように鋭く鋼鉄だが、シャヘルは一瞬たりとも表情を変えず応えた。


「殿下とは政略結婚の相手として適切な距離を保っております」


 紅茶の香りが漂う広間で、二人の間には絶対零度の沈黙が流れた。

母上の細い指がカップを支える手首に青い血管が浮かび上がる。

完璧な礼節の仮面の下で、その手首がかすかに震えていた。

ボクは俯きそうになるのを必死でこらえた。


「あの方は…」


 母上がぽつりと言葉を紡ぐ。

その声は氷のように冷たく、しかし奇妙な熱を帯びていた。


「あなたとは似ていないわ」

「…はい?」


 ボクの返答はわずかに遅れた。

その一瞬の空白を見透かしたように、母上の唇が歪む。


「アレス殿下は、あなたと違って純粋ね」


 母上の瞳が一瞬だけ光を帯びる。

そこに宿るのは慈愛ではなく、憎悪。

ボクが本能的に身構えてしまうのを、シャヘルが留めてくれる。


 いつだって、シャヘルはボクを助けてくれる。

この城の中の、血の繋がりがあろうが誰も信用できず、誰もがボクを憎んでいるように思える中で、唯一絶対に味方と断言できるのが、シャヘルなのだ。

シャヘルは、出来損ないで、何も出来ない無能の、泣き虫で、どうしようもなく生きる価値のないボクを、皆に認められる王女にしてくれる。


「誰かさんと違って、『悪意の種』を持ってないもの」


 カップがカチリと鳴った。

母上がソーサーに乱暴に置いた音だ。

彼女の爪がテーブルクロスに食い込む。


「あなたは違うでしょう?シャヘル」


 名前を呼ばれた瞬間、背筋に寒気が走る。


「その名前をもらった時、私は思ったわ。なんて、滑稽なのかしら、と。悪意の種を持ったあなたが『光をもたらす者』?笑ってしまったわ、ああおかしい」


 ボクは喉の奥で言葉を押し殺した。


「あんたなんか、死んじゃえばよかった」


 頭がグラグラする。

でもシャヘルは動かない。

物怖じせず、無表情で、母上の言葉を受けている。


 幼い頃から何度も言われた。


『死ね』

『死んじゃえ』

『死んでくれ』

『あんたなんていなければ』

『おまえがいたから』

『おまえのせいで』

『いつまで苦しめるつもりだ』

『うまれたのがまちがいだった』

『みんなおまえをきらいだよ』

『どうやったらしんでくれるの』

『しねよ』

『しね』

『しね』

『しね』

『しね』


「くたばれ悪魔」


 母上は、いつも、ボクを断罪するように見ている。


「…冷えたようなので、替えのお茶をお持ちしました」


 空気を変えたのは、母上付きの侍女頭だった。

いつの間にか俯いてしまっていたボクは、背筋を正す。

母上は、


「そうだったわね、ありがとう。血族魔法を継いでしまったのだから、死んではいけないのよね」


 殺意に塗れた顔が、またいつもの無表情に戻った。

新しい紅茶が運ばれてくるまでのわずかな時間が、永遠のように感じられた。

母上が侍女頭に淡々と礼を述べる。

紅茶を入れ替える侍女頭の手元を見つめながら、彼女は呟くように続けた。


「血族魔法は『支配』の力を持つ。あなたが死ぬことでその魔力が解放される」


 侍女頭が退室すると同時に、母上の視線が再びボクを貫く。

紅茶をそっと味わうふりをして、彼女は言葉を紡いだ。

母上の指がティーカップの縁を撫でる。


「恐ろしいことになるかもしれないわね。アレス殿下だって例外ではないわ」


 アレスの名が出た時点で不穏な空気が濃くなった。

母上の言葉は警告とも取れるが、その裏にある悪意は明白だった。


「可哀想な、アレス殿下。悪魔と結婚しなければならないなんて。帝国側から望んだことと言っても、王国側の言い分は聞いてもらえなくて。彼の国は血族魔法を古代から続く神秘的な魔法だと勘違いしているみたいだわ、愚かな話。だから、王国が独占しているのが気に食わないのだろうけど、こちらは帝国を慮っているだけ。第一皇子殿下を人身御供にするなんて残酷なこと、とてもじゃないけど正気の沙汰ではないわ」

「…ですが、婚約は結ばれましたわ」

「そうね」


 母上の唇が薄く笑みを作る。


「帝国に併合されたせいで、王国は逆らえないもの。だから、『仕方がない』」


 母上が立ち上がりながら最後の一言を放った。


「忘れないことね。あなたが生き延びれば生き延びるほど、多くの者が苦しむことになるのだから」


 シャヘルは返事をしなかった。

ただ深く頭を垂れただけだ。

母上の靴音が遠ざかるにつれ、胸の内に湧き上がるものを押し殺す。

母上はボクを生かしておきながら、同時に破滅を望んでいる。


 でももう母上の憎悪だって、些末なことになったのだ。




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