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婚約者が外弁慶なボクを殺人犯だと疑ってるんだけど  作者: 御仕舞


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9 . 地道な調査は実を結ぶけど


 学園での調査で得られたものはゼロに等しかった。

結局のところ、ボクが持つ最大のアドバンテージは、王女という地位そのものだ。

平民や学生貴族には決して踏み込めない領域が王宮には存在する。

目指すは王族のみが使用を許される図書室。

学園のそれとは比較にならない規模と秘匿性を持つ場所だ。


 帝都第一高等教育機関には、広大な校舎群の一角に聳える三階建ての王族専用棟がある。

厳重な魔法障壁に守られた建物は、貴族寮とは一線を画し、外部訪問者を遮断する設計になっている。

ボクに宛てがわれた自室はその最上階で、窓からは帝国首都の全景が見渡せる。


 自室の奥にある小さな扉を開けると、その先は急勾配の螺旋階段が続いており、壁には青白い魔法灯が等間隔に埋め込まれている。

王族専用棟に住む者だけが知る秘密の通路だ。

つまり、今はボクしか利用する者はいない。


 階段を降りきると、重厚な金属製の扉が待ち受けている。

右手の人差し指が扉中央の魔法紋に触れると、紫電が迸る。

次いで左の掌を押し当てる。

二重の生体認証をパスすると、扉が音もなく左右に開いた。


 眼前に現れたのは十畳ほどの円形の部屋。

天井は高く、壁全体が淡い金色の光を放っている。

部屋の中心には巨大な魔法陣が描かれている。

直径五メートルほどで、複雑な幾何学模様と古代語が細かく刻まれている。

陣の周囲には八つの水晶柱が配置され、それぞれが異なる色彩の光を内包していた。


 ボクは一つ息を吐くと、ゆっくりと魔法陣の中央に立った。

腰に提げたペンダントに触れる。

ペンダントヘッドは小さな魔法石でできていて、内部に複雑な術式が組み込まれている。

これを起動キーとして使う。


「【接続】」


 詠唱と共にペンダントから微弱な光が放たれた。

水晶柱が次々と輝き出す。

鮮やかな光の奔流が魔法陣を巡り始め、空気がビリビリと震え始めた。

これは国家間を結ぶ高位転移術式で、一般の転移魔法よりも遥かに高度でエネルギー消費も大きい。


「【座標をカナン王宮に固定】」


 目的地の名を口にすると、魔法陣が強く輝いた。

足元から湧き上がる風圧に髪が揺れる。


「【転移開始】」


 世界がぐにゃりと歪んだ。

まるで万華鏡の中に入ったように景色が高速で入れ替わる。

平衡感覚が狂いそうになり、胃の奥が引き攣るような感覚。

本来のボクであれば意識を失いかねないが、ボクは歯を食いしばり耐えた。


(みっともない。王女が意識を失うな)


 転送先はカナン王宮・西翼、王族居住区である。

足元の魔法陣が淡い余韻を残しながら収縮していく。

ボクは荒い息を無理矢理飲み込み、軽く衣装を整え、周囲を見渡す。


 転移の余韻が消え去ると同時に、重厚な扉が開かれた。

迎えたのはカナン王室直属近衛騎士団長であるギルバート。

三十代半ばの精悍な顔つきで、鍛えられた体躯に王家の紋章が施された白銀の鎧を纏っている。

彼は膝を軽く折り、臣下の礼をとった。


「陛下の代理としてお迎えに参りました。何かお申し付けがございましたらご用命下さい」

「ありがとう。特に用はないわ」


 ふん、父上が代理をよこさない時などないじゃないか。

父上はボクが嫌いだから、王宮に戻った報告をしているのかすら怪しい。

報告するだけ無駄だし、むしろ父上を不機嫌にさせるだけだから、メリットがない。

報告しても、父上が左から右に聞き流すだけだ。

王族としての役割上の付き合いは最低限するが、家族仲は最悪である。


 転移魔法の微かな酔いが残っていたが、それを悟らせまいと背筋を伸ばす。


「通達した通りよ。王族専用図書室に用があるの」


 その言葉にギルバートの眉が微かに動いた。

普段あまり用事のない場所だ。


「畏まりました。明日は休講だと伺いましたが、どうなさいますか?」


 シャヘルは即答した。


「調べ物が終わったら、今日中に出発するわ」


 ギルバートは頷くと、「ご案内いたします」と踵を返した。

豪奢な絨毯が敷かれた長い廊下をギルバートの後ろに続く。

ギルバートもボクには必要最低限しか話さない。

瞳の奥の蔑みが透けて見える慇懃無礼さにはうんざりするけど、団長だけあって、態度に出したことはない。


「ご機嫌麗しゅうございます」

「ええ」


 擦れ違う侍女たちの挨拶を素っ気なく受け流す。

彼女らの眼には警戒と恐れと侮蔑が混在している。

シャヘル王女は誰に対しても気安く接することはないし、嫌われている。

それは例外がない。

家族に対しても。


 幼い頃から、両親は次期国王となる第一王子の教育に心血を注ぎ、ボクには最低限の王族としての教育以外には関心を示さなかったように思う。

兄たちも妹とはいえ女であるボクを政略結婚の駒としか見ていない。

それについて、過去のボクは悲しかったのだろうか?

記憶があやふやなボクには、どこか他人事のよう感情だった。


 王族専用図書室は、宮殿の奥まった位置にあった。

大理石の柱とステンドグラスの窓に彩られた荘厳な部屋で、壁一面に並ぶ書棚には禁書や王家の家系図、古い年代記などが所狭しと収められている。

学園の図書館とは比較にならない密度と歴史の重みがあった。

ギルバートは「帰還の際には、扉前の護衛にお申し付けください」と言って、書庫を去っていった。


「お久しぶりですわね」


 部屋番の老執事が恭しく頭を下げた。

シャヘルがここを訪れることは滅多にないため、彼は警戒しているようだったが、表には出さない聡明さは持ち合わせていた。


「何かお探しでしょうか」

「少し昔の記録を」


 執事が手早くいくつかの鍵束を取り出し、「こちらは最近整理された分です」と金属製の箱をいくつか持ってきた。

シャヘルは一瞥し、「古い記録も見せていただけるかしら?」と微笑みかける。


 執事が足早に書庫の奥へと消えていく。

その隙に、ボクは手持ち無沙汰なふりをして周囲を見渡した。

王家の歴史書、婚姻契約書類、儀式の手順書など、どれも現代語に翻訳されたものが多いが、古い文献はまだ古語で書かれている。

もし、レムがかなり昔の人物だとしたら、ここの資料が頼りだ。


 しばらくして執事が重厚な木箱を三つ運んできた。


「こちらが五十年以上前の年代記と、先王陛下以前の記録になります」


 蓋を開ければ黄ばんだ羊皮紙が詰まっている。

ボクは椅子に腰を下ろし、執事を下がらせた。


 ボクは一枚ずつページをめくり始めた。

レムという単語を探すだけでも骨が折れる作業だ。

王族専用とはいえ、膨大な書物の中からピンポイントで欲しい情報を見つけるのは至難の業。

ましてや、レムがどんな立場の人物かも分からない。

女性なのか男性なのか、貴族なのか平民なのかさえ不明瞭だ。


 一時間ほど経過した頃だろうか。

一冊の比較的新しい誌面に目が留まった。

紛れ込んだのだろうか、年代記の中にしおりのように挟まっていた。


『亡くなった王女の哀悼文』


 その切り取られたようなページには叙情的な文章が綴られていた。


『…美しき白百合の如きレム殿下は突如として儚き世を去られ…』


 記事を読み進めてみると、レムは今の王太子(シャヘルの兄)の夭逝した妹姫であったことが判明した。

享年十四歳。

死因は『流行病による急逝』とある。


 つまり、レムはボクの姉?

どう考えてもおかしい。

ボクはレム王女の存在自体を知らなかった。

そもそも、ここまで探して、王族だと言うのにまったく名前がでてこないのもおかしい。

ここまで隠蔽される理由は何?


 さらに記録には『夜半に忽然と消息を断ち、翌朝には冷たくなって発見された』と記述があり、死亡推定時刻と遺体発見時の状況が矛盾している。


 背筋に冷たいものが走った。

これはもしかしてただの事件ではない?

王族内部での殺害疑惑? 薬物? 政治的陰謀?


 だけど決定的な証拠は何も得られない。

記録はどこか曖昧で、レム王女の死を公式に調べた調査書がない。

誰かが意図的に真相を隠蔽したと考えるのが妥当だろう。


 ふと扉の外から執事の咳払いが聞こえた。

時間が迫っていることを悟らせる合図だ。

ボクは資料を整え、さも何事もなかったかのように部屋を出る。

退出時には淡々と礼を述べ、「ご協力に感謝しますわ」と優雅に微笑んだ。


 図書室を後にすると、胸の奥で何かがざわついた。

ボクは廊下を歩きながら思考を巡らせた。


『貴様がレムにしたこと、全て償ってもらうぞ』


 あの時アレスがボクに向かって言った言葉。

冷静になって考えてみれば理不尽極まりない。

ボクの脳内でレムという名前がぐるぐる回る。

学園でのピーノとの一件、王宮図書室での調査、断片的な情報が徐々に繋がり始めている。

しかし核心にはまだ届かない。


 王宮の自室に戻り、侍女たちを下がらせた後、ボクは窓辺に立った。

月光が差し込み、大理石の床に銀色の光を投げかけている。


 アレス殿下は確かに『貴様が』と言っていた。

つまりアレスはボクが何かしたと思っている。

だけど、ボクはレムなんか知らないし、王族の公式の過去記録にもレム王女は登場しない。

消しそびれたようにいくつかの痕跡があるだけだ。

ボクを結びつける要素は何もない。


 まさか、とボクはもう一つ思い当たることがあった。

政治的陰謀でない場合、ボクが関係している場合…いや、アレスが知るはずないか。


 だとすれば、アレスはいつレムの事件を知ったのか。

なぜそこまでして真実を暴こうとするのか。

ボクを糾弾することが目的なのか、それとも別の思惑があるのか。


「償いって言ったよな」


 償いとは何か。

アレスはボクに罪があると確信している。

罪がなければ償いを要求するはずがない。

罪を持って生まれてきたボクに、これ以上の償いを求めるというのか。


 コンコン。


突然のノック音にボクは我に返った。


「シャヘル王女殿下。王妃様よりお茶のご招待にございます」


 侍女の声が響く。

ボクは感情を抑え込み、「分かりました」と応えた。


 母上からの招待は珍しい。

母上もボクが嫌いだ。

今回の呼び出しも何か政治的な思惑があるのだろう。





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