第十一章 互いの溝 ~エヴィルとサーパスの溝は、なかなか深いようでござるな。~
バー『ドリーム』。
やはり薄暗く落ち着いた雰囲気のバーで、内装はレッドフォート州五区砦のAshよりもピンクパープルがかっている。やはり多くのエヴィルが利用するが、サーパスとエルフも混ざっている。
「いらっしゃい。ああ、お前らがさっき入門したって言う四人組のサーパスか。まあゆっくりしていけ」
バーテンダーの男は、なかなか愛想が悪かった。やはりサーパスにいい印象を持っていないからなのだろう。一方でエヴィルとエルフには愛想がいい。
酒は度数の低いビールを、それもミニジョッキで頼み、てんこ盛りパスタを四人で取り分けるスタイルの夕食とした。
「さて、さっきの話の続きッスが」
アレットは語る。
そもそも、この世界には『人種は多くあれど、人類と呼ばれるものはひとつしかない』。だがそれを定義づけられていたのは大昔と最近の話であり、中世においてはそうではなかった。
サーパスは約六十から八十年の寿命しか持たない代わりに、科学技術と戦争における戦術の開発に優れ、医学と薬学を発展させて病気を克服し、智を以って繁栄してきた。一方でエルフやエヴィル、その他にはドワーフにフェアリーと言った人種は二百年以上も生きられ若い時代で成長が止まるがその多くが原始的な生活を好み、『妖精種』に至っては食料がなくとも風や大地からアークルを直接摂取できる、神にすら近い人種と言われている。
サーパスはそのような種族を奴隷として使役することがその家その者の『各の高さ』となり、しかしアークルを自在に操ることができる、科学とは相容れない力を持つことが不気味であるとして、アークルを恐れる一方でより強いアークル使いを使役することで金持ちや貴族たちは見栄を張ってきたのである。
そのような歴史から、中世においてサーパス以外の人種にほとんど人権が無かった。家畜のように首輪を巻かれ強制的に労働させられてきたエルフやエヴィルたちは、サーパスに対する憎しみを強く抱いている。もともと原始的な生活を好む彼らは、より僻地へ、更に僻地へと逃げ込んでしまったのである。
しかしハバレーのようにサーパスの文化を取り入れサーパスと共存する種族もあるにはある。しかしその場合は、魔法と魔術と錬金術による戦闘能力と技術を確保し、それらを抑止力として掲げることでサーパスからの迫害から自分たちを守っているのである。錬金術師であるピエリーナも「確かにその気になれば錬金術で町ひとつ破壊できるレベルの爆弾を作ることができるだろう」と意見した。
「だから余計な争いを引き起こしたくなければ、自分らはここでおとなしくしておくのが一番ッス。もっとも、法を逸し金をふんだくろうなどと言う考えを持てば、保安庁諮問探偵である自分が許さないッスけどね」
アレットはそう言って、普段なら隠している王家の紋章入りの短剣を見せつけるようにバーのテーブルに突き立てた。王家の後ろ盾がある人間には、誰も逆らえないのである。
会計時、バーテンダーとは別のレジ担当のエヴィルの男性が「ちっ」と舌打ちした。どうやらサービス料などの本来存在しない予算を計上して空たちからふんだくろうとしたようだ。
二階建てレンガ造りの宿、『ロマナ』。
空たちの部屋は、四人部屋の二〇三号室。
入浴を済ませて就寝しようと言う時、ドアがノックされた。
「はい、どちらさまでしょうか」
「ああ。隣の部屋に泊まっているアリウスってもんだ。かなり立場のある者とお見受けし、ちょっと話がしたい」
「分かりました。しばしお待ちを」
空がドアに向かい、アレットとピエリーナは拳銃を構え、ひまりも刀の鞘を左手にした。
ドアを開けば、現れたのはエヴィルの若い男性であった。黒いロングパンツに白い襟付きシャツという、改まったわけでもないがそれなりに身なりを整えている。右手には紙袋を持っているが武装ではなく、アリウスと名乗る男に怪しい様子はない。
「どうぞ。誰に要件がおありですか?」
「要件って言うか、まあ、あいさつに来たみたいなものだ。お礼とお詫びと、それから友好を示しにな」
そう言ってアリウスは、紙袋から菓子折りを取り出した。包装は有名なチョコレートブランドのものだ。
「ではおあがりください。ちょうど寝酒を飲もうとしていたところです」
空に招き入れられたアリウスは、空の旅荷物から折り畳み式の椅子を借りて掛けた。
そしてアリウスは、実は自分も先程の居酒屋にいたのだと前置きをして言う。
「確かに探偵さんの言うような時代もあったし、今でもサーパスの間で差別意識が残っているのも遺憾ではある。俺も長く生きているし、ひどい扱いを受けたこともあった。だが今は昔に比べて差別意識もなくなったし、いまだに奴隷として拉致されて売られるのはサーパスの幼子も同じだ」
それは、空とアレットがよく知っている。空は港町アンカーボルトで奴隷商から逃げてきた少女を助けている。
「まあそれはさておき、探偵さんからはエヴィルに対する差別意識は感じられなかった。それがうれしくてな。だからこれからも俺たちにそういう意識を向けずに仲良くしてやってほしい。言いたいことはそれだけだ」
「それはもちろんッス。ところで、アリウスさんは今お幾つで? その物言いからして百歳は越えてるッスよね?」
空たちは驚いた。どう見てもサーパス換算で三十代くらいにしか見えないのだから。
「百五十を数えた時から面倒になったよ」
まさかのサーパスの限界寿命の二倍は越えていた。
「人生の大先輩に、無礼は働けないッス」
「そうかい。ああそれと、これもひとつ心にとどめておいてほしいんだ。この宿の名前、ロマナって言うんだが、その意味は知ってるか?」
「さあ……。エヴィルやエルフが『エンシェントノルド語』を由来とする言語を使うと言うことまではどこかで聞いたことがあるッスが」
「そうか。実はエルフにもロマナに相当する言葉、『レマーティア』って単語がある。ロマナ、レマーティア、共に意味は『アルビオン語でHuman、あるいはWeって意味』だ」
その言葉に、アレットは息を乱した。
いかに自分たちが何も知らずに彼らをエヴィルと呼んでいたことかを思い知り、顔を伏せて小さくつぶやいた。
「あなたたちを軽率にエヴィルと呼び続けたこと、申し訳なかったッス」
「謝らせるために言っているんじゃない。我々エヴィルことロマナにも誇りがあり、きみたちには知識のひとつとして覚えておいてもらいたいだけだ。今はこの町の多くのロマナが自分たちをエヴィルと呼んで受け入れている。エヴィルもエルフも戦争を嫌い、その選択と歴史がそうさせてしまったのだから」
アリウスはお湯割りウイスキーをグイと飲み干し、「ごちそうさま、おいしかったよ」と言って自室に戻った。響く声からほかにも誰かいたようで、彼らもバーにいた者たちだろう。
空は言った。
「人間は、愚かですね」
「そうッスね。だからこそ今の世代は、先人たちの罪を償いながら二度とこのような過ちを繰り返してはいけないんっス」
四人も寝酒を飲み干し、すべてのグラスを重ねて眠りについた。
「みりんって、お酒だったのですぅ~……」




