第十一章 互いの溝 ~螺旋状立体農地なんて、先人はすごいものを建てたのです!~
翌朝。
それぞれに武術の修業をこなし、旅荷物を整えて蒸気駆動車に積み込み、チェックアウトと支払いを済ませて車を走らせる。
ハバレーの町は意外に広く、町の中央へ行けば行くほど民家が多くなり宿も減る。ついに宿は一軒もなくなってしまい、街中だと言うのに大きな畑まである。これはどういうことだろうと思っていると、アレットは「これはエヴィルがサーパスのあふれる世界でたどり着いたライフスタイルなのだろう」と推測した。
「自分たちが住むに差し支えないレベルの土地を巨大かつ堅牢な砦で囲い、その中に自分たちだけの楽園を築き上げた。そう考えるのが妥当ッスね。しかし、ハバレー単体で商売は成り立ってるんっスかね? この町の経済が発展するには、農作物の輸出が必要そうなもんッスが」
「うーん……。あっ? アレット、あれを見てください」
助手席にかける空は十時の方角を指さした。
「あれ? うん、あれは何ッスかね?」
「面白い形をした巨大建造物だと言うことしか分かりませんね。ちょっと行ってみませんか?」
「面白そうでござるな。皆さえよければ、拙者は空と同意見でござる」
「はいなのです!」
そして到着、螺旋を描く巨大建造物。その建造物の下には大河が流れており、建造物は六本の柱で螺旋の道を支えている。大河には水車が設置されており、水流で動く水車は小屋の内部のポンプを動かし螺旋の道の最上部まで届けているようだ。つまりこれは。
「水田……?」
建造物のそばまでやってきて見上げる四人に、北東の柱のそばにある小屋から出てきた少女にも見える魔族がやってきて答えた。
「ご名答よ。これは確かに水田。あたしの指示に従うって言うなら、水田の上まで登って見学してもいいわよ? あ、ちなみに見学料は車一台で一万ガルね?」
「安いのか高いのか分からないッスが、ぜひ勉強させていただきたいッス」
「それじゃあ、荷台に乗せてもらうわね。あたしは『クリュー』。百二十七歳。よろしくね。あ、おばあちゃんとか言わないこと、思わないこと」
思ってしまったがどうすればいい。誰もがコメントに困った。
建造物の名前を、『トラムロ』。
トラムロの構造は次の通り。
まずは誰がどうやって建てたのか、はじめに三脚状の支柱ありき。その支柱にさらに三本の支柱をかけ、その六本をクモの巣状に枝分かれした支柱で強固な構造に整える。三角形がひしめき合う形を『トラス構造』と言い、格子状の建造物の強度を上げるための建造方法である。
さらに地上から螺旋状の道路と水田を建造し、水田は水がゆっくりと流れるように『千枚田』状になっている。もし斜めの構造になっていたら水は一気に下ってゆき作物を育てるどころではない。
水源は、水車小屋の内部にあるポンプから汲み上げてゆく川の水。魚まで汲み上げられてしまわないよう、目の細かい格子が給水管入り口に設置されている。そして頂上からふもとまでの千枚田で育てられているのが、上からワサビ、大陸中部及びヤマトのコメ、大豆、そこから麦やキャベツやナスやキュウリやジャガイモやダイコンなどの野菜根菜類など。水が少なくても育てられるトマトや自然薯などは、ふもとで育てられることが多い。
トラムロの途中には育てている野菜を管理したり収穫したりするための管理人がいるため、川の水は生活用水としても使われる。やっていることは農家である。
もちろん雨が降ればポンプは止める。そのためにはクリューが地上でポンプを止め、トラムロ最上階の管理棟にいる農家が『廃水レバー』を作動させることで、余分な水を水路に供給することを避けている。作物を育てるためには肥料が必要だが、各管理棟で出た生ごみや排せつ物などを『たい肥』に変化させたもの、クリューが調達して各管理棟に運搬するもの、トラムロを巣とする鳥が運んでくる餌の残骸などで賄われている。
クリューは蒸気駆動車の荷台でトラムロを案内してゆく。トラムロのエヴィルたちは比較的温厚なようで、「おう、お客さんか。採れたての野菜だ、持っていきな」と気さくに声をかけ野菜のおすそ分けまでくれる。
「ひょっとして、ここで収穫した作物を販売して成り立たせているのですか?」
「ん、そうよ。トラムロに限らずこの見渡す限りの畑で採れたものをまずハバレー全体に行きわたらせ、中には保存食に加工し、町民で食べきれなかった保存食を町の外に売っているの。コメや麦は保存がきくし、輸出品としては最適ね。ハバレーはサーパスがはびこる世界でエヴィルが生きていくために『自給自足・地産地消。輸出による経済成長』を持続できるシステムが必要なの。そしてここトラムロは、そのシンボルでなければならないのよ」
「なるほど、よく分かりました。でも、もしわたしたちが盗賊であったなら今頃あなたたちを皆殺しにしてこの楽園を掌握しています。見たところ盗賊からトラムロを守るすべはなさそうですが」
「大丈夫。『彼女』がいるから」
クリューが空を見上げれば。トラムロの最上階に一頭のドラゴンが舞い降りた。
「ドラゴンにござるか?」
「ええ、ドラゴンの『イラハ』よ。イラハはトラムロの守り神であり、善人と悪人を見分ける確かな目を持っているの。あなたたちが悪人なら、今頃イラハに食い殺されているわよ」
クリューのその言葉に、空たちはそろって戦慄した。
そしてクリューは続ける。
「ちょうどいいわ、イラハについても説明するわね。イラハはここを拠点に町全体を見回ってくれるの。だからあからさまな盗賊団やあたしたちを食い物にしようとする詐欺師も見逃さないし、イラハのおかげでこの町の平和は保たれていると言っても過言じゃないわ。それに、イラハは受精卵であれば温めて孵化させるし、無精卵であればここに生み落としてくの。無精卵はトラムロの管理者にとっては貴重なたんぱく源のひとつで、これはほかのエヴィルと分け合うことすら無いわ」
「つまり、トラムロ管理者の特権と言うわけなのです?」
「そうよ。ドラゴンの卵が食べたければ、野生のドラゴンの卵を見つけるしかないわね、死を覚悟して」
最後の一言が余計に空たちを戦慄させる。
「……わ、分かったッス。間違っても、どう間違ってもこの町にケンカを売るような真似はしないッス」
アレットの言葉に、誰もが首を縦に振る。
「そうした方がいいわ、最悪エヴィルとサーパスの間で全面戦争よ。さて、ほかに聞いておきたい、見ておきたいところはないかしら?」
とりあえず、逃げたい。




