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第十章 それぞれの一週間 ~拙者は読書と散策と人助けでござる。~

 ひまりの場合。

 ゼール・レッドフォートの第八代レッドフォート伯爵襲名後、空たちに観光と自由行動を提言した後もやはりクエストの受注と読書に明け暮れ、旅費と宿泊費を稼ぎながらエイゼル西方に伝わる伝説とレアガルド伝記に関しての考察を進めてゆく。

「しかし表記ミスや印刷ミスなどが多少目に付く程度で、大まかなあらすじも出来事もほかの寺院のジグラスとの相違はあまり見られないでござるな。

 違いがあるとすれば、登場人物の使う武器や特殊能力に、多少エイゼル西方の神話に登場する神々から関連付けられたものが織り交ぜられていると言う著者なりのアレンジと言うか思い込みと言うか、そのようなものが見受けられるくらいでござろう。

 ……思い込み。そう、思い込みはよくないでござる。拙者はレアガルド伝記を黙示録であると解釈したが、それ自体が誤りである可能性も否めぬ。自己流では煮詰まってしまった。このあたりで本職の考古学者に尋ねてみるしかあるまい」

 ひまりはすべての書物を本棚に戻し、ここの祈り手の老女『アッリ・ジグラス』に礼を言った。

「ずいぶんと勉強熱心なのねえ。ここには礼拝には来ても書物を読ませてほしいとおっしゃる参拝者はいらっしゃらないわ。わたしも本なんて読まないしねえ」

「然様にございますか。しかしジグラス巡りの終わりを目前にしてよき書に出会いました。『賢者の石とアークル無限循環術について/セドリック・フラメル著』。錬金術師の旅仲間に教えたら喜ぶことでございましょう」

 すると、アッリはひまりに言った。

「ここの書物のいくらかは奉納品でね。その書もこの五区砦の地下水ポンプとアークル収集魔術式作りに欠かせない書だったと聞いたわ。さすがに奉納品は差し上げられないけれど、それはどの書店にも売られているものらしいわ。書店や古書店を探してみたら掘り出し物が見つかるかもしれないわよ?」

「ご助言感謝申し上げます。しからば拙者はこれにて。アッリ殿。書庫を開けてくださったことも併せて深く感謝申し上げます」

 ひまりは深く腰を折ってアッリに礼を述べ、力強く踵を返した。


 自由行動二日目(空のグルメ梯子の翌日、アレットの探偵業三件受注日)の昼。

 表通りの軽食屋『デントンの創作料理』。

 面白そうな店があると入ってみれば、見知った顔が出迎えた。

「いらっしゃいませ。あ、ひまりではありませんか」

「空。今日はここでクエストを?」

「はい。あ、お席へどうぞ」

 カウンター席にかけて聞いてみれば、店名にもなっている店主デントンは食材調達のための新たなる調達先を探しに旅に出ているらしい。

 何でも、チーズの仕入れ先から聞けば契約農場の牛が大量に病死したためチーズを作れなければ売ることもできないとのことで、チーズ工場の工場長とともに方々駆けずり回っているらしい。

 その間、料理は夫人であるマリーが担当し、皿洗いなどの雑務を身綺麗な冒険者にお願いしたいと冒険者ギルドにクエストをかけたのだと言う。飲食店従事である以上清潔感が求められ、空は朝風呂を済ませたのち空色と純白のエプロンドレスとホワイトブリムを調達し、こうして皿洗いをしているのである。

「空がそんな恰好をな。しかしなかなか似合うでござるよ」

「少し照れますが、陸軍ではダンスパーティーへの参加もありましたので」

「何でもありでござるな、陸軍の訓練」

「わたしが知識にどん欲なだけだったのかもしれません。……あ、お待たせいたしました、季節野菜のポトフとベーコンエッグ&レタスサンドでございます」

「頂戴致す」

 ヤマトでは、先に味噌汁をすすってから白米に箸をつける。それに倣い、ひまりはポトフを口にしてからサンドイッチをに手を伸ばした。

 ちょうどほかの職場も昼休みを迎えたか、ひまりのあとにゾロゾロと客がやってきた。

「おう! ヤマトの剣客の嬢ちゃんか、噂には聞いていたが、えらい別嬪さんだなあ!」

「嫁に、いや娘に欲しいな。って言ったらセクハラで子不孝か?」

 それは親不孝の逆バージョンだろうか。

「近くの大工の方々でござるか。すぐに平らげて出立いたす、もうしばらくお待ち賜りたく」

「飯は急いで済ますもんじゃねえ、ゆっくり食いな! 俺らはテーブル席でいいからよ!」

 大工に次いで近くの精肉屋や八百屋の店長まで顔を出す。「何なら自店の商品でも食っとけよ」などという声も聞かれるが、「デントンさんの料理食わねえで午後が持つか!」と反論して笑い合う。

 すると。

「出番だよ、ピエリーナちゃん!」

「はいなのです!」

「え?」

 ひまりが驚いていると、カウンターの奥からはピエリーナが現れた。空とおそろいのエプロンドレス姿であった。

「ピエリーナまで、ここでクエストを?」

「はいなのです。飲食店はお食事時に大忙しになるのです。今から夕方のラッシュ、そして閉店まで頑張るのです!」

「そうでござったか。まだまだ人も増えそうでござる。やはりここは、あまりのんびりしているのも気が引けるというもの」

 急がず、だがのんびりもせず、ひまりはポトフとサンドイッチを平らげて紙ナプキンで口を拭いてカウンター席を立った。

「勘定にござる。空、ピエリーナ、無理せずがんばるでござるよ」

「ありがとうございました。またのお越しを」

「ありがとねぇ、お嬢ちゃん! 夕飯時にでもまたおいで!」


 道を行けば。

「いたたたた……」

 大量の木材を乗せた荷車のそばで、老人が座り込んでいた。

「いかがなさった、ご主人?」

「あぁ、嬢ちゃん。いやぁ、腰がねえ。でもこれここに置いておくわけにもいかんし、運ぶのを手伝ってくれるか人を呼んできてはもらえんかねえ?」

 どうやら、老人は腰を痛めて動けないらしい。

 ひまりはしばし思案し、老人に提案した。

「拙者の背に乗るでござる。この程度の木材、背負子(しょいこ)があれば簡単に引けるでござろう」

「しょいこ? なんじゃそりゃ?」

 実は、人は重量物を押したり引いたりする時、その脚力を充分に生かし切れていないことがある。それは運搬しようとする対象が自分よりもはるかに重い場合、自分の足が地面を擦れるばかりで全く動かない。そのため、自身の体重を増やしてやれば自身と運搬対象の重量比が埋まり、脚力を地面に伝えやすくなるのだ。ひまりは背負子(ヤマト式結束運搬用バックパック)の代わりに動けない老人を背負い、増えた体重を地面に伝えることで荷車を引こうと考えているのである。

 老人の道案内でたどり着いた場所は、『スミシーの木炭直売所』。老人は『アラン・スミシー』と言う木炭職人であった。

「すまんね。ついでに薪も下ろしてくれんか。茶ぐらい出すでな」

「承ってござる。腰を痛めておられるのだ、ご無理なさらぬよう」

 ひまりは荷車から木材を下ろすのだが、材料小屋に積んだまま放置で終わらせるのも後味が悪いと思い、荷車を片付けたのちに斧を手にスミシーに尋ねた。

「これから薪割り人員がいらっしゃるのでござるか?」

「いや。ここはわしひとりでやっとる。近頃はだましだましやってきたが、もう廃業するかの。わしも充分にやって来たと思うでな」

「廃業したら、どうなさるおつもりでござるか?」

「そうだな。今までの稼ぎで終の棲家(ついのすみか)にでも入るかのう。だがこの町の『シルバーハウス、ヤマトで言うところの老人ホーム』は高く、入居料が払えんと出てゆくジジババも多いと聞く。そんなところに貯金を回すのはなぁ」

「そうでござるか。……時にスミシー殿。まだ炭焼きができるのであればしたいと思うでござるか?」

「そりゃまあなあ。だがもう腰がガタついとる。無理じゃろうな」

「では、スミシー殿のたくわえの一部を拙者らに託してみる気はござらぬか? 拙者らは一応医学の心得がござる。外科的なことをするわけではござらぬ。いかがでござろう?」

「そうかい? それならちょっと頼むかね」

「では今日のところはお試しと言うことで、拙者が少しスミシー殿の体をほぐして御覧に入れるでござるよ」

 その日、ひまりは夕方までスミシーの寝室を借りて、彼の全身をほぐし整体術を施し、全身に不調をきたす彼を治し続けた。「幾分か体が楽になった、腰ももう痛くない」と驚きを隠さず喜んだスミシーに、ひまりは笑顔で頷いてその日は帰った。

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