第十章 それぞれの一週間 ~うっ! 大人の酒、でした……!~
昼頃。
空は砦の外側でキャンプ飯の準備を整えていた。
スイッチを押せば自動で周囲の草木からもアークルを自動吸引し微弱な熱エネルギーに変えてくれる『アークルヒーター』を起動すれば、片手鍋のお湯は数秒で沸く。そこに市場で買ってきたパプリカとシイタケをスライスしたもの、ミンチにして成型した肉団子、更に数種類のハーブと塩コショウで香りと味をつけたら。
「『簡単ソロキャンプ鍋』の完成です。しかしいつものキャンプ料理と違うのがこれ、『レッドフォートスパイスボトル』。この地方でしか採れないスパイスの数々と店舗によって違う配合比。どんなお味がするのでしょうか」
塩コショウで更なる味をつけ、アークルヒーターの『冷却機能』である程度様したところでクッカーの縁に唇をつける。火傷しない温度まで下がったことを確認すると、スープだけ静かにすすってみる。
「うん、おいしい! ここに先程頂いたチーズを混ぜてみたいところですがそこは我慢。さて、具はいかがでしょうか」
パプリカ、シイタケ、肉団子の順に食べてゆく。どれも悪くないようで、空はうなずきながら食べ進めてゆく。
「特に肉団子がいいですね。これそのものが旨味を抱いているため、より味が深くなります。今度は少し大きな鍋で四人分作って、皆さんの感想を聞いてみることとしましょう」
武器屋や雑貨屋なども見て回り、更なる食べ歩きは裏通り。
「……の前に、メインストリートでは屋台もやっているのでした。串焼きがおいしいのですよね」
まだ物価高の影響が尾を引いているため、ただでさえ物価が高い王都よりも串一本が高い。それでも美味のため、そして食べてお金を払って応援するために、空は迷いなく牛タンとカルビの串を注文した。
「あいよ。お嬢ちゃん、味付けは何にするよ? たれと塩コショウがあるが?」
「では、両方ともたれでお願いします」
「待ってな。すぐ焼いてやるからな」
あらかじめ火は通っており、再度火にかけて刷毛でたれを塗って両面を焼いて完成。一本千ガルするとはなかなかの高級料理になってしまうが、もともとはいくら高くても五百ガルまで。それを考えれば、ゴロゴロと大きな肉の塊からなる串焼きは、本来なら安い方である。
「いただきます。……うん。たれの味も香りもいいですね。肉の歯ごたえとそのものの旨味もよく、たれの味はそれを殺さない。素晴らしいと思います」
「ありがてえ。我が家秘伝のたれを褒めてくれるたぁ、焼き肉屋冥利に尽きるってもんだ。実家はレッドフォート州『ガザマル町』の焼き肉屋だ。あんたも旅人なら、ガザマルに寄ったときは店に寄ってくんな。実家はこれ、『肉のジャッカル』だ」
店の名の焼き印が施されたテイクアウト用の包み紙は、同時に名刺にもなる。空は感謝を述べて受け取り、串焼きをおいしそうに平らげて竹串を屋台備え付けのダストシュートに入れた。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
「どうもねえ!」
今度こそ裏通り。
カウンターバー『Ash アダルティセーフハウス』。
別に危ない雰囲気でもなさそうなので入ってみれば、やはりそこはトラットリア・ピエトロのようにアークルランプの淡い灯りで照らされた店内に落ち着いた雰囲気の内装、やはり魔術で回る蓄音機から響く緩やかな音楽が店内の空気を穏やかなものにしてくれる。
空が店に入ると、カウンターには数人の客が掛け、テーブル席にも何人かの客が掛けている。タバコをたしなむ者から本を読む者、書類を片付ける者まで様々だ。そしてカウンターの向こうからは、黒いベストにロングパンツにネクタイという姿の紳士、バーテンダーが「いらっしゃいませ」と出迎えた。
「こちらでお手を」
空は受け取った蒸しタオルで両手を拭き、使用済みタオル置き場へ。何がいいかとメニューを見やれば、見たことも聞いたこともないメニューばかり。だいたいワインや清酒をそのまま、あるいは熱燗にして飲むことが多い空は、こう思った。
――気取ってカクテルを飲もうと思ったわたしがバカでした。
頭を悩ませる空に、バーテンダーは提言した。
「わたくしはジンベースのカクテルが好きで、家ではよくそればかり作って飲むのですが、よろしければ『マティーニ』か『ギブソン』はいかがでしょうか。今のお客様であれば、おいしくお召し上がりいただけるかと」
「どういうことですか?」
「お客様は何かお口に入れられていますね。グルメの梯子をしたことは容易に想像がつきます。そしてここにいらっしゃる前にジャッカルさんの串焼き屋に立ち寄っていらっしゃる。あの方は名刺代わりにテイクアウト用の包み紙をお客様にお出しする習慣がおありのようですので」
空の纏う軍服のポケットからは、少しだけ包み紙がはみ出していた。軍で身だしなみの訓練を受けていた空がだらしないはずがなく、包み紙がポケットよりも大きかったことによる。
「よくこんな薄暗い場所でそれだけのことを。あなたは探偵ですか?」
「お客様のニーズに応え、かつこちらからも提案できることがあればさせていただく、ということです。グルメの梯子もここで終わるおつもりだったのでしょう、ごゆっくりなさいませ」
「では、バーテンダーさんの得意なカクテルを一杯」
「かしこまりました」
マティーニのギブソンのレシピは似ている。ドライ(辛口)ジンとドライベルモットを約3:1の割合(作り手による)でシェイカーにて混ぜ、カクテルグラスに注ぐまでは同じ。マティーニがオリーブで香りをつけるのに対し、ギブソンは『カクテルオニオン』を用いる。
「どうぞ、ギブソンです」
「お手前、頂戴いたします」
それは茶道の作法だが、バーテンダーは気にせず微笑む。
香りを楽しみ、カクテルを一口。空は一口で「くっ!」とわずかにうめいてしまう。
「かなりの辛口で、アルコール度が高い。ひまりさんがたまに呑む焼酎以上です。しかし、不思議とさわやかな味わいですね。なんだか癖になりそうです」
「ありがとうございます。食欲を促進するための食前酒としても飲まれますが、こってりしたものをお召し上がりになったお客様には適したものかと」
「はい。旅先の人や旅仲間のおすすめで様々なお酒をたしなむことはありますが、ギブソンなるカクテルは『これぞ大人の酒』と言う感じがします。……あはは、わたしみたいな若者がこんな煌びやかなバーに来るなんて、場違いでしたでしょうか?」
「そんなことはありません」
すると、バーテンダーは業務用のラムネのタンクを開けて、氷で冷やしたグラスにウイスキーと共に注いだ。
「どうぞ、『ラムネハイボール・試飲用』です。わたくしからのほんの気持ちです」
「ありがとう、ございます……?」
空はラムネハイボールを口にし、驚いた様子で「しゅわしゅわと弾けてほんのり甘い」と評する。
「これは、わたくしがバーテンダーの修業にちょっと疲れた時に、駄菓子屋で買ってきたラムネでウイスキーを割って飲んでみたのが始まりです。ある時、閉店後にやってきたお客様にそれが見つかってご注文いただき、今はラムネハイもメニューにしているのです。その時思ったのです、大人も遊び心を持ってよいと言うことを。いつも肩肘張っていては疲れるばかり。バーとはひと息ついて安らぐ場所。お酒をたしなむ大人の隠れ家。お客様も疲れた時にはお酒を飲みにいらっしゃればよい。一杯の酒に癒されたい時に、場違いなお客様などいらっしゃいません」
「……ありがとうございます。今日の最後に素晴らしいお酒と、素敵なバーテンダーさんに出会えました」
感謝の気持ちにと、空は角銀貨一枚を置いてバーを去った。
空が飲み干したグラスを洗いながら、バーテンダーは思った。
「ギブソンの酒言葉は『嫉妬と決意』。この一杯が、あなたが何かに迷った時に背中を押せるものでありますように。若き英雄様」




