第十章 それぞれの一週間 ~わたしは美食を堪能します!~
第七代レッドフォート伯爵逮捕後。
レッドフォート州領主邸。
空たちが陸軍庁アーチャー長官に呼び出されて赴けば、長官一行とともに背の高いスーツ姿の男が空たちを待っていた。
「お初にお目にかかります、呉空さん、皆さん。私はレッドフォート分家の末裔、ゼール・レッドフォートと申します。この度前領主の地位を引き継ぎ、この州の領主を拝命したことの報告、そして前領主の不義をお詫びに、お越しいただきました」
頭を下げる新領主ゼール。そんな彼に、空たちも頭を下げて返す。
「こちらこそ、お役に立てたのであればなによりです」
「ありがとうございます。そして州民に成り代わり、州民の命を救ってくださったこと、前領主の過ちを糺してくれたことにもお礼を申し上げます。心ばかりの物を用意いたしました。どうか受け取っていただきたく存じます」
「ご厚意に感謝いたします」
ゼールが用意したものは、四人全員への謝礼金、ポーションなどの応急処置ポーチ、そしてレッドフォート州自由通行証だった。そしてゼールは「これでも足りないが」とも言い添えた。
その後。
後回しになってしまったジグラス参拝と書物閲覧、空たちの冒険者ギルドでのクエストクリアに一日をささげ、宿に帰ってきてからひまりは意見した。
「レッドフォート伯爵の一件で汚職者たちの捜索と捕縛、汚職の証拠集め。様々なことが片付いたしそのための報奨金はギルドから出るからよいとしても、このままでは観光もできぬでござる。これではいつもと同じではござらぬか」
「そう、ッスねぇ……。まあアッシュランド州では幾分かゆっくりできたッスが、行く先々で盗賊と出くわしたりしてたッスからね」
「と言うわけで、拙者から提案でござる。全員しばらくの旅費には困らぬし、拙者のジグラス巡りもあと一か所。旅を急がぬのであれば、このレッドフォート州を観光して回るのはいかがでござろう?」
「そうッスね。州全体に活気が無い今、どこを回れば面白いものに出くわせるかは分からないッスが、州にお金を落としていくのもまた支援になるかもッスね。と言うわけで、向こう一週間は各自自由行動にしたいと思うッス。空とピエリーナはどうッスか?」
「では、ご当地グルメを楽しみたいと思います!」
「私はほかの錬金術工房があるのなら短期修行させていただけないかと思うのです。ほかには、旅人さんを相手に射撃ショーで稼げないかとも思ったりしているのです」
「分かったッス。では自分はこの宿を拠点に、観光がてら各地でお悩み相談でもやってるッス。ひまりはどこか観光したいところはあるッスか?」
「そうでござるな。クエストをこなして遊ぶ金を稼いで日帰りぶらり旅をしとうござる。夜はここに帰るゆえ、心配無用にござるよ」
「んじゃ、決まりッスね!」
翌朝、それぞれに武術の修業をこなしてから自由行動となる。
空の場合。
「軍人としてずっと書類の整理をしながらパンをかじる毎日でした。こうしてゆったり落ち着いて朝食を取れるのは、この町に来て初めてかもしれませんね」
宿は南区に確保している。そのため空は、まずは南区のメインストリートのおいしい食事処に赴くことにした。
南区のメインストリートには多数の飲食店やバーや雑貨屋や武器屋などが並ぶ中、近頃人気の本格パダーノパスタが食べられると評判の食事処があるらしい。よく磨かれたガラス窓とベルのない入り口、赤白緑のトリコロールの看板が映える。店の外まで香ってくるのは、パスタの麺のゆで汁の湯気。その麦の香りが、食べる前から空の胸を心地よく満たす。そして店の名を。
「『トラットリア・ピエトロ』ですか。いざ参ります」
店内はガスランプのオレンジ色の明かりが灯るが、実は大量の藻を飼育している水槽にアークル収集式を刻み込んだ装置が搭載されている『バイオ・アークルリアクター』より供給されたアークルを光エネルギーに変換しているのである。
女性店員に座席まで案内された空は、メニューボードを見て悩んだ末に一番人気を注文した。
――心成しかにぎわっているようですね。これも、今日よりすべての税制に対する徴税の一年間の停止が始まったからなのでしょう。計算してみると昨日食べたラーメン屋の叉焼麺よりも安いようですね。
空は料理を待つ間、特に何もせず何も考えず、人々の穏やかな会話やゆっくりと流れる空気に耳を澄ませていた。昨日までの物価高にあえぐ人々の苦しみの声は聞こえない。まだまだ生活は苦しそうだが、これも少しずつ変わってゆくことに期待したい。
すると、空のもとに向かう足音が聞こえてきた。空がそちらを見やると、白衣のコックが空の目の前に純白の皿とフォーク入りのバスケットを置いたところであった。
「お客様、お待たせいたしました。当店人気ナンバーワンの『カルボナーラと溶けたチーズかけ極太ソーセージ』にございます」
「ふおぉぉ……っ! これは本当においしそうです!」
「チーズは熱いうちに楽しむのが吉。ぜひご堪能下さいませ」
「はい、いただきます!」
空はフォークを手に取ってカルボナーラをひと口。そして別の皿に盛りつけられたソーセージは紙ナプキンを手に持ち掴んで食べる。
「ん~っ!」
――何でしょう、これは! 溶けるチーズの香りが鼻腔に広がり食欲を掻き立て、噛んだ瞬間に弾ける皮に小気味よく響く破裂音、次いで口いっぱいに広がる肉汁と旨味。それが溶けたチーズと混ざり合い、口の中で……。
「ハーモニーを奏でるという表現はまさにこのこと。どこかで聞いたそのフレーズが気取った食レポだと思いきや、こういうことなのだと言うことがよく分かりました」
「いかがですか、お客様?」
「はい、見事なソーセージです。この濃厚なカルボナーラとよく合いますね。ソーセージの肉汁が、こってりかと思いきや意外とさっぱりしているのがいい感じです」
「ありがとうございます。心行くまでご堪能下さいませ」
コックが去ってゆくと、空は再び料理を味わう。
「旅をするには節約が一番。だからこそ外食は、旅先の美味を外すことはできません。この料理は、想像を絶するほどの美味です。あぁ。ここのコックさんには最上級の敬意を払わなければいけません」
そして空はカルボナーラとソーセージを味わい尽くし、更にピザとワインを注文。それらも満足げな表情で堪能したのち、会計を済ませたのだが。
「えっ? これを頂いても?」
カウンターの女性から、空はあるものを受け取った。
「店長からお客様にお渡しするようにと。錬金術の『鉱石由来のフィルム真空密封技術』を用いた『モッツァレラチーズ』にございます。当店の料理にも使用しているもので、そのままの食用にはもちろん、ピザなどの材料としてもお使いいただけます。どうぞお納めくださいませ」
「分かりました。コックさんにお伝えください、大変おいしかったと」
「承りました。ありがとうございました」




