第九章 魔術式の砦 ~わたしは、親の愛を知りませんから……。~
錬金術研究と防壁建造に関わった役員たちは皆逮捕され、建造業務を受注した業者は『癒着ではなくただ仕事を依頼されただけ』としてお咎めなしとした。
最後に錬金術の研究成果や不正取引の資料などが陸軍庁舎の資料室にずらりと並べられ、レッドフォート伯爵と秘書と税務官の三人で「間違いなくこれで全部だ」という確認が取れた後、三人も連行されるのだが。
「長官、最後にわしは、あなたを脅さなければならない」
「はい? 何が言いたいの?」
「わしは、奥歯に自爆スイッチを仕掛けておる。今からでもこれを噛めば、わしはこの場でお前たちを巻き添えにして爆死するだろう。だから頼みがある。ここにある錬金術の研究成果のすべてと錬金術研究所を、紙切れひとつ残さず燃やしてもらいたい」
「それはできないわ。証拠品として押収しなきゃいけないもの」
「カリオストロのやつはアッシュランド州の陸軍にも紛れ込んでいたと、そこのお嬢ちゃんたちから聞いた。お前たち王国議会の中に潜り込んでいるやつもいるかも知れん。奴らが押収品をかすめてカリオストロ協会に届けるようなことがあってはならんのだ。わしの死者蘇生の技術は妻と娘を生き返らせるために作り上げたもの。それを兵器開発に転用されてみろ。何を開発されるか分かったものではない」
その言葉に、アーチャー長官は戦慄した。
空を見やれば、空は「陸軍にカリオストロのスパイがいたことは事実です」とうなずいた。
「了承。あなたの逮捕は、この資料ともども錬金術研究所を焼却した後としましょう」
「感謝する。一世一代の大嘘をついた甲斐があったというものだ」
「てんめぇ、この陸軍庁長官に嘘つくたぁいい了見してんじぇねえのよ」
しかし約束は約束。空たち、レッドフォート伯爵一味、陸軍省の一同の前で、錬金術の研究成果はレッドフォート伯爵邸のラボとともに焼却されることとなった。
すべてが片付いた後。
美少年神ガニメデの象のある、聖なる泉。
空たち四人は泉を取り囲むように並んだベンチに腰掛け、夕日に照らされる像を見上げる。そしてその誰もが、やるせない表情をしていた。
「またしてもカリオストロ、でござったな」
「そッスね。まさか州の領主、いや当時は息子か、そんな人まで巻き込んでからに」
「錬金術を兵器に。そして命を犠牲にして命を蘇らせるために。許せないのです」
「許せないのはカリオストロ、そして同じだけ、人の心を踏みにじる者」
空は、ふと空を見上げる。
「跡継ぎ問題など、わたしには分かりません。領主には領主としての果たすべきものがあるのでしょう。しかし望まぬ性別の子が生まれたからなどと、小さな命に拳を振るってまで順守することなどあるのでしょうか。今回のことは、先代領主がお孫さんの命を、レッドフォート伯爵の奥さんの尊厳を、踏みにじらなければ起こらなかった悲劇もありました。それがとてもやるせないです」
「空……」
「わたしには家族がいません。だから伯爵の悲しみも、ピエリーナが彼に彼の気持ちなど分かりたくもないと言った気持ちも、わたしには分かりません。わたしは、空っぽですから……」
今にも空気になって消えてしまいそうに儚げな空。記憶喪失である彼女は、家族の愛も知らないのだ。だがそれを、ピエリーナが笑顔で否定する。
「空っぽだったら、そんな風に思わないのです」
「えっ?」
「心がある、悩むことができる。それだけで、空さんが空っぽではないと言うことの証明なのです。それに空さんに家族の記憶が無くても、今は私たちがいるのです。家族がいるからその間に絆があるのではないのです。私たちは旅の仲間、家族とは違うベクトルの、家族と同じだけの絆があるのです。悩む時にすべてを見失うこともあるのでしょう、それでもそのたびに思い出させてあげるのです。今は、私たちが空さんの家族なのですって」
「ピエリーナ……。…………、……ええ、そうですね。どうやら、わたしは盲目になっていたようです。家族がいるあなたたちがうらやましくて」
そして空は、ピエリーナに抱き着いた。
「ごめんなさい。そして、ありがとうございます」
いつもなら強敵すら叩き伏せる武人の背中が、今は小さな子どものように震えている。
息は震え、鼻をすする音が時折響く。
ピエリーナの胸を、暑い雫が濡らす。
親の愛を知らぬ少女が、家族からの愛を知った。
そんな空の頭を撫でながら、ピエリーナは言った。
「今日はおやすみ、なのです」
「うん、お母さん……」
子どものように甘える空に、アレットとひまりも静かな微笑みを向けた。
その頃。
パダーノ共和国、カリオストロ協会庁舎。
「ご報告いたします。レアガルド王国レッドフォート領主邸錬金術研究室ですが、同王国議会諮問探偵率いる冒険者パーティーおよび陸軍庁の制圧により、錬金術の研究資料ごと焼却されたとのこと。発信元、レアガルド王国王都傭兵団庁舎です」
カリオストロ二世ことフランソワ・バルサモは答えた。
「そうか、報告ご苦労。……クズが」




