第九章 魔術式の砦 ~親のくせに、そんなことも分からないのです!?~
三日後。
「これは、どういうことだ……!?」
王国議会より、赤い騎士装束とマントに身を包む金髪碧眼の女性レイン・アーチャー陸軍庁長官とその衛兵たちは、五区砦中央区の陸軍五区砦分隊庁舎前の光景に唖然となった。
庁舎前には何と、当代領主たるレッドフォート伯爵、彼の秘書、税務官、陸軍分隊長、その他やぐらの建造を指揮する立場にあった建設関係者が、後ろ手に手錠をかけられて、しかも全員が鎖でつながれてずらりと並んでいたのである。
「はい。レッドフォート家直属斥侯部隊隊長のシャドーが、すべてを話してくれました。これは、彼の遺品です」
空がシャドーのダブルショートソードと切腹に使った脇差を、アーチャー長官に手渡した。
「すべてを話した? どういうことか、聞かせてくれるわよね」
「はい。ここからは錬金術の専門家ピエリーナにお任せします」
「はいなのです!」
シャドーが空たちに話したこと、そしてピエリーナが錬金術の知識をもとにそれを調査し裏付けが取れたことをまとめると、このような顛末となる。
まず復習になるが、この町の道路や水路、防壁のデザインは、全て中央の噴水の地下にある魔導ソレノイドポンプを動かすためのアークル収集魔術式である。町民及び旅行者から第二の税としてアークルを集めることで、五区砦の水源は維持されているのである。
だが、そのアークル収集魔術式の外側に新たなる式を書き足す形で逆五角形の魔術式の形をする砦及び防壁を建造していた。それはソレノイド稼働に必要な膨大なアークルの悪用が目的である。
では誰が何をしようとしていたのか? それは、当代レッドフォート伯爵が町の人々からアークルを集めるための魔術式そのものの強化と、自邸に構える『錬成炉』への流入である。そのリアクターで作っていたものは、『人造人間』であった。
聞けば、レッドフォート伯爵はある組織から錬金術に関する知識と技術を与えられ、これらを研究し昇華することができたらそれ相応の報酬を支払うと約束した。そして研究課題こそ『戦闘用ホムンクルス』。つまり、ゴーレムが戦争に使えなくなったためその代わりの自動式戦闘兵器を欲していたようである。レッドフォート伯爵はこれを了承し錬金術の研究を開始し、その研究仲間として秘書や税務官たちまで巻き込み、すでにアークル収集魔術式の強化とホムンクルスの試作までやってしまった。
しかしその一方で、レッドフォート伯爵はその知識と技術を自分のために利用しようとしていた。それが、『死者の蘇生』である。レッドフォート伯爵には妻と娘がおり、先代(第六代)レッドフォート伯爵より「なぜ跡取りとして男児を生まなかったのだ、女児を生んで子を産めぬ体になってしまったのだ!?」と当代レッドフォート伯爵の妻を非難し、夫人と生まれたばかりの女児に何度となく暴力を振るい、女児を死なせてしまい、夫人はそのショックから自ら首を吊った。これにひどく悲しみ怒り狂った当代レッドフォート伯爵は先代を半殺しにした上で殺人罪で起訴、先代が逮捕されたことでその息子がレッドフォート伯爵の座を継承した。この時より、ホムンクルス研究は死者蘇生の技術として研究し直されたのである。
そしてとうとう、レッドフォート伯爵はとんでもない決断をしてしまう。
愛する妻子のいないこの世界に未練などない。我が『物』たる民衆を生贄とし、妻子の新たなる命の源にするのだと。そしてこれまでホムンクルス研究に携わった者に、死者蘇生の術を発動させる直前に町を離れることを許した。
そして。
「これが『新型の賢者の石』とも言うべきレッドフォート卿の研究の成果『ブーステッドエリクシル』、そのベースとなる魔導クリスタルコアなのです!」
ピエリーナが両手に持つふたつのクリスタル細工、ブーステッドエリクシルの基礎。かすかだがピンク色の光が宿り、やはりピンク色の線で図形や文字が描かれており、これがすなわちブーステッドエリクシルの正体、『アークル収集・無限循環式』なのである。
「私もこの式を見てトンデモビックリなのです。ブーステッドエリクシルの初期充填と起動には膨大なアークルを必要で、周囲からさらにアークルを収集して内部で循環・運用、必要に応じて収集する仕組みなのです。言うなれば、これは『人工心臓』なのです。
そして、このブーステッドエリクシルにはまだ謎の魔術式があるのです。その謎こそ、おそらくホムンクルスに接続するための回路。ホムンクルスにこのブーステッドエリクシルを埋め込み、更に様々な要素を組み込むつもりだったのです。そうすることで死者を蘇生させようとしたのです。それが疑似的であったとしても」
「疑似的? それはどういうことなの?」
「はいなのです。おそらく伯爵は奥様と娘様のご遺体を保管していらっしゃり、ホムンクルスの素材にそれを使うつもりだったのです。ホムンクルスの材料を用いてご遺体を亡くなる前の状態まで復元し、心臓にブーステッドエリクシルをつなげるのです。死んだ人は生き返らないと分かっていても、魂と自我をゼロから育て直し、いつか本物の人間になるように」
ピエリーナはそれをアーチャー長官の護衛に手渡し、レッドフォート伯爵に向けて叫んだ。
「あなたバカなのです!? そんなことをして、町の人々を犠牲にして、あなたの奥さんも娘さんも喜んでくれるとでも思うのです!? いつか自分たちの命があまたの犠牲の上に成り立っている罪深い存在であると知った時の顔が思い浮かばないのです!? あなたのしたことは、ただの命の冒涜なのです!」
「貴様に何が分かるか小娘! 愛する者を失った、わしの気持ちなど!」
「ええ分からないのです! 分かろうとも思わないのです! だからこそすべきはたったのふたつ。あなたから大切な家族を奪った者を制裁し、あなた自身が三倍幸せになるのです。あなたの幸せが、今亡き人の願いのはずなのです! そんなことも分からないのです、親のくせに!?」
「ぐっ……!」
そして、ピエリーナは言う。
「私もお父さんとお母さんの娘だからこそ分かるのです。旅に出ると決めた時から、無事に帰るまで両親には心配をかけ続けるのです。もし私が無事に帰れないことがあったら、私の遺影とともに思い出話に花を咲かせ幸せに過ごしてほしいのです。私がこの瞬間も幸せに生きていられるのは両親のおかげで、だからこそどんなことがあっても両親にも同じだけ幸せであってほしいのです。……お父さん、これが娘からの気持ちなのです」
その言葉に、レッドフォート伯爵は震え上がった。
「お父さん、か……」
ピエリーナの言葉にレッドフォート卿は崩れ落ち、ひどく涙し、嗚咽した。
「その言葉を……、その言葉を聞きたかった……!」
『その男』は、泣き続けた。
涙と声が、枯れ果てるまで。




