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第八章 王家の加護と迷惑な武人 ~油断は禁物なのです!~

 決闘前、ジグラス大門前。

 決闘は無手(徒手空拳)で行われる。立会人はバルバルが担当する。

「これより、呉空とクリス・アキモフの決闘を執り行う。レギュレーションは三つ。一:道具の使用及び石礫や砂の投擲の禁止、二:目つぶしなど相手の殺害及び後遺症が残りうる攻撃の禁止、三:降参後の追撃の禁止。勝負の決着は、相手の降参、レギュレーション違反、その他立会人である僕が勝負ありと判断した場合とする。異議を申し立てぬならば、構えを以って同意とされたし」

 そして迷いなく、空とクリスは拳を構えた。

 試合開始宣言を前に、クリスはひとつ空に提案した。

「賭けをしよう、呉空。我はお前と勝負できればそれでよい。もはやこれだけで天からの褒美だ。もし我がお前に勝ちを奪えぬことがあれば、お前の願いをひとつだけ聞いてやろう」

「分かりました。しかしわたしにも八極門としての誇りがあります。願いなど関係なく、あなたにそう簡単に負けはしません。……仁義礼智と信の字胸に、誇る力は活人が為に。武の道行く我、地鳴らす一歩は天の采配のもとにあり」

 そしてふたりは言う。

「尋常に勝負。互いの誇りをかけて!」


 先手はクリス。

「キックボクシング基本技、『ジャブ』から披露いたそう!」

 踊るようなフットワーク、音速にすら匹敵する鋭い拳打。

 それが一発どころか連続して繰り出され、空は防戦一方を迫られる。

 ――これは、まるで勇者パーティーのゴールドメイルさんのような攻撃。回避してもその先に次々と打ち込んでくる連続攻撃、相手の攻撃がやまない限り一切の隙が無い。この攻撃を封じるためには!

「八極拳、『大纏崩錘(だいてん ほうすい)』!」

 それは、槍術から生まれた八極拳における無手の技。進める左足で相手のバランスを崩しつつ、相手が右拳を繰り出せば右脇をその外側から潜り込ませた左腕で攻撃(左肩による肩撃、腕全体からの脇の下攻め、左拳による『側面からの正面打撃』などに応用可能)することができる。空はクリスよりも小柄な体格から、脇の下攻めを繰り出した。

「なんの!」

 空の左腕に上半身を薙ぎ払われるクリスだが、右掌を地面について下半身を旋回させて空の足に絡ませてしまう。さすがに下半身を攻撃されては立ってはいられない。

「あっ!?」

「取った!」

 クリスは上空から地面に向けて繰り出すダウンナックルを空に見舞おうとする。それを空はゴロゴロと地面を転がる形で回避し、クリスの拳はレンガ敷きの地面に亀裂を刻み込んでしまう。

「ふっ、さすがだ呉空。今のを回避するとはさすがは数々の死線を潜り抜けただけのことは」

「見せてください!」

 その途端、空は決闘中にもかかわらずクリスの右手を両手で包み込んでまじまじと見つめた。

「なっ!? な、何をする!?」

「いえ、クリスさんの拳が美しいと思いまして!」

「は!? バカを言うな! こんな武力しか宿さぬ傷だらけの拳のどこが美しいか!?」

「いえ、美しいですよ」

 すると、空は静かに微笑んでクリスに返した。

「クリス・アキモフさん。あなたが自らの野心のために相当な功夫を積んできたことがこの手から分ります。強き者と戦い、戦いの中に自らの幸福を見出す、武人としての覚悟。わたしには到底分かりません。記憶喪失なのですから」

「記憶喪失、だと?」

「ええ。しかしわたしの記憶に残る八極拳は、それでも他者の追随を許すなと常にわたしに語り掛けてきます。わたしの意地や誇りに関係なく、やはりあなたには負けられません。だからこそ燃えます。これは理屈ではありません。八極拳がわたしに託したプライドでもありません。ただただわたしが、あなたと拳を交えることに……」

 そしてクリスに向ける空の眼差しが、かつてないほどの熱を帯びていた。

「空……?」

「ええ。ただただ、燃えてしまうのです!」

「おぉ……。お前もなかなかの変人だということは、よぉぉおぉおぉぉおおおおおく、分かった!」

 では自分が変人であるという自覚もあるのだろうか。


 今度は空から仕掛けた。

「箭疾歩!」

「そんなミサイルパンチが当たるか!」

 空の瞬間移動パンチをクリスは右(空にとっての左)に回避。そのまま膝蹴りを繰り出し、空の腹部を狙う。とっさに空も左手で防御するも、クリスは更に空の後頭部を狙って真上から拳を振り下ろす。

「がっ!」

「とどめ!」

 続けてキックを繰り出そうとするクリスの攻撃を、空は紙一重で回避、更にバックフリップで距離を取って体勢を立て直す。

「くっ、惜しいな」

「強い……。これまで戦ってきた誰よりも強い。わたしの八極拳が通じない。何という功夫でしょう」

「お? いい言葉が聞けた。だがこれくらいでへばられてはつまらん。まだ本気ではないだろう? 来たまえ、まだまだお前の力を見てみたい!」

 戦闘再開。

「キックボクシング、『ハイキック』!」

「八極拳、『斧刃脚(ふじんきゃく)』!」

 クリスは技名の通り空の頭を狙うが、空は体そのものを落としつつクリスの左足に右インサイドキックを見舞おうとする。だがクリスは技が当たる寸前に左足を引き、空の攻撃を回避してしまった。

「なっ」

「かかったな! 『ヒールドロップ』!」

 どうやら最初の技はフェイントだったようで、クリスは空中で技を発動。まさかこんなことをされるとは思わなかった空だが、自らもとっさに体制を切り替える。

「『通天砲(つうてんほう)』!」

 それは真下からのアッパー。空の拳は見事にクリスのあごに命中、今度はクリスを退けることに成功した。空もそれに満足せずに次の拳を繰り出すが、それはクリスの左肘にブロックされてしまった。そしてその瞬間、バルバルは「一ラウンド終了、二分休憩!」と両者を引きはがす。

「いい拳だったぞ、呉空。やはりこうでなくてはな」

「クリスさんも空中での動きの切り替えし、見事なものです」

 クリスは自分のモートルラートに戻り、後部コンテナから水筒を取り出してうがいし、地面に吐き捨てて今度は飲む。セコンドとして空のそばにピエリーナがつき、彼女も空のために水筒を用意していた。

「キックボクシングは今でこそ『ヤマト発祥の興行スポーツ』なのですけど、元をたどれば『ムエタイ』という実戦的な武術なのです。スポーツとしてのボクシングとの違いは、ボクシングは拳のみに対し、キックボクシングは肘あり蹴りあり膝蹴りありのほぼほぼムエタイ。八極拳のように全身を使って攻撃してくるのです、油断は禁物なのです」

「なるほど。ほかにどのような技があるのですか?」

「キックボクシング教室や興行主によっては、ムエタイの必殺技『クリンチ』を禁止しているところもあるのです。でも相手は海軍の兵士、しかもこれは互いの実力と誇りをかけた決闘。レギュレーションに首から上への攻撃の禁止もなく、相手を沈めるためにクリンチを仕掛けてくる可能性もあるのです。頭を抱え込まれないでほしいのです、その瞬間に膝蹴りが顔面を襲うのです」

「分かりました、参考になります。水をあとひと口だけ」

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