第八章 王家の加護と迷惑な武人 ~八極拳VSキックボクシング、決着です!~
空はピエリーナから水をもらい、ごくりと飲み下したのちに立ち上がった。それを見てクリスもモートルラートから腰を上げた。
「セコンドのお嬢ちゃんも武術をやってるのかい?」
「はい。カポエラとガン=カタを」
「銃使いか。あんなちっこい体、我の拳一撃でミンチになるだろうな」
「あなたは精肉屋ですか……」
そして戦いは再開、第二ラウンド。
八極拳とキックボクシングの技の応酬が続く。当たれば間違いなく相手に大ダメージを与える技も、空はいなしつつ反撃、クリスは固い肘で防御しつつ反撃。すべての技はブロックされ、交わされ、いなされ、食らわせば食らわされ、なかなか決着がつかないまま三分が過ぎてゆく。
再度休憩をはさんで第三ラウンド。空はクリスの肘で拳が痛んだためエルボーによる攻撃に切り替える。その分、クリスとの距離を詰めなければならないのだが。
――ほぅ? 拳が使えなくなったからと言って技が封じられたわけではないと言うことか。同じエルボーでもこうも多彩な攻撃を仕掛けてくる。特に『外門頂肘』なる技は危険だ。脇に出られたら一気に内臓を持っていかれてしまうな。
クリスが左ジャブを繰り出す瞬間、空は『反三才歩(90°~180°体を返すフットワーク)』でクリスの左側に躍り出て、そのまま右エルボーを見舞おうとした。それをクリスは左腕全体ではらう形で回避したが、「当たっていたらヤバかった」と戦慄し、八極拳のエルボーアタックを警戒し始めた。
第三ラウンドも二分経過。そして互いにダメージを蓄積している。手足のみならず顔にも腫れができており、空に至っては内頬を切ったか唇から血がしたたり落ちている。互いにファイティングポーズを取るも、体が気力に追いついていない。
そして空とクリスの決闘はギャラリーを呼び、いつの間にかふたりの周囲には人だかりができていた。またジグラスの清掃員冒険者の大半が、清掃をやめて試合に見入ってしまっている。バルバルも決闘立会人の立場から彼らに業務に戻れとも言いづらく、「さっさと終わってくれ」と頭を抱える。
空は言う。
「ピエリーナから、キックボクシングはムエタイが源流と伺いました。その勇猛な武術、そしてあなたの功夫、何もかもが見事なものです」
「そうか。その言葉を聞けただけでもお前に決闘を申し込みにここまで来た甲斐があったと言うものだ」
「ありがとうございます。ところで今更ですが、誰からわたしのことを?」
「本当に今更だな。海上輸送ギルド・メイフラワーの、クリストファー・ロバーツから聞いた。エイゼル大陸西方の海を荒らしまわるアーダルベルト海賊団、それを海軍より先にメイフラワー号のクルー及び冒険者が倒したと報告が届いてな。そこから海軍はお前たちのことを知り、我々はお前たちを高く評価しているのだ。そして思ったのだ。アーダルベルトに立ち向かい奴に勝利した、そのお前とぜひ戦ってみたいと!」
「アレット・ドイルの助けが無ければ勝てない戦いでしたが、光栄に思います」
「光栄に思うだけで済むと思うな、この我にその実力を示してみろ!」
「はい!」
燃え上がる闘志に、互いにボロボロの体を奮起させる。
そして再び、両者は強く地を蹴り相手に迫る。
「八極拳……」
「キックボクシング……」
互いに肘打を衝突させての旋回跳躍、そして。
「『左踵脚』!」
「『レフト・ラウンドキック』!」
互いの左足が頭上で衝突する。
すかさず空は着地し、次の技を繰り出そうとする。
「裡門……」
裡門頂肘(エルボーアッパー)を繰り出そうと肘を構える空だが、勢いよく右足を引いたクリスは空の頭を両手で抱え込んでしまった。
「なっ……」
「しまいだ」
それは、されてはいけない前準備。
――しまった。あれほどピエリーナにこうされてはいけないと忠告されていたのに。
繰り出される技は、威力次第で容赦なく相手を地に沈める必殺の一撃。
「『クリンチ』!」
再びクリスの右足が繰り出される。
そして空はなすすべもなくクリスの右膝をもらってしまう。
「が!」
とうとう、空は倒れてしまった。
どさりと音を立てて地に伏せる空に、バルバルは駆け寄って彼女の様子を見る。だが、空は立ち上がるどころか指一本動かすことができない。
「これは……!」
バルバルが青褪める。そんな彼に、ピエリーナが駆け寄って状況を尋ねる。
「バルバルさん! 空さんは大丈夫なのです!?」
「……ああ、死んではいない。殺してはいけないというルールだからな。だがこの子が再起することはないだろう」
「では……」
「ドローだ」
「えっ?」
バルバルとピエリーナが振り返ると、何とクリスまでもが口から滝のように血を吐いて両膝を地につけてしまった。
「何だ……? 我は、何をされたのだ……?」
訳も分からず崩れ落ちたクリスに、アレットが解説する。
「あんたがクリンチを仕掛けると同時に、空は頭を左に回転しつつ右掌打を繰り出したんッス。拳が使えないからと言って、右掌底まで使えなくなっているわけじゃないッスからね。おそらく空はピエリーナから警告されたことで、奥の手を残しておいたんッスよ。ひょっとしたらとっさの判断かもしれないッスが」
「だとしたら、あの瞬間にそこまでの判断が……。だが、それだけでこの我が……」
だがクリスの言葉は続かなかった。空の右掌底が余程の威力だったか、とうとう上半身まで崩れ落ちてしまう。
その後、バルバルが呼んだ医者が空とクリスを治療し、両者は冒険者ギルドの医務室に運ばれた。医者は、空は脳震盪、クリスは胃か肺の裂傷と診断し、どちらかと言うとクリスの方が重症である。
とりあえず空は無事である。だがクリンチの瞬間に何が起こったか、アレットの分析には続きがあった。
「クリスのあの大ダメージ……。大岑帝国に数ある武術の中に、『寸勁』というものがあるッス」
アレットの言葉に、ひまり、ピエリーナ、そして空とクリスを連れて来た冒険者たちが首をかしげる。
「どういうことでござるか?」
「『勁』とは、攻撃力の運用、力の働きかけを意味し、寸勁は短い距離から爆発的な攻撃力を発揮する攻撃力の発動(=『発勁』)ということッス。武芸を極めた者はゼロ距離から紙切れ一枚を吹っ飛ばすこともできるらしいッスが、それは話に聞いただけで何とも。そして、寸勁を会得するには相当な修練が必要だとも」
「相当な修練……」
「んッス。……呉空。一体、空の過去には何があったんッスかね。修行に明け暮れる日々だったのか、ただ武術の天才なだけなのか、そもそも過去などない、それこそ本当に神の化身なのか」
「冗談はよすでござる。いくら拙者でも、空想と現実の区別くらい」
「そッスよね、自分の考えすぎッス。しかし空には本当に驚かされるッスねえ」




