第八章 王家の加護と迷惑な武人 ~拙者の旅の終わりが見えてきたでござる。~
その後。
クリスの部下だと言う海軍中尉ミオ・ナカハラ(ヤマト名:中原澪)が軍事バギーに乗って駆け付け、上官の非礼を詫びたのちバルバルと賠償金に関する交渉をする破目になった。
何でも、クリスは海軍の女性兵士として海賊殲滅や海獣駆逐など数々の武勲を立ててきた一方、強い者がいると知れば戦わずにはいられない性分のせいでそれなりに軍の内外に迷惑をかけてきた。とはいえ海軍もクリスの強さと仲間を率いるカリスマ性は得がたく手放しがたいとして懲戒免職にすることもできず、クリスは軍にとって『目の上のたんこぶ』とのこと。軍が支払う賠償金は、あとでクリス本人の給金から分割で引いているらしい。
バルバルは決闘のせいでジグラス清掃を滞らせられたとして、それにかかる人件費の賠償を請求。ミオはそれを了承して、バルバルが求める額を記載した小切手を手渡して賠償請求関連の交渉は終わった。
空とクリスが目を覚ましたのは、決闘の翌日。冒険者ギルド所属の医者の診察の結果、空は脳への後遺症などもなく無事であると診断された。クリスは「しばらく安静に過ごすように」と一週間のホテル暮らしを強いられ、海軍庁舎に戻ったらより精密な検査を受けるように言われた。
ミオに連れられて冒険者ギルドを出てゆく包帯まみれのクリスは、やはり包帯まみれの空にふっと笑って言った。
「お前は強い。我が認めるのだ、誇ってよいぞ」
「ありがとうございます。しかし迷惑行為もほどほどにしてくださいね。それと、あなたにお願いがあります」
「お願い?」
「はい。あなたは決闘前にこう言っていました、『我がお前に勝ちを奪えぬことがあれば、お前の願いをひとつだけ聞いてやろう』と。ですので、勝ってはいませんが負けてもいませんので『海軍中佐相当の非常駐兵の地位』を賜りたいと思います。そうすれば、あなたの首にひもをつなぐことも、海軍のセーラー服を着ることもできます」
「んぁ!? いや、いくら何でもそれは我個人にはどうすることもできんぞ!? と言うかセーラー服!? そうだよな、これは女子のあこがれだよな!? 我ももう着ることもできない下士官時代のセーラー服を自室に飾っているぞ。セーラー服はよいものだよな! あははは!」
服装の違いは国にもよるが、レアガルド王国海軍において大尉以下の女性軍人はセーラー服、少佐以上は男女問わず詰襟となる。
「お願いを聞いてくれるだけで構いません。海軍がそれを聞くことができないと言えば、それに準じます。最初から無茶なお願いであることは分かっていますから」
「やれやれ、分かった。上官に聞いてみよう。だがセーラー服くらいカジュアルのものがあるではないか」
「それはそれ、これはこれ、です」
「どういうそれこれは分からんが、とにかく了承した。では我は療養するとしよう。改めて、良き決闘であった」
「わたしもです。お大事に」
「おま……、いや。貴君もな」
こうして、クリスはミオに連れられてホテルに向かった。
やれやれ人騒がせな軍人だと誰もがため息をつき、空もうなずいてアレットたちに言う。
「それでは、今日も張り切ってジグラス清掃をがんばりますか」
「空、そのズタボロの体でクエストこなすつもりッスか?」
「あ……。クエストキャンセル料と数日間の食い扶持、海軍に上乗せしてもらってもいいでしょうか?」
空は拳を痛めつけられた。これではジグラスの清掃どころか、ろくなクエストを受注することもできない。
「交渉の余地は充分ッスね」
だが空の代わりに別の冒険者が空のクエストを引き継ぐことで、キャンセル料は発生しなかった。それでも稼げるはずだったギャラの請求くらいはできるであろう。
一週間後。
空の体も回復し、ひまりはジグラスの書庫でいくつかの古文書を読み、アレットとピエリーナもそれぞれに旅費を稼ぐ。さて最後のジグラスに参拝しようと車に乗り込んだところ、バギーに乗ってミオとクリスがやってきた。バギーの荷台にはクリスが乗ってきたモートルラートが積んである。
「諸君! これからジグラス巡りの旅に出るらしいな。我らも海軍の庁舎に帰ろうと思う。最後に挨拶くらいしておこうと思ってな」
「そうですか。わざわざありがとうございます。クリスさんもミオさんもお達者で」
クリスは「うむ」と返すが、運転席に乗るミオは空に言う。
「空さん。軍に掛け合った結果、さすがに海軍の中尉の客人相当軍籍は無理でしたが、セーラー服をご所望でしたら軍払い下げでよろしければ提供できるとのこと。その際、階級や所属などに関するワッペンは剥がされます。それとクリスの首にひもをつなげたいとのことですが、軍の上層部からもきっちり折檻すると言うことですので、それで勘弁してください。セーラー服の送り先は、王都の冒険者ギルドにいたします」
「王都ですか? それはなぜ」
「はい。……河上ひまりさん」
話は唐突にひまりに振られた。彼女に関係あるのだろう。
「拙者にござるか?」
「はい。ご主人様のご遺骨でしたら、王都のジグラス、それも『プリモディアル・ジグラス』にお納めになってはいかがでしょう。現在は世界遺産として守られている、エイゼル大陸西方に数あるジグラスの中でも最古のそれと言われています。ひまりさんは私立考古学者でもあるとお聞きしましたし、そこを尋ねるのがよろしいかと」
ミオの言葉に、ひまりは興奮を抑えきれず車から身を乗り出した。
「それはまことにござるか!?」
「まことにござる、ですよ」
「おお……! 何とありがたい。情報提供に感謝いたす、ミオ殿!」
「はい。では皆様、道中ご無事で!」
こうして、ミオが駆る軍事バギーは去ってゆく。小気味いいエンジン音が遠ざかるのを見届けながら、アレットもハンドルを握る。
「エンジンもあったまってきたし、出発するッスか」
「はい。次はどの町になりますか?」
「ジグラスのある『レッドフォート州』との間には、『デッドデザート』、名前の通りとんでもなく過酷な砂漠地帯と、それを突っ切る一本道の途中にオアシスがあるッス。オアシスを頼りに行くか砂漠を迂回するルートを取るかッスが、無難に行くなら迂回ルートッスね」
「では、行きはオアシス、帰りは無難に行きませんか? そのほうが、王都への道も近くなります」
「と、空は言ってるッスが」
「はいなのです、異論なしなのです!」
「うむ。拙者も構わぬ。それにオアシスと言うのも気になるでござるからな」
「徒歩の一人旅では絶対に行けないところッスからね。んじゃ、空の提案するルートでぶっ飛ばせー!」
そして車は走り出す。
向かうは死の砂漠の只中のオアシス。果たして、どのような冒険が待ち受けているのだろう。




