第七章 いわれなき囚人たちの華麗なる(?)日々 ~今日は日曜日なのですっ!(超大嘘)~
翌日。
アクシスが様子を見に来れば、空たち全員は寝間着から着替えもせず気の抜けた表情でベッドに腰かけたり寝そべって天井を見上げたり二度寝を決め込んだりしていた。
「……今日は、日曜日でしたでしょうか?」
そんな彼には、ひまりが答えた。
「緊迫感が無いのでござる」
「緊迫感、ですか?」
「然様。これまでは旅をする上で、宿に泊まれぬ場合は猛獣や野盗に気を配り、誰かが起きて見張り番をし、必要とあらば戦い、事実これまでにも何度となく戦いを切り抜けてきたでござる。一番危険な戦いと言えば、アルケモートの錬金術関係組織との乱戦でござった。しかしここに来てずっと守られっぱなしの日々。死ぬ恐れが無い一方で観光も美食の食べ歩きもジグラスへの参拝もできぬ。戦闘訓練にも身が入らず、どうにも腑抜けたくなくても腑抜けになってしまうのでござる。これを何というのでござろうか。確か……、『引きこもりのダメニート』でよかったでござろうか」
「ニートとは滅相もございません! しかしおっしゃる事もまた確かに。とはいえ呉空中尉とそのご戦友の皆様の御身をお守りすることもまた、我々の責務にござりますれば……」
そこに、空が口をはさんだ。
「ひとつ提案があります。アクシス隊長」
「はい」
空は周囲に自分たちとアクシス以外の誰もいないことを確認し、アクシスに言った。
「我々全員を入隊したばかりの女性新兵として身分を偽装し、街に出たいと思います。ひまりが言う通り、このままでは全員腑抜けてしまいます。事実、もうこの生活に飽きてきているのです」
「それはまあ……」
「それにどこかで、カリオストロ協会の誰かがこちらを随時見張り、我々の動きを待っているはずです。軍がお尋ね者を逃がしてしまうか、あるいは罪人と認めて処刑するか。このまま待っていても埒が明かない今、こちらから打って出るのも一策かと」
「しかし今、ドイル卿の手紙の返事が……」
「それも承知しています。とはいえこのまま何もしないのも不健全。カリオストロが変装した我々に気付かなければそれもそれでよし。気付き接近してきた場合は骨の一本でも折ってここに連行します」
「それなら、まあよいでしょう。このまま雲隠れするおつもりはないのですね?」
「旅荷物がすべて接収されている現状ですので、ここに帰ってくることをお約束します。いかがですか?」
こうして、ほぼ一週間ぶりの外出が認められた。
防壁南門、門番詰め所。
「……というわけです、伍長。これ、我々からの差し入れです」
「はっ、お疲れ様です」
そう敬礼する伍長だが、空は首を横に振って返した。
「今の我々は新兵です、部下に対する威圧的な態度でお願いします」
「そっ! そうでした。では李空文(空)二等兵、ジョゼ・ベル(アレット)二等兵、武田まり(ひまり)二等兵、エリー・ジョンソン(ピエリーナ)二等兵に命じる。私、クラウド伍長の仕事をここで見学せよ!」
彼の名はクラウドと言った。
「はっ。我ら一同、見学の任につきます」
空は陸軍本仕込みの敬礼を返し、アレットたちは慣れない様子で敬礼する。
――完璧なのが逆に新兵らしくないッス。意外と空からボロが出たりして……。
陸軍指定戦闘服の帽子を脱いで詰め所内の椅子に掛ける空たち。アレットは「ちょうどいい待機任務がもらえた」と口にする。
「これなら町の様子も観察できるッスね。いやぁ、町に着いてちょっと寄り道したくらいしか回れなかったから、こうしてゆっくり町を眺められるのは本当にいいことッス!」
「そうでござるな。カリオストロの気配は……、拙者には分からんが」
「私も微力ながらお手伝いするのです!」
「皆さん、ありがとうございます。わたしも怪しい動きをする者、また全く動かない者を重点的に探しています」
「動かぬ者にござるか?」
「はい。誰かと待ち合わせしているか、何食わぬ顔でこちらに注目しているか」
「さすがにござるな、空」
さて、アリュールに到着してから立ち寄った場所と言えば銀行のみ。
怪しい者がいないかを探るついでに、この町のことも少し見ておきたい。
アリュールはアッシュランド州南端の町であり、アルミス州との境に接している。つまりアルミス州の人にとってはアッシュランド州への玄関口である。それだけ町は発展しており、防壁前の広場には蒸気駆動タクシーや蒸気駆動トラック、乗合馬車や物流馬車など、古今様々な乗り物が集う。また円形の広場には様々な店が立ち並び、多くの買い物客や観光客、旅人、冒険者などであふれかえっている。
ひまりが手渡された地図によると、保安庁分隊の庁舎もアリュールの中央のあたりに位置する。分隊庁舎のみならず町役場や冒険者ギルドなそ様々な公共機関が町の中央に集まっている点はどこの町とも同じ。ひまりの目的であるジグラスは、町の北方、それも防壁の外に位置しているらしい。
門番の兵士クラウドの語るところでは、この町にこれといった名産はないとのこと。退屈すぎるありふれた街で、誇れるものと言ったら州境の町であるがゆえに多くの店がひしめき合っていることだろうと言う。空が「おいしい食べ物はありますか!?」と食いついてきたため、「話には聞いていたが本当に美味となるとブレないようだな」とクラウドに呆れられた。
「しかし怪しい人も怪しい動きもありませんね。空振りだったのでしょうか」
「うむ、それはそれであってくれた方がありがたいでござるな」
「なのです」
だが、アレットの意見は違った。
「群衆に紛れて自分らを狙うような輩はいない。となると、先日の『クモの巣男』が怪しいッスね」
「誰なのです、その蜘蛛の巣男って?」
「現時点での最有力候補ッス」
それについては、アレットと信号でやり取りした空しか知らない。
「もしかして、それが昨晩信号でやり取りしていた話の核心なのです?」
「おっ。ピエリーナ鋭いッスね。……はいはいはいぃ、噂をすれば何とやら」
すると、ひとりの兵士が門番詰め所まで歩いてくる。
「彼ですね」
「そッスね」
「出陣でござるか?」
「行くのです!」
空たちは詰め所を出て、クラウドの背後にずらりと並ぶ。
「何かあったのか?」
「はい。おそらくはこれから何か起こります。動揺なさいませんよう」
「分かった。だがお前たちも気をつけろ」
「はい」
するとその兵士は、クラウドに声をかけた。
「クラウド伍長。アクシス隊長がお呼びだ。すぐに庁舎に戻れ。仕事は俺が引き継ぐ」
「はっ! かしこまりました、ソルト軍曹! この新兵らは、自分の仕事の見学をしていたであります。指導の任をお引継ぎします!」
クラウドは敬礼を返し、空たちを一瞥する。空も静かにうなずいて返す。
そしてクラウドは庁舎に向かうのだが、例の鼻の穴にクモの巣の男、軍曹のソルトは、クラウドがいなくなったことを確認して空たちを見やる。左手を突っ込んだポケットには小型のオートマチック式拳銃が隠されているようだ。
「……ふっ。しびれを切らして外に出てきたか。大人しくバカ隊長に守られていればいいものを。今日がお前たちの命日だと思え。そしてその首、カリオストロ閣下に献じょ」
だがソルトのその言葉は続かなかった。
「カポエラ、『アルマーダ』!」
何とピエリーナがその場で旋回上段蹴りを繰り出し、ソルトのあごに見事に食らわせていたのだから。
「ぼへぁ……?」
そしてピエリーナの蹴りを受けたソルトは、折れた歯を宙に舞い上げ、白目を剥いて倒れた。ピエリーナの蹴りは、意識を刈り取るほどの見事な一撃であった。
白昼堂々の新兵の上官への蹴り。何事かと町行く人は見やるのだが。
「あー、安心していいッス! パワハラ上官にさすがにキレないとやってられなかったもんで! 『愛のある説教と横暴は履き違えちゃいけない』ッスよ、皆さーん!」
これは職場という環境において大事なことである。




