第四十三章 キングスレイのビジョン ~アレット:兄貴がお見合いするらしいッス! 空:よかったではありませんか。~
「うむ。ところでひとつ、素朴な疑問なのだが」
ジェームズはレードルで雑炊のお替りを取り、キングスレイに尋ねた。
「お前、せっかくシスコンを克服したのだし、そろそろ嫁を取るつもりはないのか」
「ありますが、私自身がこんななのでお相手いないんですよねー」
「であれば会わせたい娘がいる。まずは茶でも飲んでやってくれ」
こうして唐突に、キングスレイとジェームズの紹介相手のお見合いが決まってしまった。
「……えっ?」
その夜。
レアガルド王国フォーマメント州、領主邸。
受信した魔導信号をアシュレイが文字に起こし、それを読んだアレットが青くなっていた。
「どうしました、アレット?」
「……オヤジからッス。あの兄貴が、あの兄貴が」
「キングスレイさんが、どうなさったのですか?」
「お見合い、するらしい、ッス……」
「え? よかったではありませんか。どうしてそんなこの世の終わりのような顔をしているのですか?」
「まさか男が相手じゃねえッスよね!?」
「……探偵であるあなたが珍しい。モリアーティー教授が紹介するご令嬢というフレーズを見落とすなんて」
またしばらくして。
金龍紅華、少人数席。
忠八、キングスレイ(さすがにメンズスーツ)、アーサー&ジーンが待つ席に、大学の資料を詰めたカバンを詰めたジェームズが、女性とその家族を連れてきた。
「待たせたな。今回のお見合い手とそのご家族だ」
ジェームズが手招いた見合い(茶飲み)相手は、黄色のワンピースに身を包んだ銅髪緑眼のご令嬢。背後にいる男性と女性は彼女の両親であろう。
キングスレイは立って答えた。
「お初にお目にかかります、どこかのバンドのベースボーカルのお嬢様。私、キングスレイ・ドイルと申します」
いきなりそんなことを言い放ったキングスレイに、まだ名前も知らない女性の趣味あるいは職業を、キングスレイは言い当ててしまった。
「うそ!? 自己紹介もまだなのに、どうして私が歌とベースをやっていることを!?」
「『ドッキリ大成功』と言うやつですね。まずはおかけくださいませ」
さすがキングスレイ、レディーを立たせっぱなしにはしない。
女性、彼女の両親、ジェームズが掛けたのち、キングスレイも掛けた。
「では推理ですが、あなたから香ってくる『プロポリスジンジャー』の香りを感じ、そしてあなたの手を見れば。右手に持つ扇はハーブの薄め液を浸して使う歌手御用達『咽喉保護扇』。またハーブやのど飴を所持している可能性も推測しました。左手四指の硬そうな皮膚は、何かしらの弦楽器を、それもそれなりに真剣になさっていることを示しています。お父様がお持ちのレディースのポーチはご自身で補修なされたのでしょうか? それともご自身なりのこだわりあるいはファッションでしょうか? 近頃若者の間で話題になっている新しい楽器メーカー『フェルゲンハウアー楽器』のギターストラップに付け替えられている。しかもそのストラップはベースに付属するものです。あるいはあなたはギタリストであり、変えたストラップはただあなたがデザインを気に入ったからとも考えましたが、そのポーチにアクセサリーとして提げられている予備ピックケースに収められたピックは分厚く、使い込まれたピックには太い弦ばかり弾いてきたことを示す『巻線のピッチの溝』が刻み込まれています。まあ、これはあまり視力がよくないと分かるからないものですが」
「すごい……。ドイルさん、音楽や楽器に造詣が!?」
「知識として知っているだけですよ。ところでお嬢様、お名前は?」
「はい! 『ジェニファー・ライズ』と申します!」
「そうですか。あ、長々と大変失礼いたしました」
ジェニファーはキングスレイに対してはただ驚きが冷めない様子。だが、ジェニファーの父『ジョージ・ライズ』はキングスレイに対して強い不信感をあらわにしていた。
「ふん! 自分の聡明さをひけらかしたいのだろうが、それでこの私が娘との交際を認めると思うか! 聞けば最近まではグループの会長にして抱える複数の会社の社長だったらしいがその座を捨て、今ではしがないベンチャー企業の副社長、それも普段から女装している変態だそうではないか!」
「人聞きの悪い。というかどこで情報がねじ曲がったのでしょう?」
それについてジェームズは、「こいつはシャーロックとは別の方向でバカだったからなあ、あいつは常識が狂っているがこいつは耳が狂っているようだ」とため息をつく。どうやらジョージもジェームズの大学での教え子だったようだ。
「うるさいんですよモリアーティー教授はいつも! はい、本日は大岑銘茶を飲んでお開きだ!」
「構いませんが、その前に誤解を解いておきましょう、『ライズ上院議員』」
「なっ!? ……ほぅ、私をご存じか」
「いえまったく。最近までは会社経営に忙しく、政治に関しては無学もいいところですから」
何と、オフタイムにつき議員バッジをつけていないにもかかわらずキングスレイは彼を上院(貴族院)議員であると見破ってしまった。
「さてはまず、今はしがないベンチャー企業の副社長という点を訂正します。今でも私はキングスレイ・ドイルグループの会長であり、社長を兼任するのをやめただけ。確かに社長の座とともに株式を新社長たちに譲渡しましたが会長の座を保てる程度には残していますし、二宮航空力学研究所の副社長兼経営アドバイザーであるほかにはグループ最初の会社であるセイントクリフ・ドレッシーの社長でもあります。私の社会的地位は、あなたが思っているよりもあるんですよ。
次に、女装の変態であるというところを訂正します。女装はあくまで幼い頃からのコンプレックスを克服するためにしているもので、最初は大学の服飾サークルでのおふざけから始まり、今は私に似合う服を楽しんでいるだけです。性自認は男性でお付き合いしたい相手も女性です。それに、私はそのドレス姿で多くの事業と人を動かし、今の地位にいるのです。社会的に認められた存在であることは、貴卿にもお認めいただきたく存じます」
「ぐぬぬぬ……!」
「それに、本日はお嬢様との結婚を前提とした見合いではなく、モリアーティー教授には『まずは茶でも』とこの席を用意していただいた次第。私がお嬢様を選ぶのではなく立場的にはその逆であり、私がお嬢様の結婚相手にふさわしいか否かを見極めるのがそもそもお見合いであることをお忘れなく。それでも女装変態に娘がふさわしくないとお考えなら、今後も娘さんを『北方の離れ』に閉じ込めておくがいいでしょう。私が妹アレットをそうしたかったように、カナリアを鳥籠で飼うがごとく」
「うるさい! その上院議員たるこの私に何と言う無礼なものいいか、この一介のサラリーマン風情が!」
ライズは怒号を飛ばすが、キングスレイも忠八たちもお構いなし。キングスレイは何ひとつ間違ったことを言っていない。それどころか、ジェニファーや忠八たちはキングスレイの推理力(ジョージがジェニファーを北方の離れに住まわせている事実を口にしたこと)に驚いている。
そこに、ジェニファーが尋ねた。
「ミス……、ではなくてミスター・ドイル?」
ちゃんとメンズスーツを着ていても「ミス」と呼ばれるあたり、キングスレイは男の娘としてなかなかである。
「このようにあたしの父はなかなかの偏屈で、あたしがバンドをやっていることもとても快く思っていないのです。せいぜい大学を卒業するまで思い出作りのために遊んでおけとしか思っておらず、あたしはアーティストとして手がけた音楽をこの世に残したいだけなのです。それなのに、お前が残すのは子供だけでいいと、今日もモリアーティー教授のお誘いを結婚を前提にしたお見合いと」
「そうに決まっているだろう! お前には早く我が家への婿を」
「パパは黙ってて!」
ふたりのやり取りを聞いて、キングスレイは思った。
このガンコオヤジ、僕の父よりも厄介だ、と。
そしてキングスレイは、構わずジェニファーに尋ねた。
「音楽以外に何かしていることはありますか? あと、結婚するならどんなタイプの人がいいとか願望はおありでしょうか」
「そう、ですねぇ……。先に趣味から。音楽のほかには旅行が好きで、世界中のいろいろな景色を見て回るのが好きですね。その先で見た景色、触れ合った人、交わした価値観、そう言ったものを音楽という形で残したくもあります。そのためには結婚相手には、それなりに体力があり見聞を広めることを面倒と思わない方を望みますね」
「そうですか。では、たとえ体力がなくても自らの脚に代わる移動手段を持っているとしたらどうしますか?」
「大きな馬車と多くの護衛がついている貴族の方ですね。とても魅力的ですが、そういう上流階級の殿方こそ、わたしの趣味をご理解くださらないでしょう」
「探せばいるかもしれません。では今日のお茶会は、それをテーマにしましょう。あなたの趣味や音楽活動を私が認めた上で結婚に前向きな話をすれば、『炭化タングステン』も少しは柔らかくなるでしょう」
キングスレイのその物言いには、真っ先にジェームズが噴き出して笑った。頑固な教授(バートン=ライトと取り合わなかった大学教授)のことを炭化タングステンと評したのは彼が先であり、それをユーモアとしてキングスレイに採用されたのだ。
「って教授ぅ……。そうだ。これはひとつ提案なのですが」
その提案をキングスレイは金を積んで通し、さらに注文した。
「バンドメンバーも連れてきてくださいね」




