第四十三章 キングスレイのビジョン ~悪い癖は、そう簡単に治りそうもないですね。~
さて、キングスレイはセイントクリフ・ドレッシーの自分の席に戻り、なぜこのような株式売却と社長退任の意を決意したかを語る。
「……え? 株式売却の理由って」
「妹さんが強くなったから、ですよねえ」
キングスレイはそれを先の挨拶で軽く触れたが、具体的な話はあまりしていない。
「ええ。私は自他ともに認める重度のシスコンです。そして世界で誰よりも愛する妹はこの僕が守らないとと子供のころから思っていました」
それは聞き飽きたと誰もが笑う。だが話の本番はここからだ。
「しかしアレットは大きくなるにつれ強くなりました。シェリングフォードさんのもとで探偵としてたくましくなり、バートン=ライトさんからバーティツを習うことで脅威を掃う力を身に着け、レアガルドまで旅に出たと思ったらいつの間にか世界を裏から牛耳る詐欺組織との戦いに身を投じ、彼国の王にその実力を認められて保安庁諮問探偵となり、要人となり、貴族となり、領主となり、リゾートの経営者にまでなってしまいました。
アレットは何度となく自立心を認めるよう訴えてきましたが、ただの妹、保護対象としか見ていなかった私はそれが認められませんでした。しかし今のアレットは大いなる悪意をその手で振り払う力を身に着け、それ相応の地位をも得ました。
やっとです。やっと私はアレットを一人前の大人と認め、アレットを守るために必要な金と力を欲するのはもうやめよう、そしてこれからはもう少し自分のために生きてみよう、そう思った次第です。それに今日まで認めたくはありませんでしたが、私がやっていることはカナリアを鳥籠の中で飼い続けるのと何ら変わりなかったのです。猛省では足りませんよ」
そして、キングスレイは大きなため息をついて、一同に言った。
「今日まで私のわがままにお付き合いくださったこと、申し訳なく思うとともに、心から感謝しております。最後のわがままとしてこうして経営権を各社の代表にお譲り、もとい押し付けた次第ですが、今後もグループや各社の発展のため、またそれ以上に皆様のご多幸のため、尽力していただきたいと思います」
そう独白するキングスレイに、ハルカは返した。
「大丈夫だよ、キングスレイくん。みんな君の病的なシスコンはわかってるし、君には人を思いやる心があるからね。みんな、君のそういうところについてきたんじゃないのかなぁ?」
「ははっ。そうであればうれしいよ」
そして、探偵事務所社長のバスターも。
「それに、会長はそのシスコンに縛られて働きすぎだったのですよ。どこに会長と数社もの社長を兼任する働きづめがいらっしゃいますか。今後はグループの会長としてどんと構えていらっしゃればよい。あなたのわがままが、我々に働き口と生き甲斐を下さったのですから」
「そう言ってもらえて救われるよ。シェリングフォードさんが残したあの探偵事務所、妹の思い出とともにこれからも守ってくれ」
S・Dセイントクリフ探偵事務所の名前のイニシャルは、シェリングフォードとドイルを意味している。シェリングフォードの死とアレットの旅立ちの後、畳まれるはずだったそこをキングスレイが引き継ぎ、会社にしてしまったのである。
「ええ。このバスターに、そして各社の社長たちに、お任せあれ」
その後は今度こそ無礼講の飲み会となり、誰もが酔っ払って帰宅した。
汚職事件解決、そしてアレット&空&ブレス帰国後。
セイントクリフ、ハーモニカ倉庫22-1B、二宮航空力学研究所。
シャーロック・ホームズがキャベツやトマトなどの野菜を持ってきていた。
「よう、ガキンチョども。野菜を持ってきてやったぞ。鍋の用意をするんだ」
忠八の会社が雇った元ストリートチルドレンたちは飛行器模型の粗削りと梱包にいそしんでおり、シャーロックのことは探偵ではなく「野菜のおじちゃん」として慕っていた。
「野菜のおじちゃん、今日もありがとう!」
「構わん、買取拒否されたものだ。全くあのわがままどもめ、ちょっと虫に食われたからって不潔とか難癖付けてきやがる」
ひねくれ者のシャーロック、子供相手でも悪態をつく。
そんな彼に、忠八とジェームズ・モリアーティーが声をかけてきた。
「ようこそ弊社へ。いつもお野菜をありがとうございます。お肉もあるので、『肉野菜ミルフィーユ鍋』といたしましょう!」
「元気そうだな、二宮卿。それとバカなシャーロックか。大学卒業してまでお前の顔を見ねばならんとはな」
「おーおー『へそ曲がり教授』。あんたこそ何でここに」
「二宮卿より人工翼の揚力や飛行器の未来への可能性について議論していたところだ。それよりこれから鍋にするのなら、シメはレアガルド王国のフォーマメント州から届いた米で『雑炊』にしよう。炭水化物は水分を多く含むと膨張する。これだけ大勢の腹を満たすなら米だ。それもヤマト由来の米がうまい!」
昼食の時間になり、ペール缶を加工した『ロケットストーブ』にて肉野菜ミルフィーユ鍋が完成。子供たち最優先で取り分けてゆき、キングスレイや正社員を含めて全員で食す。おいしいおいしいと笑顔で食べ進めてゆく子供たちを見て、忠八もキングスレイも寿代も笑顔で見合う。シャーロックは「まあ悪い気はしないな」と独り言ち、ジェームズは静かに食べ進めるが口元は笑っていた。
残ったスープの水嵩を増し、アレットに教えてもらった『昆布だし』を取り、肉と野菜のうまみが残るスープに研いだ米を流し込めば準備完了。残る鍋を食べ終わって少し談笑すれば、ほどなくして雑炊の完成だ。
キングスレイは従業員たちの器に雑炊を取り分けながら言う。
「ここに父さんやアレットがいれば、『増水して雑炊』なんてしょうもないダジャレを言うだろうね」
大人たちは唖然となるが、子供たちは「何それ面白い!」と言って笑い転げる。
すると、寿代がジェームズに尋ねた。
「ところでミスター・モリアーティー。近頃セイントクリフ大学やバーティツ道場の様子はいかがですか? バートン・ライトさんはお元気でしょうか?」
「ん、ああ。ギリギリ黒字という状態らしいが、バートン・ライトも学生たちも毎日楽しそうだ。まあ『炭化タングステン教授』はあまりいい顔をしていないが」
炭化タングステン教授。
バートン=ライトがセイントクリフ大学でバーティツを教えたいという申し出を新手の詐欺と一蹴して取り合わなかった頑固教授である。ジェームズの口ぶりから彼の評価は芳しくないようで、本名を覚えていないことから「炭化タングステンよりも頭が固い」と評し、それがニックネームとして定着したようだ。今でも炭化タングステン教授の方もバートン=ライトを好ましく思っていない様子。
「そうですか、それはよかったです。……と言っていいのでしょうか?」
「そうだな。今はアルビオンも大陸西方も貧富の格差が激しく、貴族と平民の間では互いに差別が絶えん。バートン=ライトの言う通り、いずれ格差が縮まり貴族と平民が互いを尊重し合う世の中になり、バーティツが紳士淑女の武術ではなく民衆の武術となることを夢見て、あ奴は日々尽力しておる。わしもまだまだ、あのような情熱あふれる若い者を応援したいと思うよ」
すると、シャーロックが何かに気づいた。
「おい『オネニーチャン』。さっきからそわそわしてるが何だ? トイレか?」
「バカのシャーロック! 食事中にそんな話をするもんではない!」
ジェームズは怒鳴るが、シャーロックは「いちいちうるさいな、相変わらず」と顔をしかめる。顔をしかめたいのはわしらだがとジェームズは言い添えた。
「あ、いえ。そこにビジネスチャンスが転がっていると思うと、どうしても衝動が」
「あー、また新しい事業を始めようと思ったな? バートン=ライトの事業を法人化するつもりか? それとも商売敵になろうってか?」
「前者ですよ。しかしもう私はこれ以上事業を広げるのはよしたんです。悪い癖は、そう簡単に治りそうもないですねえ」
「やれやれ、このシスコンが」
「ご指摘はごもっとも」
すると、ジェームズがひとつ思案した。
「であれば、わしと同様にセイントクリフ大学の客人教授になればよかろう。わしからセイントクリフをひとつとする各大学各高校にかけあえば、起業や会社経営に必要な知識を学生たちに教えることができる。あるいは定期的にそういう講演会を開けば、事業を手広く展開することなくひとつの事業を継続して行えるだろう。あとは、お前さんが面倒を見た者が起業し経営する会社をたまに見に行ってやればよい」
「おお、それは素晴らしい案です! ありがとうございます、モリアーティー教授!」
「うむ。ところでひとつ、素朴な疑問なのだが」
ジェームズはレードルで雑炊のお替りを取り、キングスレイに尋ねた。
「お前、せっかくシスコンを克服したのだし、そろそろ嫁を取るつもりはないのか」
「ありますが、私自身がこんななのでお相手いないんですよねー」
「であれば会わせたい娘がいる。まずは茶でも飲んでやってくれ」
こうして唐突に、キングスレイとジェームズの紹介相手のお見合いが決まってしまった。
「……えっ?」




