第四十二章 探偵少女アレット ~あー、中二病患者かぁ。~
アレット、14歳。キングスレイ、19歳。
このころにはアレットの同級生たちもだいぶ調子がおかしくなり、もとい背伸びしたい気持ちが間違った方向に向かい中二病を患い始める。とうとう「俺は『異世界のニッポンと言う国』で総理大臣を務めあげた男だ!」などと言う少女が出始め、アレットは「ああ、『転生・転性少女』になりきってるのか」と解釈して終わった。
そのころ、シェリングフォード探偵事務所に1件の依頼が舞い込んできた。
依頼主は、若き青年『アルビオン諸島連合王国議会下院(庶民院)議員クルム・ヴァーリング』。依頼内容は「同・上院(貴族院)の軍事資金の横領の証拠をつかんで彼らを一網打尽にしてもらいたい」とのこと。
「無理な相談だ。よく考えてみろ。一般人がどうやって議会庁舎内に入れる? ましてや謎解き専門家の探偵なんてまず門前払いだ」
「それは……、私の秘書として私にやとわれてください。それをひとまずの探偵料に」
「できるか。そんな身分詐称して得た証拠なんぞ証拠として認められるかどうかも怪しい以前に、それを提示した時点で俺が身分詐称の犯罪者だ。そしてそれに加担したお前も共犯だ」
「た、確かに……。いや、汚職上院議員が議会の外で誰と取引をしているかを突き止めれば」
「依頼内容はその汚職の証拠をつかめって話だったな。その証拠は議員の職場か自邸のどちらかにある、あるいは汚職仲間が持っている可能性がある。つまり議会、自邸、仲間の懐、そのいずれかの内にあり、外に保管している可能性は低い。あって金庫だろうが、金庫破りも現実的ではない。結論:不可能だ」
「そこをなんとか!」
「ならん!」
「それでもお願いしたいです! 防衛は国のかなめ、防衛費は必要予算。その名目でいくらでも絞り上げることができ、私腹を肥やすだけならまだしも大きな悪しき事業に使われてはたまりません!」
「大きな悪しき事業、だと?」
アレットが淹れたコーヒーを飲みながら、シェリングフォードは質問した。
「汚職議員の名前と、その人物が何を企んでいるかの見当は?」
「はい。調べ上げてほしいのは『防衛庁副長官シルジエ・エクシディア』。疑わしきことは、『大倭皇国の植民地化計画』です」
何やらとんでもない大物と、壮大な計画の名前が出てきた。
かつてないほど面倒臭そうな表情をしながら、シェリングフォードは白紙の調書を『タイプライトギア(ボタン操作で文字をインク印字する機械)』で認めはじめた。
「ったく! 一介の探偵に頼む案件じゃねえんだよそんなもの。そもそも警察に頼め。で? そのとんでもない計画をお前が知ったのはいつどのタイミングだ?」
「はい。エクシディア副長官から私に話を振られました。『きみの実家である武器製造会社に次にあるリストの武器を大量注文したい。勉強してくれんかね?』って、社長である父宛ての信書を私に届けさせたのです。そして武器製造会社のオフィスで父に言われたのです、『こんな取引などありえない』と」
つまりこういうことだ。
防衛庁の仕事は国家防衛のために思考をめぐらせることであり、陸軍ないし海軍の上層部の役目である武器の調達などはその範疇にない。これは明らかにエクシディア副長官の個人的な事業だ。
しかし相手は貴族でもある。下手に断ることはできない。ヴァーリングは表では『先客優先で』と断りを入れつつ協力の態度を示し、暇を見てエクシディアの動向を伺うようになった。
ある時、ヴァーリングは清掃業者のふりをして防衛庁庁舎に侵入し、エクシディアのオフィスのドアの前で立ち聞きをした。そこに集まった数人との会話で知った出来事こそ、防衛費着服とその資金を運用しての『ヤマト軍事的制圧及び植民地化計画』である。
何と愚かな行為に出たのだろう。かくも野蛮な計画は止めなければならない。そこでヴァーリングは、一度は警察を頼ろうとした。だがヤマト植民地化計画には警察関係者もいる様子であり、安易に頼ることは文字通り命取りである。
「そこで俺に頼みに来たってことか。じゃあ俺を殺す気か」
「そう言うわけではありませんが、私は庶民、あちらは貴族であり防衛庁副長官。持っている力が違うのです。ゆえに、力では無く知恵をお借りしたいのです」
「そゆことかー。あーめんどい。危険な橋を渡るんだ、それなりのギャラは覚悟してもらいたい。通常プランで俺の探偵料は3倍、助手のは俺の5倍。ちゃんと調書は書いてやる。前金は無しの全額前払い。それが約束できなきゃお断りだ」
「お弟子さんの方が割合高いのなんで!?」
「騎士爵家の大事なご令嬢を助手に雇ってるんだ。当たり前の手当てだろうが」
「……給料半年分ぶっ飛んだ」
「命が残る程度まだマシだと思え。こっちはお前のため、そしてアルビオンとヤマトのために命を掛けるんだ。むしろ空前絶後の格安プランだと思えよ」
行動開始。
まずシェリングフォードは、警察には頼らなかった。
「どうしてッスか? 警察の中にもいい人はいるじゃないッスか。『レストレード・Jr氏』とか」
「あいつはいいやつだ。だが若く立場も低い。それに父親のレストレードは優秀有能な警視正とか言われているが、その実、警部の時代からある人物の功績を横からかすめ取って自分の功績にして成り上がった卑怯者だ。レストレードが今回の調査対象である汚職にかかわっているかどうかは現時点では不明だが、信用に値する人物であるか否かと問えば、否だ」
「そうなんッスね。人を見る目だけじゃなく、その人が置かれた立場も考えないと」
「そう、いけないということだ。分かってきたじゃないか」
そんなシェリングフォードは、『防衛庁長官ジョナサン・リヴィンストン』に重要信書と言う形で酒の席に誘った。リヴィンストンがシェリングフォードの指定するバーに赴けば、そこはテーブル席で、しかも天板はガラス製で、シェリングフォードはすでに酒を飲んでおり、隣には赤毛の少女がタイプライトギアを構えていた。
「人を呼び出しておいてこの状況。どういうことかきちんと説明してもらえるのだろうね?」
そう不機嫌さを露呈して言い放つリヴィンストンに、シェリングフォードは「ん」と言っていくつかの質問が書かれた紙を手渡した。
「何だこの訳の分からん質問は?」
「実はある謎を追っている。そこであんたにも協力してもらいたいんだ。依頼主からは充分な探偵料をもらっている。協力してくれるなら謝礼を出す」
「あいにく私は公務員なのだ。たとえ貴卿がどれだけ重要な案件を抱えたのかは知らんが、カネで動くつもりは毛頭ない。私が動くとしたらそれがよほどの凶悪かつ重大な事件なのだろうが、しかし何だこのひどい質問は?」
「質問の内容など関係ないと言うことが今分かった」
「は?」
すると、シェリングフォードは自分で手渡しておいた質問の紙を乱暴に取り上げて言った。
「これはあんたをイラつかせてまであんたの人柄を問おうとしたが、その必要はなくなったということだ。あんたは信頼できる。本当に探偵料あるいはそれに相当するものをくれてやってもいいが、ひとまず今夜は俺のおごりだ。好きなものを注文してくれ」
「そ、それなら……」
リヴィンストンはいまだ苛立ちこそ落ち着かないが、シェリングフォードの『誠意』はくみ取ったようだ。
「ガラスのテーブル、すでに飲んだ酒、少女を同席させている。つまりここで貴卿は私を害する意思がないことを状況で伝えてきている。そうだね?」
「ああ。だがひとつあんたは騙された。酒の匂いがプンプンするからと言って俺が酒を飲んだとは限らない。実は安いウイスキーを胸のハンカチにしみこませていたのさ。俺は酔っていない」
「食えん奴だ。で? 私に何を望むのだ? あ、店主。ホットコーヒーとサンドイッチを頼む」
「もーちっと贅沢しろよ。あんたの部下の愚行を止める手伝いをしてくれ。あ、バーテンダーの兄ちゃん、こっちには今度こそハイボールと、この子にラムネを頼む」
後日。
防衛庁庁舎前。
「副長官、大変です!」




