第四十二章 探偵少女アレット ~オヤジ! 兄貴の性別見失うな!~
「アレット。お前は人を殺したいと願ったことがあるか?」
「えっ? 何ッスか、藪から棒に」
「いや、ふと思っただけだ。ここ半年、お前を殺人事件の現場だろうと連れ歩いて、最初は青ざめていたが今では仏さんに手を合わせて冷静に現場検証ができるようになってきた。だがな、人の死を見て何とも思わない奴はヤバい。俺は今でも怖いんだ、お前みたいなまだまだ未来に可能性がある子供が、人の命に対して何とも思わなくなってしまうんじゃないかと」
「そう、ッスねぇ」
アレットもブラックコーヒーをすする。
「人を殺したいと思ったことはないッス。でも自分が人を殺す時は、大事な家族や友人をそのような目に合わせようとする凶悪なやつだけッスかね」
「そうか。そうであってもらいたい。だがそこにもうひとりだけ追加してもらおう」
「えっ?」
「アレット、お前自身だ。お前自身が命を狙われた時、お前を狙う者をためらうことなく殺せ」
「えっ……、いいん、ッスか?」
「いいに決まっている。人を害そうとする者は、反撃を食らっても何の文句も言えないんだ。自分自身と家族と友人を大切に思い、分け隔てなく多くの人を大切にすることはとてもいいことだ。だがそのようなお前の大切な人をまるで石ころでも蹴るように傷つけるやつらまで大事にしてやる道理はない。謎解きと同じだ、『世の中は因果応報で成り立っている』。半端な情けをかけて凶悪犯をのさばらせるより、自分や家族が友人にしようとしていたことをそっくりそのまま返してやれ。……まあそれが一昔前までなら通用していたが、今は半殺し程度にとどめておけ、できれば」
「わっ、分かったッス」
『世の中は因果応報で成り立っている』。
アレットはシェリングフォードの言葉を、のちにレアガルドで生涯の友である空とともに聞くことになる。勇者アルス・ライトアームズもまたそのフレーズを言い放つのである。
「ま、人殺しなんて死ぬまでしないに越したことはないんだがな」
「んッス。できれば一生したくないッス」
その時、探偵事務所のドアの向こうに人が訪れを告げる靴音が止まり、ほどなくしてノックされた。
――聞いたことのない靴音に軽いノック音だな。体重は軽い。おそらく10代終わりか20代初めの若い女性だろう。
シェリングフォードに「もてなせ。俺はデスクで待つ」と言われたためアレットは玄関ドアに向かうのだが。
「はーい。どうぞいらっしゃいませ、シェリングフォード探偵事務所へようこそ」
そこにいたのはピンク色のドレスを着た女性なのだが。
「やあ、アレット。今日も茶葉と茶菓子を持ってきたよ。ところでどうかな、このドレスは? 大学の服飾部の同級生たちに仕立ててもらったんだけど」
声は男性のもの。いや、聞き覚えがあるどころではない。
「ま……! まさか、兄貴、なのか……!?」
「ああ。間違いなく『私』はアレットの兄、キングスレイ・ドイルだが」
キングスレイ、18歳。
当時のキングスレイは地毛が短かったため絹糸を用いたウィッグをかぶっていた。そして化粧を施し爪も整え、多少の男らしさが際立つ骨ばった部分は手袋やチョーカーなどで覆い隠し、服飾部自慢の腕前とこだわりの素材で『少女が背伸びして大人になろうとしている雰囲気』のドレスを仕立て、その服でエナメルシューズと日傘を買いそろえ、茶葉と茶菓子を買って今に至るのである。
複雑な表情のアレットと、まだぎこちないながら女性の作法で挨拶するキングスレイに、シェリングフォードは唖然となってこう漏らした。
「お前ら絶対に生まれる性別間違えただろ」
キングスレイはアレットとシェリングフォードに「確かに最初は服飾部のおふざけだったけれど、私は自分のコンプレックスを解消するためにヤマトで言う『男の娘』になることを選んだのだ」と言い放ち、その日の晩に両親を驚かせ、アーサーに至っては「どこで育て方を間違えたのだ」と失神した。
その年の『アーシュノア(天使アーシュ降臨記念日を祝う日)』。
アーシュノアパーティーに呼ばれたシェリングフォードは、家の中でまでボーイッシュに決めるアレットとガーリーに決めるキングスレイに「本当にお前らは」と頭を抱えた。アレットの服はキングスレイのおさがりでなくなり、シェリングフォード探偵事務所での仕事で得たギャラで自分で買いそろえたものである(少年向けファッションではなくボーイッシュな少女向けファッションである)。
ちなみに、キングスレイはとうとう自分の部屋をガーリーに模様替えしてしまったのだから家族ももうあきらめるしかなかった。
「まあなんだ。せっかく呼ばれたんだし、ご相伴にあずかろう」
「そうするといいッス! ささっ、ゲストは座って座って。今から紅茶用意するッスよ~」
「ダメだ、アレット。火傷したらどうするんだ」
「兄貴はいつまでたっても過保護だなあ! 自分の師匠くらい自分でおもてなしさせろよ!」
シェリングフォードが初めてドイル家に挨拶に来た日もそうだったが、シェリングフォードはよくアレットから「あたしのお兄ちゃんってば父さんよりも過保護でマジで困ってるんだよぉ~」と愚痴を聞かされており、その過保護っぷりを見せつけられては、そしてこの度も「この兄妹でーじょぶか」とふたりの将来が不安になるものである。
すると、アーサーがシェリングフォードの隣にかけて、アレットとキングスレイに聞こえない程度の小声で言う。
「時に探偵のシェリングフォードくん。きみに相談があるんだが」
「弟子の親御さんでも探偵料金はしっかりもらうんでそのつもりで。それともシナリオの相談で?」
この時点ですでにシェリングフォードは、ここにはいないシャーロックとともに名探偵ホームズシリーズの事件とトリック担当として携わっていた。プライベートとビジネスの関係には必ず一線を引くべきだが、アーサーとしては実はそうではない。
「そうじゃない。僕はいったいどこで子育てを間違えたと思う?」
「……独身の男にする相談じゃねえ」
幼いころからやんちゃで男勝りで武術を習いたがって名探偵ホームズに憧れて本当に探偵になってしまった娘と、幼いころからガーリーなアイテムが大好きでひ弱で細身でアーサーが無理やり鍛えても筋肉がつかずコンプレックス解消のために男の娘になってしまった息子、将来このふたりはどうなってしまうのか、アーサーには見当もつかない。
「奥さんはどう思ってるんで? あ。別に探偵の仕事するつもりはないんでご安心を」
「そうねえ。夫が元軍医でそれなりに格式のある家だし『変わり者ファミリー』って思われるのは嫌だけど、子供たちが社会に恥じない立派な人間になってくれればそれでいいと思っているわ。探偵と男の娘はちょっとどうかとは思うけどね?」
「俺も心底同意するよ。だが探偵は警察に頼りにされるくらいににはそれなりに立派な職業だし、バーティツを習うことは自分と大切な人を守るために重要なことだ。それに男がドレスを着るのは犯罪か? 迷惑なことか? じゃなきゃ別にいいだろ。悪意を以って人をたばかっているわけでもないのだし」
「まあ、ねえ……」
「それに世界中の成功者の例を見れば、こいつ頭おかしいんじゃねぇの? って思うようなやつばかりが成功している。彼らは非常識な存在だが、常識を知らないわけではない。常識にとらわれない、あるいは常識と相容れない、そんな他人とは大きく違った着眼点や価値観や個性の持ち主が新しい世界を切り開いていくんだ。それは本人の資質、家族からの理解、才能を伸ばし努力するための環境、それらが整っていないと話にならん。まずはご両親、あんたらがあのジェンダーちぐはぐ兄妹を見守ってやれ。親の理解のない子供は育たない。『本物のホームズ』のところで仕事をして、『家庭環境こそが子を育てるか潰すかを決める』ということが嫌になるほど分かったからな」
そのシェリングフォードの言葉は大きかった。
これまで元軍人の子供として立派に育ってほしいと厳しく育ててきたアーサーだが、それがあだとなっているのかもしれないと思ったのである。
「俺のような人生の落伍者に言えるのはそのくらいだ。あとはあんたらで考えてくれ。ところでアレット。紅茶はまだか?」
過保護な兄が邪魔をしてそれどころではない。
「いい加減妹の自立心認めろ! 探偵として殺人現場にも行ってるんだぞ!」
「その手にやけどの跡が残ったら将来お婿さんもらえないじゃないか!」
「その前に兄貴が嫁に行けや!」
「私はこれでも男なので無……」
その時アーサーが怒鳴った。
「娘はふたりとも嫁にはやらーん!」
「オヤジ! 兄貴の性別を見失うな!」
「はっ!? きっ、キングスレイが、可愛いもので、つい……」
この親子マジででーじょぶか? シェリングフォードは心底心配になった。




