第四十二章 探偵少女アレット ~だったらいっそお前をクソ安いバイトで雇ってやる。~
その後。
「ねえ、シェリングフォードさん! 探偵の仕事手伝わせてよ、いいでしょ!?」
「なにが『でしょ』なのか分からんが、黙れ」
その後。
「見学だけ! 見学だけお願い! 邪魔しないから!」
「死体と浮気現場まみれで見せられん。教育に悪い」
その後。
「家で家事のお手伝いしてるからさあ、炊事と食器洗いくらいできるよ? できるよ?」
「飯などヤマトの即席麵で事足りる。むしろレストランのフルコースより美味い」
その後。その後。その後……。
シェリングフォードが何度断っても突き放しても無視しても、アレットはどうしても探偵の仕事がしたい、シェリングフォードの仕事ぶりを間近で見てみたい、そう言って聞かず付きまとった。
そして。
「……今日は弟子入りを志願しないんだな」
「『押してダメなら引いてみろ作戦』」
シェリングフォードは呆れてため息をついた。
「探偵が手の内を明かしてはダメだ。ターゲットはそれが作戦だと知れば一気に冷静になってしまう。自分のペースで事を運びたければ、俺のような探偵すら掌で躍らせるつもりでいろ。そのためには無言を貫くことすら大事だ。少なくとも決して目的や作戦の詳細をバラすな」
「おっ、おぉ……」
「まあなんだ」
バーティツ道場には給湯室も備わっている。魔導コンロでコーヒーを入れ、コンロの冷却機能で冷やしたアイスコーヒーを2杯淹れてアレットの元まで戻ってきた。
「ほい」
「あ、うん、ありがと……」
そしてふたりはコーヒーを飲む。シェリングフォードはコーヒーを飲みながらアレットに言う。
「もう一度言う。探偵は真実を暴くのが仕事だ。その真実と言うのはきれいなものではなく、むしろ醜くどす黒い。浮気現場を押さえる、いじめの証拠をつかんでそれをやめさせる、汚職を働く議員にたてつく、争う両者の言い分をまとめて落ち着かせる、最悪なものでは殺人事件すらある。この中で一番見せたくないのは人の死体だ。これももう一度言う。それは教育によろしくない」
「……うん」
「俺はさんざん言ってきた。それでも気が変わらずこれからも俺に付きまとうというのなら、こちらも迷惑だ。だったらいっそお前をクソ安いバイトで雇ってやる。今お前にやったコーヒーくらい淹れられるだろ。客にそれを出してやれ。話はそれからだ」
「えっ!? じゃあ、いいの!?」
コーヒーカップが揺れて手が汚れるのもお構いなしに喜びを爆発させるアレット。そんな彼女の嬉しそうな満面の笑みを見せられては、シェリングフォードも今更「やっぱやめだ」とは言いにくい。
「学校が終わったらうちの事務所に来い。友達に遊びに誘われればそっちを優先して構わんが、その友達を探偵依頼でもなければ絶対に事務所に連れてくるな。仕事があってもなくても日当500ガルは約束する。週に5日来れば2500ガル。1週間がんばればバーティツの修行代など自分で工面できるし、いいもん食えるし、親や兄に孝行のひとつもできるだろ。せいぜい頑張って俺の機嫌を取れ」
「うん、シェリングフォード師匠! ところでさっそく質問です! どうしてあたしにお兄ちゃんがいるって分かったの?」
この頃のキングスレイに対する呼び名はお兄ちゃんのようだ。
「簡単すぎてあくびが出る。武術を習うにしたってもう少しまともな女の子服もあるだろ。だがお前がここで着ているのはいつも男の子もの。つまりバーティツを習っているうちはどれだけ汚してもいい修行着としてもらい受けた兄からのおさがりしか考えられん。その男の子服もなかなか上等なもので、お前の家はそれなりに裕福か見栄っ張り。そんなのが近所の年上の子からもらうとは考えにくいからな、たとえ家族ぐるみの付き合いがあったとしても」
シェリングフォードの見事な推理に、アレットは「おぉ~っ!」と感動した。
「推理に必要なのは観察力と想像力だ。知識はもちろん豊富にあったほうがいいが、知識だけで謎は解けない。それと気配りだ。『俺の場合』は会社員時代にさんざん社畜根性を叩き込まれたが、お前は社畜にはなるな。それと論理的思考だ。『因果応報』、すなわち原因があって結果が成り立つ。逆に『何もなければ結果は出ない』。その方程式は忘れてはならない。つまりお前が少年服ばかり着ているから兄がいることが想像できたのだ。まあそういうことだ。あとはうちの事務所でスキに修業を積むといい。……『よろしく、ジョン・ワトスンくん』」
それは、小説の中でホームズとワトスンがコンビを組む際に使われたセリフだ。探偵助手として認められたアレットは、力強く「うん!」と答えて差し出されたシェリングフォードの手をつかんだ。
もっともこの後、シェリングフォードがドイル家まで「娘さんを雇うことにしました」とあいさつに行くのだが、そのシェリングフォードや父アーサー以上に兄キングスレイが「大事な妹に殺人現場なんて見せられるもんか!」とアレットが探偵業に携わることを大反対し、これには当初から反対していたシェリングフォードすら口をあんぐりと開けて黙った。
アレット、13歳。
バートン=ライトからバーティツを習い、シェリングフォードから探偵業を習い、ふたりの師匠に恵まれたアレットはその頭角を伸ばし続けた。学校で起こったいじめもたちどころに解決し、その結果を『中学校と提携を結ぶ弁護士事務所』に直接訴えたところ報復も起こらなくなった。
これはアレットの知るところではないが、そのころにはシェリングフォードは師匠シャーロックの事務所を訪ねて酒(瓶のままのウイスキー)を浴びるように飲みながらアレットのことばかりを愉快そうに話すようになった。これにはシャーロックも「あの人間嫌いがなぁ……」としみじみしていた。
表通りに位置するカフェの上階、そのワンフロアがシェリングフォードの住まい兼探偵事務所であった。アレットは依頼人がいればコーヒーを出し、現場仕事があれば殺人事件以外はシェリングフォードとともに現場に赴き彼の助手として働き、仕事が何もなければ殺人事件以外の事件簿をあさってシェリングフォードを質問攻めにし、シェリングフォードもまた探偵の心得のようなものを教える。そして時にはふたりでバーティツの練習をする。
兄キングスレイが父アーサーの使いとして紅茶の茶葉と茶菓子を手に挨拶に来ることもあった。事件や書類仕事のない日は紅茶を飲みながらキングスレイに「きみの妹はとても優秀でね」と褒めちぎり、キングスレイも次第にアレットを気にかける言葉をやめて逆に応援するようになっていった。
そんなある日、ついに殺人事件は起こってしまった。
依頼人の女性とともに浮気現場を突き止めたシェリングフォードとアレットだが、最初から浮気の男性と泥棒猫の女性を殺すつもりだったのか依頼人がカバンの中から拳銃を取り出して浮気男と泥棒猫を射殺し自分の腹を撃った。
それは一瞬の出来事で、誰にも依頼人の行動を止める暇はなかった。依頼人は死ぬ間際「どうやら私は結婚詐欺にかけられていたらしい。探偵料は前金こそ払えても全額払える財力を私は実は持ち合わせておらず、不足分は死んだあとこの男と泥棒猫からもらえばいい」と言い残した。
その後、不足分の探偵料をどうしたのかはアレットは覚えていないが、生まれて初めて殺人および自殺の瞬間と死体を目にしたアレットはひどく震えてその場に座り込んで涙を流して嘔吐して失禁してしまった。死体を見慣れたシェリングフォードは淡々と事後処理してゆくが、アレットに対してはただ静かに見つめるだけであった。これが雇い始めの頃であれば「だから言ったのに」と言っていただろう。
その事件の三日後。
完全回復したアレットは長かった髪をバッサリと切り、一人称を「自分」とし、バートン=ライトとシェリングフォード以外の他人には「~氏」、語尾に「ッス」をつけて話し、ボーイッシュかつ憧れの名探偵ホームズスタイルで決めていた。中学校の同級生及びシェリングフォードは「1年早く、ヤマトの『Fourteen-Sick=中二病』を患ったか」と評した。
だがアレットは「もう師匠の助手や探偵の仕事の見学じゃない、この道に進むための自分なりの覚悟ッス!」と言い放った。もうここまでくるとシェリングフォードも両手を挙げて降参するしかない。アレットを殺人現場だろうと関係なく『相棒として』連れまわした。
アレット十三歳の年の暮れ。
シェリングフォード探偵事務所、暖炉の前。
アツアツのブラックコーヒーを飲みながら、シェリングフォードは前触れもなくアレットに尋ねた。
「アレット。お前は人を殺したいと願ったことがあるか?」




