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第四十二章 探偵少女アレット ~可愛くて強い女の子になりたいでーす!~

 時さかのぼり。

 アルビオン諸島連合王国、港町セイントクリフ。

 アレット、10歳。キングスレイ、15歳。

 彼らの父アーサーは今日も怒鳴っていた。

「アレット! お前は何度言ったら分かるんだ! 女の子なんだからケンカはだめだ!」

「だーってー! 学校の男の子が悪いんだもん! いじめはだめ! あたしは止めた!」

「キングスレイ、お前もだ! 男がこんなピンク色のハンカチなんてねだるもんじゃない!」

「……母さんはいいって言った」

 この頃のキングスレイは少年らしいドレスシャツにロングパンツに短髪スタイル、アレットも普通の女子小学生だったが正義感に篤かった。母ジーンは「それなりに育ってほしい」と思っていたが、父アーサーはジェンダーにうるさかった。

「それよりも父さん! あたし、バーティツを習いたい!」

 この頃、アレットは父を「オヤジ」ではなく、きちんと「父さん」と呼んでいた。

「ばー、ち……? 何だそれは?」

「近くの公園でおじさんたちがやってたの。杖とか傘とかハンカチとかを武器にして戦う、悪い奴なんて一発でノックアウトしちゃう、とっても素敵な武術なの!」

「素敵な武術? いやいやいや! だから女の子が戦ってはダメだと何度」

 すると、ジーンがアーサーを止めた。

「まあまあ、万事頭ごなしに言うものではないわ。武術は大人の習い事なのだし、『我が家にそれだけの経済力はない』と言って聞かせればあきらめもつくでしょう。とりあえず料金だけ見てくるわね」

「そうしてくれ。『トホホギス』……」

 アレットのさりげなくギャグをかますセリフ回しは父譲りのようだ。


 港町セイントクリフ、ハーモニカ倉庫『20-3A』(実は旧シャーロックの探偵事務所/起業したばかりの二宮航空力学研究所のご近所)。

 『新興武術バーティツ道場』。名前からしてダサい。まさかこれこそ集客が振るわず未来で道場を閉じることとなる理由のひとつではないだろうか。

「ごめんくださーい。こちらに、エドワード・ウィリアム・バートン=ライトさんはいらっしゃいますでしょうか?」

 ジーンが倉庫のシャッターゲートから入ると、まさにバーティツの修行が行われているところであった。ひげが立派な紳士のバートン=ライトが応じる。

「私ですが、あなたは?」

「私は家庭教師をしておりますジーン・ドイルと申します」

 この頃、ジーンは自分の塾を開いておらず、上流階級の子供相手の家庭教師をしていた。

「そうでしたか。おや、可愛らしいお子様ですね」

「はい! 可愛くて強い女の子になりたいでーす!」

 元気いっぱい、アレットは答えた。

「ん-っと、もしかしてきみがバーティツの入門希望者かな?」

「はい!」

「実はそうなんですよ」

 やる気満々のアレットに、今すぐ門前払いしてもらいたいジーンだったのだが。

「では事務所まで。門下生のみんなは稽古に励むように」

 無手、ジャケット、ハンカチ、杖などで模擬戦を繰り広げる門下生を尻目に、バートン=ライトはコンテナを改造した事務所までジーンとアレットを案内した。

「実はバーティツは、金持ちである紳士淑女が強盗や悪漢から身を守るべく私が創始した『護身術』にして、修行を積みさえすれば武術として無敵を誇る『総合格闘技』にございます。ご婦人とご令嬢の身なりも大変ご立派ですし、強盗や人身売買をもくろむバカどもがあなた方を狙わぬ理由はありません。バーティツを身に着けることは、ご自身を守るためにもぜひ身に着けるべきと存じます」

「そうでしたか。実は娘が先日、バーティツを自主稽古する紳士の方々を見ていたようで、バーティツに興味を持ったらしいのです。バーティツは子供にも扱える武術なのでしょうか? あと月謝も気になるのですが」

「あぁ、そういうことでしたか。学生としてはいじめに対応できる力を身に着けることができるのはもちろんのことですが、あまねく武術は健やかな心をはぐくむにも最適と考えています。月謝ですが」

 そう言うとバートン=ライトは『そろばん(ヤマトのアナログ計算機)』をはじいて通常料金をメモ紙に記載し、それをさらにはじいた数字をさらに記入した。

「大人であれば月謝として10000アルビオンガル頂戴するところ、もしご令嬢が入門してくださるのであればキッズ料金として2500ガルで承りましょう。ただし、成人するまでです」

「……ちょっと待って。主人の月のお小遣いよりも安いんですけど?」

 この時バートン=ライトは青ざめた。

 それなりに裕福そうなご家庭の大黒柱の月の小遣いがその程度でいいわけがございませんでしょう、と。

 アーサーは陸軍を退役したばかりでそれなりのたくわえはあった。ただ当時は名探偵ホームズシリーズがヒットしはじめたばかりでそれまでのアーサーの小説家としての収入はかんばしくなく、ゆえに財布はジーンが握っていたのである。


 アレット、12歳。

 この頃には武術の基礎は身に着け、独自のバトルセンスと大人を相手にしても物怖じしない勇気と度胸を宿し、バーティツ道場の門下生の大人を相手にしても簡単に負けない、時には勝利すら奪うまでに成長していた。

 その折、ひとりの爽やかな青年が入門を希望した。

「……どうも。シェリングフォードと言う」

 だがその青年シェリングフォードは、その爽やかさを台無しにするほどの隠す気もない色濃い影をまとっていた。習い事をしようとしているにしては覇気のない口調に表情で、どこか人を寄せ付けないオーラを放つ。あまりに異質な雰囲気に、彼を出迎えたバートン=ライトは「何しに来たんだ?」といぶかしがる。

 だがそんなことなどどうでもいい数少ない女性門下生は、「そこがクールだ!」と一発でシェリングフォードのとりこになった。

「ようこそ、道場の師範バートン=ライトです」

「棒術もある武術の道場らしいな。とりあえず習いたい」

「え? 説明も聞かずに」

「とにかく体を動かしたい。指導するなら早くしろ。でなければ帰る」

「あなたは巨人でも動かすつもりですか!?」

 バートン=ライトは入門させるにあたって入門希望者にはある程度の書類を書かせなければならない。名前、住所や連絡先などの個人情報、その中に職業があるのだが。

「職業……、探偵?」

「ああ。とは言っても最近まで修行の身で、最近個人事務所を開いたばかりだがな」

 すると、ちょうど水筒の水を飲みに来ていたアレットがそれを立ち聞きしていた。

「探偵!? お兄さん、探偵なの!?」

「は? 誰がお兄さんだ。これでも30いってるが」

「うそでしょ!? 若い!」

「レディーではないからな、世事など言っても何も出せん」

「そんなことより探偵ってマジ!? ねえお兄さん、それならさ、あたしを弟子にしてよ! 小説のホームズ大好きでさ、ホームズに憧れてるんだ!」

「何に憧れるかは勝手だがやめておけ。探偵なんて人の醜い面ばかりを見せられ、時には死体すら見る嫌な仕事だ。俺みたいな人生の落後者がなるようなモノだ」

「それでも知りたいんだよ、探偵の仕事! お願い! ただのバイトでいいから! 掃除洗濯その他雑用、そんなの押し付けるくらいでいいから! ね!?」

 そう頼み込むアレットに、シェリングフォードは深いため息をついて言った。

「で、バートン=ライトとやら。月謝は?」

「無視しないでよぉ!」

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