第四十一章 その祝福は時を超えて ~シェリングフォードさんもきっと、天国で嬉しがるだろう。~
改めて、バー・ボンソワール。
空は店長に預けていたブレスを抱き、一同はキングスレイとともに店内へ。全員がサンドイッチとコーヒーを口にしながら待っていると、店長は(チャラ男とも元海賊とも思えない丁寧さで)例のブローチを綿手袋で壁から外してトレーに乗せて戻ってきた。
「これだぜ、キングスレイさん」
「ご丁寧にどうも。うん、これは確かに『匠好』の作品だ」
「スミス・ハオ、だぁ?」
「ええ。匠好は大岑出身の女性錬金術師で、このようなブローチのほか各種ジュエリーを手掛けるジュエリー職人です。故郷大岑で好まれる金と赤を多く用い、それでもアルビオン伝統の様式をこよなく愛し自らの作品に取り入れる、根っからのアルビオンラバーでもあるようです。そして彼女は十字架のデザインをよく好むようで、十字架は『祈り・祝福』の象徴でもあり、匠好は買い手や贈り先の幸福を願う、人の幸せを心から願う素晴らしい方でもありました」
「するとつまり、あんたはそのスミス・ハオの作品であるかを確かめに来たって言うのかい?」
「そうですが、それが主たる目的ではありません。実は、匠好のもとまで私はある男性とともにブローチを求め、しかるべき日に我が家に届くように依頼したのです。しかしその配送指定日、輸送中の馬車が盗賊に襲われ、その盗賊は海に逃げたことから海賊であることが分かっています。私は深く悲しみました。私がこの世で最も愛する者に、それを贈ることができなかったのですから」
キングスレイはそう言うと、トレーに乗せられた綿手袋をしてブローチをそっと取った。十字架のブローチを裏返すと、前にボンソワール店長が言ったようにイニシャルが彫られていた。
『A・D』、と。
そしてキングスレイは言った。
「アレット。これは僕と、それからきみの師匠であるシェリングフォードさんと一緒にデザインし、発注し、アレットの15歳の誕生日に届くはずだったものだ。できればシェリングフォードさんとともにアレットの誕生日を、そして成人を祝いたかった。もうそれはかなわないと思っていたけれど、私掠船の方がこうして残していてくれた。これにはどう感謝したらいいか分からないが」
すると、ボンソワール店長はうなずいてキングスレイに言った。
「持ち主が見つかったんだ。喜んで引き渡すさ」
「だそうだ。だからアレット。大変遅くなったけれど受け取ってくれ。四年越しの誕生祝いとと成人祝いだ」
キングスレイは用意していたジュエリーボックスにブローチを収めてアレットの前に置いた。ボックスの中で、ブローチは色あせることなく輝いている。ボンソワール店長が日ごろから磨いてくれていたのだろう。
サンクロワを旅立つ前に一瞥しただけの持ち主不明のブローチ。それがまさかアレットを祝うために兄キングスレイと師匠シェリングフォードが用意してくれていたものだったなんて。アレットはその事実を知り、酷く震えあがった。
「そんな……。師匠……」
そして。
「うん。シェリングフォードさんもきっと、天国で嬉しがるだろう」
アレットは、大粒の涙を流して泣き出してしまった。
探偵でもない武人でもない、そこには小さな少女がいた。
少女は、声をあげて泣いた。
「師匠……! もう会えないと思ってた。でもこんな形でまた会えるなんて、あたしは……! ありがとう、師匠。ありがとう、ホントに、もう……!」
泣きじゃくるアレットを見守る空、キングスレイ、店長。そしてボンソワールの客たち。ブレスも「大丈夫?」と言いたげにアレットに手を伸ばしている。
きっと悲しみは融けただろう。熱い熱い涙となって。
その涙は、アレットの亡き師匠シェリングフォードへの感謝と尊敬の証である。
その後。
一同は港町サンクロワに一泊し、キングスレイは冒険者としてではなく観光船の客としてアルビオンに帰り、空たちは列車と蒸気駆動車で自領フォーマメントに帰投した。そんなアレットのインバネスコートの胸元には、キングスレイとシェリングフォードから贈られた十字架のブローチが輝いていた。
「皆さん、唯今戻りました!」
「たっでまーっ!」
「あう~!」
今日にも到着すると聞いたアルスも車で駆け付け、愛する妻子とその親友を出迎えた。
「空! ブレス! お父さんは会いたかったぞ~!」
「あい~!」
勇者装束のアルスはその両腕で空とブレスを抱きしめ、空もアルスの背に両腕を回した。アレットもひまりとピエリーナに無事の帰還の報告をするのだが。
「素敵な召し物にござるな。ところで、何かいいことがあったようでござるが?」
「それになんだか、雰囲気が少し変わったのです。強くなったって言いましょうか」
「そうッスね。たぶん、ほんの少しだけ強くなれたと思うッス。お土産もたんまりあるんッスが、土産話としてみんなに話したい人がいるんッスよ。今夜にでも、その人のことを」
そう言って、アレットは胸元のブローチにそっと触れる。
ひまりとピエリーナは静かにうなずいて、ひとまずは仲間の帰還を喜び祝った。
すると。
「師匠!」
そのフレーズに反応してしまうアレットだが、その言葉は自分のものではない。
空のメイドであるヴィントが、第一王子フォレスト、イハトヴの代表取締役ジャコモとともに空のもとに駆け寄ってきたのだ。
「ヴィント! ええ、お留守番お疲れさまでした。お土産も買ってきました。フォレスト殿下、ジャコモさんも、本当にありがとうございます。イハトヴ社長呉空、席を空けていた分バリバリ働きますね!」
そんな空とアレットとブレスの帰還を祝うべく、イハトヴ利用客が押し寄せて「まあ飲もうぜ!」と絡んでくる。そしてその中にはライノックの姿もあった。
「アレット、そしてライトアームズ夫人、旅はどうだったかな?」
「どうしてわたしだけそのような呼び方をなさるのですか。はい、おかげさまでとても楽しい旅になりました。陛下も長旅お疲れさまでした」
「うん。二宮忠八の働きにより、アルビオンは我が国をひとつとする各国と連携を取りやすくなり、国際社会はさらに飛躍しよう。ブレスが大人になった時、彼女や同じ代の子らに恥じない世界を作らねばならないと思うと、吾輩も身が引き締まる思いだ」
そしてライノックは、息子フォレストを見やる。一年の間に、ヴィントとともに一段とたくましくなっていた。
「フォレスト。お前が吾輩の跡を継ぎ王となった時、この世界は今のままではないだろう。次期国王たれば時代とともにあらねばならない。そのための努力、怠らぬように」
「はい、父上」
「うん。さて、今日もまた食べて飲んで騒ぐとしよう!」
結局は飲みたいのですかとメイドのリューンは呆れるが、リューンの後任でありリューンの後輩でもある『アマト・ハリス』が「今や公務のための資料を馬車に積んでいまして、馬車が移動式執務室、イハトヴが第二執務室みたいなものです」と困惑した様子で先輩に報告した。
アルスが空に贈ったミニ・ソウェルライガー、シュトラルラント王国で空になついたルベライトも、空の帰還を喜ぶ。一機と一頭はまた主に乗ってもらいたいようだ。
「ではアレット! 彼らがそう言っていそうなので、社長業の前にブレスと一緒に散歩に行ってきますね!」
「ん! 気を付けるッス!」
空たちは帰ってきたのだ。
イハトヴに。親愛なる家族のもとに。




