第四十一章 その祝福は時を超えて ~お前は、生きて苦しめ。~
空もブレスを客引きのためにやってきたボンソワール店長に預け、キングスレイとともにアレットに続いた。
「キングスレイさん、戦えるのですか!?」
「アレットが旅立った後、私も忠八から銃剣銃術を習うことにしたんだ。忠八やアレットには遠く及ばないけれどね」
「分かりました。ともに参りましょう!」
海軍の男もとい脱走犯エクシディアは、部下に「撃て!」と発砲命令。周囲の人間が被弾することも眼中にない非道な命令だ。それをアレットはインバネスコートを脱いで敵陣に投げつけることで目くらましとし、一瞬で迫った海軍のセーラー服をまとう盗賊に一発当てた。
「バーティツ、『コークスクリュー』!」
「続きます! 八極拳、『二段降龍』!」
アレットのコークスクリューを受けた盗賊は背後の盗賊を巻き添えにして吹っ飛び、空は敵陣を縫うように上段パンチを連続して繰り出してゆく。頭に銃を向けられるも頭を下げながら肩からの突進や柔術などで対応する。
そしてキングスレイも。
「銃剣銃術、『突き』、『銃床打ち』!」
華麗な所作で日傘を相手に向かって一気に突き刺し、石突を左手に持ってグリップで敵を殴る。それはまるで社交ダンス。女性らしいキングスレイにかかれば、武術は舞踊のごとき美しいものに変化してしまう。それでも銃剣銃術の技を駆使し、次々に盗賊たちを地に沈めてゆく。
「あらら、傘が壊れてしまったようだ。ちょうどいい、あなたの武器をいただきますね。銃剣銃術、本領発揮!」
キングスレイは日傘の代わりに拾った自動小銃を新たなる武器として用いる。バイオネットを敵に向けて槍のように突き刺し、銃身を左手に持って鈍器として振り回せば、忠八直伝の銃剣銃術の力を発揮する。
八極拳とバーティツ、そして銃剣銃術による反撃にあう盗賊団。盗賊の部下が次々に地に伏してゆく様を目の当たりにし、エクシディアはただただ戦慄する。
「何だ……? 何が起こっているんだ……!? この私が、この私が集めた精鋭部隊だぞ……!?」
そう声を震わせるエクシディアに、盗賊の返り血を浴びたアレットが言う。インバネスコートどころかハンティングハットや髪を結うリボンまでも武器として使ってしまい、炎のように赤い髪がそれこそ燃え盛るように風になびいており、頬や白いドレスシャツに跳ね返った血が彼女の無慈悲さを引き立てていた。
「何が精鋭だ。怒りのあまり突っ込んでいったあたしだけど、そんなあたしも仕留められない程度の所詮はチンピラだ。お前らなんぞ、あのグスタフ・アーダルベルトの足元にも及ばねえな。さてかかって来いよ。あたしを殺そうとし、そしてあたしを守って死んだ師匠を殺したようにさあ」
そう言って、アレットは盗賊が装備していた小銃からバイオネットを抜き、それをエクシディアの足元に投げて渡した。その間アレットは武器を構えることもせず、ただエクシディアの応戦を待つ。
海軍を装った盗賊の一団と、彼らに向かっていった女性三人(そのうちのひとりは男の娘)、彼らの衝突と流れ弾による負傷者の出現のせいで阿鼻叫喚が響き渡る港。あらぬ容疑をかけられていた輸送ギルドのメンバーたちも、船の艤装の陰に隠れたり負傷者を遠ざけたりと可能な対応に尽力する。
エクシディアは戦闘用人員と武器は充分に用意した。軍を装えば輸送ギルドの船も略取できたはずだ。それがアレットの出現のせいですべてを覆された。エクシディアにできることは、降伏か、アレットの望む一騎打ちのみだ。
果たして、エクシディアは。
「……いいだろう」
アレットが投げ渡したバイオネットを拾った。
「これを決闘とみなし受理する」
エクシディアの答えを受け、アレットは空に言った。
「決闘立会人として、空、頼むッス。レギュレーションは四つ。使用武器はひとつで飛び道具にあらざること。人質を取るなど他人を巻き込まないこと。生き残った盗賊がエクシディアに加勢しないこと。先述三約に反すれば空があんたを殺し、最後のレギュレーションとして勝敗の審判は空の一存にあり。戦闘の意思は、ナイフを掲げて示せ」
空は今度こそ実弾が込められたリボルバーを、アレットから預かった。
エクシディアも、バイオネットを構えた。
そして、空は拳銃を持たない左手を掲げた。
「アルミスセントラルとでは逆ですね」
「そッスね。懐かしいッス」
「ええ。……それでは立会人として呉空が宣言します。決闘、はじめ!」
すると、アレットの右手からは伸縮自在棒が出現した。だがアレットはバーティツにある棒術の構えを取らない。
「この私に塩を送ったことを後悔させてやる。そして貴様の師匠のもとに行くがいい!」
腐っても元防衛庁副長官。エクシディアはナイフによる斬撃のみならず手足による徒手空拳も繰り出してくる。だが。
「それで本気かよ」
アレットはわずか半歩ズレるだけで、エクシディアのすべての攻撃を回避してしまう。
「何故だ!? 何故陸軍仕込みのこの私の攻撃が当たらぬ!?」
空は「は?」と思わず声を漏らした。
「あんなにキレのない攻撃が、アルビオンの陸軍の攻撃だとでもおっしゃるつもりですか? レアガルドの新兵にもあんな動きをする方はいらっしゃいませんでしたよ」
「空、空こそまともに取り合う必要はないッス。どうせこいつ、戦い方を忘れたただのブタッスから」
「あ。はい、腑に落ちました」
空とアレットのやり取りには、やじ馬も失笑してしまう。
だが、アレットはすでに気付いていた。
――師匠は死に際、エクシディアの脇腹に深い左拳フックを見舞い、自身を殺したナイフを抜いてあのブタの腹に突き刺していた。その古傷にさいなまれながら戦ってんのかね。あたしに敵いっこねーのに。
ブタことエクシディアはそれでも、アレットにつかみかかってゆく。もう回避行動も飽きたのか、アレットはエクシディアの右側面に出て膝裏を蹴飛ばした。
「どおあっ!?」
そしてまさしくブタのように、エクシディアは四肢で地を這った。
「ブタブタ言うと本物のブタに失礼だが、あんたはペットとして飼えば可愛く食肉として調理すればおいしい本当のブタとは程遠い『品種』だよ。しかもその品種が人間で元は貴族だったとか、人間としても貴族としても度し難いったらありゃしねえ。かつてはアルビオン軍の威信のためにヤマトを植民地化する計画を立ててたってのに、今じゃこんな盗賊に成り下がるなんて、あんたを目にしたこの感情、どう言葉にしたらいいものやら」
そう言い放つアレットに、のろりと立ち上がったエクシディアは言った。
「そうさせたのは貴様だろう! おかげで私は監獄暮らしだ。仲間とともに脱獄し、今こうして新しい戦力を育てているというのに、そのすべてをお前が!」
「新しい戦力とやらで今度は何を企んでいるのかなんてどうでもいいし、すべての真実を暴くのが探偵の仕事じゃねえ。今最も重要な真実は、『食えもしねえ脱走ブタ』はさっさと檻に帰ってろってことだ。そしてもう二度と脱走なんてできないように、腕の一本は覚悟しろよ」
「何が! 何が腕の、一本だぁぁぁああっ!」
右腕をまっすぐ伸ばしてアレットの頭を狙うエクシディア。だがバイオネットの切っ先が届くより先に、アレットはその場で旋回してエクシディアの右外から彼の肘に伸縮棒を叩きつけてしまったのである。
「マーシャルアーツ、『ウィンドミル・クラッシュ』!」
それはウィンドミルの新技。自らの体の旋回によって生まれる遠心力を伸縮棒の先端に乗せることで、それは強烈な一撃となる。伸縮棒を受けたエクシディアの右腕は、肘が本来曲がる方向とは正反対に曲がり、骨が砕けたか筋肉が断裂したかすさまじい破裂音が響き渡った。
「ああああああああああああ!」
そしてエクシディアはその場で右腕を左手で抱えてのたうち回った。痛いとさえも言葉を紡げず、あまりの痛みにただただ絶叫していた。華麗に技を決めたアレットは、棒を収縮させて腰のポーチにしまった。
「聞こえてっか、エクシディア。その痛みはさ、生きてるってことなんだ。痛みを知って、その痛みをもう味わいたくないし親しい人にも味わわせたくないから、そのための努力ができるんだ。
あたしは一度逃げた。逃げて振り返って立ち向かって絶望から這い上がって、何者にも屈しない力を求めて今がある。けどさ。死んだらその痛みを味わうことも、逃げることも、誰を守ることもできないんだ。その先に宿敵を倒すことも、弱さを克服した喜びを味わうことも、友と抱き合うことさえも、死んだらできないんだ。あたしはこうして大人になっても、親愛なる師匠と酒を飲みかわすことさえできないんだ。
だからあんたは生きろ。生きてもう動かない右腕を抱えて、死ぬまであんたがしてきたことを悔いて生きろ。生きて苦しめ。それが法的な力を持たない探偵として、また師匠を奪われた者として、あんたにしてやれる懲罰と復讐だ!」
空はアレットから預かった拳銃を翻して、帰ってきたアレットに返した。アレットは何も言わず、自らの拳銃をホルスターにしまう。そして彼女たちの周囲では、命は助かった盗賊がキングスレイによって縛り上げられていた。
エクシディアを見下ろすアレットに、空が尋ねる。
「アレット。この程度で気は済んだのですか?」
「済むわけないッス。それでも、こいつが生きて苦しめば、それでそのうち少しずつ忘れていくんだろうなって思うんッスよ。それでも師匠を思えば悲しくて、こんにゃろうに対しては憎しみしかなくて」
「ええ。無理にすべてを忘れる必要はないでしょう。だから今は、お疲れ様でした」
やってきたサンティーエ保安庁の保安官によって、エクシディアをはじめとする盗賊全員が刑務所へと連行されていった。幸いにも流れ弾の被害者の中に死者や重傷者はなく、ブレスやボンソワールの客引き従業員も全員無事であった。
それでも。
「空」
「はい、何でしょう、アレッ」
その時、アレットは空に抱き着いた。
しがみついた。
「あ……」
そして、アレットは震えていた。
無理もない。そううなずいて、空はただアレットの頭を撫でた。
「ええ。本当に、お疲れ様でした」
「うん……」




