第四十一章 その祝福は時を超えて ~……兄貴、ついに男をやめたな。~
ドイル邸前。
空はすべての荷物をまとめて車に積み込み、アーサー&ジーン夫妻にお世話になった礼を述べた。
「アーサーさん、ジーンさん、そしてキングスレイさん。今回は大変お世話になりました。それにわたしのためにベッドまでご用意いただきましたこと、心から感謝します。また『帰ってきます』」
空の感謝と最後の誓いに、アーサー&ジーン夫妻はしっかりとうなずいた。
そしてキングスレイも。
「うん。ここは第4のきみの家だ。アレットを連れて、いつでも帰ってきてくれていいんだ」
「えっ? 第4の家、ですか?」
「ああ。フォーマメント領主邸を第2の、ライトアームズ家が第3の家とするなら、第1の家はきみが失った記憶にある。いつの日か見つかることを心から願うよ」
「ありがとうございます、キングスレイさん。そのためにも今は再び旅に出ます。またあとで合流しましょう」
そしてアレットも。
「オヤジ、母さん。あたし、また行くよ」
「気を付けてな。忙しいのはわかるが、たまにでいい、元気な顔を見せてくれたらそれでいいんだ」
「そうよ。だから、頑張ってね」
こうして一同の別れの挨拶は終わった。最後はブレスとの別れだ。
「ブレス。お世話になった人にありがとうしましょうね~」
アーサーとジーンは最後に頭を撫でて別れを告げるのだが、ついにキングスレイは空からジーンを取り上げてまで「やっぱりこの子のお母さんになりたい!」とわめきだした。
「……兄貴、ついに男をやめたな」
「ええ。ブラコンを克服したらわたし以上の親バカになりそうです」
一度、ここでキングスレイともお別れだ。キングスレイはブレス以上にぐずるが。
二宮航空力学研究所、社屋。
空たちが帰郷の挨拶に赴くと、忠八や社員や子供たちがすでに働いていた。ほかにもジェームズ・モリアーティーとエドワード・ウィリアム・バートン=ライトもいた。
「教授、バートン=ライトさん! わざわざお越しくださったのですか!?」
空にはジェームズが答えた。
「ああ。きみたちとはまた会いたかったからな、大学は休ませてもらった。空、ブレス、アレット。そして故郷で待つ仲間たちの未来に幸多からんことを心から願う」
「はい。ありがとうございます」
「うむ。さて、わしから贈り物と報告じゃ。まずはこれを受け取るがよい」
そう言ってジェームズが空に手渡したのは、いくつもの子供服と下着であった。数年先、ブレスが5歳になった時用の少女用ミニドレス、そしてお姫様セットとティアラまである。
「わしの妻とともに選んだ。わしももう歳じゃ、いつまでブレスの成長を見にフォーマメントまで赴けるか分からぬ。それでもいつかわしらの墓に、その子を連れてきておくれ」
「はい、お約束します。ご存命のうちにまた何度でも、そして奥様にもお見せしたいと思います」
「うむ。さて報告じゃ。なあ、バートン=ライトよ?」
ジェームズに話を振られたバートン=ライトは、「はい」とうなずいて空たちに言った。
「教授のおかげで、セイントクリフ大学にバーティツ道場を開けるようになったんだ。月謝は道場の半分を想定していて、学生たちの集まり次第ではもっと安くできるかもしれない。学生たちには鉄道に関することや会社経営を教えられるし、学生たちも各国の武術をやっている子もいて興味があるみたいなんだ」
「師範、おめでとうッス! これで自分の後輩がたくさんできるってわけッスね!?」
「ああ。そうだ、いい機会だ。アレットが旅立ってから今日まで研鑽を続けたバーティツの新しい技やフットワークを教えよう」
すると、空がアレットに意見する。
「アレットも、旅の中で編み出した技『ウィンドミル』をバートン=ライトさんに見ていただく機会ではと」
「そうッスね。師範、自分もオリジナル技考えたんッスよ。見てほしいッス!」
アレットとバートン=ライトがこれまでの修行と研究の成果を見せ合い、今度こそ忠八への挨拶となる。
「忠八さん。改めて今回は素敵な旅の機会をいただきまして、ありがとうございました。御社の航空事業を、レアガルドから応援しております」
「ありがとう、空さん。それでは無事の帰還を」
空と忠八も、固い握手を交わして次の挨拶先へ。
セイントクリフのはずれ、『ホームズ農場』。
トマトにジャガイモ、『ビートルート』と呼ばれる赤い根菜などを主に育てている。鶏も多数飼育しているが、自家食用の卵の生産者として面倒を見ているらしい。そんな畑のそばに、農家姿のシャーロックと編集のサカキバラ、そしてレストレード・Jrがいた。
「皆さんお揃いで。本日は旅立ちの報告とお世話になったお礼をお伝えに来ました」
「ああ、それはご苦労。ちょうどいい、採れたてトマトを味わっていくといい。ふたりにも美味だとほめてもらったところだ」
シャーロックに勧められるままに、空とアレットは採れたてトマトを味わう。そのまま食べればプチっと口の中ではじける食感を楽しめ、切り分けてドレッシングにつけて食べてもおいしい。
「シャーロック氏! これマジで美味いッス! どんな育て方をしたらこんなになるんッスか!?」
「売りに出す以上、きちんとした肥料を使っているつもりだ。あとはまぁ、『天気と畑の声を聴いてやる』ことだ。農業はいいぞ。きちんと育てりゃ野菜は応えてくれるし、人間みたいに人をだましたりしないからな」
「あー……。レストレード前警視正のことッスね」
「それだけではない。探偵をやっていると人間の醜い面ばかりを見せられるからな。その点畑はいい。あと虫や鶏もな。ちゃんと欲しいものを訴えてくれるし、ちゃんと世話焼けば畑を守ってくれるしおいしい卵を産んでくれる。家族は彼らで充分だ」
シャーロックの言葉には、レストレード・Jrもうなだれる。
「本当に父はあなたに対して計り知れない無礼や横暴を働きました。罪滅ぼしと言っては何ですが、シャーロックさんの野菜を市場で買って我が家の食卓に並べたいと思います」
「ん、よきにはからえ~」
シャーロックは偉そうにふんぞり返る。その様が面白くて、空、アレット、そしてブレスは笑う。
「それではな、お前たち。世の中にはずるい奴が大勢いるが、吾輩みたいに腐ってはダメだ。
吾輩には友や仲間と言える存在はきみの父アーサーと弟子のシェリングフォードしかいなかったが、お前たちには大勢いるのだろう。その者たちと結んだ絆を大事にし、そして大事にしてもらうんだ。でなければご覧のような転落人生を歩むことになるからな」
どこまで冗談でどこまで皮肉や自虐なのだろう。それでも、アレットはシャーロックに返した。
「それでも、自分は名探偵ホームズに憧れて探偵になったんッス。シャーロック氏がいたから今の自分がいるんッス。だから、これからは氏のことも師匠と呼ばせてください!」
「……ふん。物好きもいるものだ。いいだろう。それにここはお前の故郷でもある。いつでも吾輩に教えを乞いに来るがいい。もっとも、吾輩も枯れた。今度は吾輩が若き者に教わる番もしれないがな」
「それでも尊敬の念は一生ものッス。これからもお元気で、師匠」
そしてアレットとシャーロックは抱き合う。アレットにとってはまるで二人目の父親ができたかのようだ。
「さあ行け、我が弟子よ」




