第四十章 其は正義に非ず、そして革命たりえず ~ヴィントの顔がすぐに浮かんでしまいまして。~
その後、レストレード・Jrとともに動いていた調査隊によって、ディンドンにある倉庫から最新式の銃拳銃とガーゴイル・ダガーが発見され、それらはすぐさま押収され、再びメルカッシュの倉庫から押収した工具とともに鉄工所に持ち運ばれてすべて溶かされ、資料は紙切れ一枚残さず警視庁庁舎前で『焚書』に処された。
アレットの推理通り、グスタフ運送のトラックからメルカッシュの倉庫に残った足跡と同一の足跡が採取された。またノースポートで起こった殺人事件の被害男性はメルカッシュの社員であることが社長によって確認され、被害者の遺体から採取できるもの(銃弾や銃創や痣など解剖で得られるもの、写真やスケッチ)を採取した後は厳かな葬儀が執り行われた。靴跡と弾丸に刻まれた『ライフリングマーク』はレストレードが持つ革靴と警察備品の銃によるものであることが証明され、彼の犯行は完全に証明された。
事件解決後、警視庁庁舎にて、レディーススーツ姿のアレットはペンドラゴンによって表彰されていた。
「……以上、警視総監アーサー・ペンドラゴンの名のもとに、貴卿アレット・ドイルの活躍をここに讃え、エリーゼ五世陛下に成り代わり騎士爵を授けるものとする」
「はっ。謹んでお受けいたします」
アレットが表彰状と騎士爵を示すバッジを受け取る様子、アレットと此度の事件の捜査協力に関する謝礼金を受け取った空が並ぶ姿を、多くのカメラマンが写真に収めた。この様子は新聞となり、後日アルビオン中に知れ渡ることになるだろう。
表彰式後。
レストラン『金龍紅花セイントクリフ支店』。
謝礼金はアーサーが預かることとなり、それとは別にアーサーのおごりでレストランの一角を貸し切りにして関係者一同で事件解決を祝った。今回はジーンとブレスも一緒だ。さすがにメルカッシュの社長は同席できなかった。
祝いの席の中、シャーロックはアレットに言った。
「しかし見事な推理かつ堂々たる振る舞いだったな、アレット。よければなんだが、今度の名探偵ホームズの小説に使わせてもらえないか? シナリオはこうだ。探偵ホームズ不在中、ワトスンがひとりで今回の事件を解くんだ」
「いいッスねぇ、シャーロック氏! ぜひぜひ使ってやってほしいッス! ただ、レストレード前警視正をそのまま使うことはできないッスね」
「そこはアーサーと相談して架空の人物を充てるさ。けどまあそれより、あんなバカの革命が未遂に終わってよかったよかった。あんな自己中が国を変えようとしていたら、今とはまた別の方向で人々が苦しむ破目になる」
そう言うシャーロックに、アーサーは「事件に対して『それより』と言う言葉が出てくるなど、天変地異の前触れか?」と戦慄していた。
「そッスね。革命家とは革命が成功した後に人々からつけられる称号ッス。たとえ腐っていても政府や議会に反旗を翻せば、たとえ大義があろうとただの反逆者ッスから」
「そういうことだ。そして苦しむ民衆の代表として我が身を顧みず立ち上がる真の勇者か、それとも我こそ正義と信じて疑わない自分勝手なただのバカか、革命が成功した後にどちらに民衆がついていくかなど火を見るよりも明らかと言うものだ。そして」
シャーロックはアレットの頭を撫でて微笑んだ。
「吾輩の相棒がその命を懸けて守った弟子だ。きみのような者にこそ、未来を託したいものだ」
「はいッス! このアレット・ドイルにお任せあれ!」
すると、食事の席にひとりの警官がやってきてレストレード・Jrに封筒を手渡した。レストレード・Jrがそれを開けば、それはめでたい報せであった。
「みんな、聞いてくれ! この度の事件の功績を警視総監にたたえていただき、僕は『警部長』に着任することになった。正式な任命式は後日になるが、これも皆のおかげだ。これを喜ぶとともにより一層気を引き締めて任務にあたることを誓う。これからもよろしくお願い申し上げる!」
「よっ、警部長!」
アレットが囃し立て、空たちも祝いの言葉や拍手を贈る。何かめでたいことがあったと感じたジーンも、「あーい!」と声を上げて笑う。
その夜。
ドイル邸、アレットの部屋。
ジーンはベビーバスケットの中で眠っている。パジャマ姿の空とネグリジェ姿のアレットは紅茶を味わいながら女子会を開いていた。
「結局観光はできませんでしたね。まあ、それがわたしたちらしいと言えましょうけれど」
「そッスね。あとは港で何か観光土産になりそうな小物を買って帰るッスかね」
「小物ですか、何がいいでしょう。壁にかけるものがいいでしょうか、ブレスレットなど女の子に喜んでもらえるものがいいでしょうか」
「男の子と大人には無いんッスか?」
「あっ。すみません、ヴィントの顔がすぐに浮かんでしまいまして」
「親の前に師匠だったッスもんね。師匠は大変だぁ」
「そうですね。……壁掛けと言えば、海賊喫茶のあの十字架のブローチはどうなったでしょうか」
「うーん。一週間やそこいらで持ち主が見つかるとも思えないッスが、いつか本当の持ち主が見つかることを祈るだけッスね」
「ええ。では、大陸についたらまたあの海賊喫茶でお茶にしましょう」
その時、アレットの部屋のドアがノックされた。
アレットが「どうぞー」と答えると、そこにはやはりと言うべきかレディースのパジャマとナイトキャップをまとったキングスレイがいた。
「夜分にすまないね。立ち聞きするつもりはなかったんだけど、気になるフレーズが聞こえてしまったもので」
「気になるフレーズ?」
「ああ。確か海賊喫茶とか十字架のブローチとか言っていたね。後者のブローチと言うものが気にかかってしまったんだ。私が思っているものとは違っているかもしれないが、サンティーエまでの船旅をご一緒させてはもらえないだろうか」
「そんなことなら問題ないよ。空はいいッスか?」
「ええ、わたしも問題はありません。夕食時にお話しした通り、明日の昼前のダイヤで出発する予定ですが、スケジュールは大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ。それでは支度を整えなければ。それではお休み、よい夢を」
キングスレイはそう言って、アレットの部屋のドアを閉める。
これは本来の持ち主に帰る日が近いかもしれない。空とアレットは見合って微笑み、明日を楽しみにして布団にもぐった。
隣、キングスレイの部屋。
キングスレイは、中学生のアレットと大学生のキングスレイ、そして生前のシェリングフォードの3人が映る写真を眺めた。場所はセイントクリフの屋台通り。ヤマト出身が経営している屋台で、寿司の『松のゲタ』を手にして3人そろって笑顔でポーズを決めていた。
「アレットが最初に自力で事件を解決したのと『僕』のサークルが店舗として開業したのが重なった、その記念日だったなぁ」
キングスレイ、ひとりでいる時はかつての口調に戻るようだ。
「シェリングフォードさん。あなたの弟子は立派になりました。それはもう立派になりました。あなたがアレットを探偵として導き、命を救ってくださったおかげです。私はそれが誇らしく、あなたに感謝せずにはいられません。なのでこれからも、天国からアレットをお見守りください。あの子は決して人としての道を踏み外さず、これからも人々のために力を尽くしてゆく、そして、もう私が守る必要もないくらいに強い子ですから」




