第四十章 其は正義に非ず、そして革命たりえず ~何が大儀だ、バッキャロー。~
そしてついに、レストレードは黙った。
その沈黙は、降参を意味していた。
アレットが拳銃を向け、ペンドラゴンとレストレード・Jrもまた拳銃を構える。三方向から銃口を向けられたレストレードは、ついに語りだした。
「盛大なマッチポンプ、か。その通り、警視正になるまで、そしてこれから先も昇進してゆくためには、事件解決と言う実績が必要だ。そのためならば何だってしよう。だがそのために善良な者や企業を貶めるつもりはない。そしてそこにいる人間の屑が経営する会社など存在する価値もない。こういう屑拾いから実績を積むのだ。なあ? かつてシャーロック・ホームズの弟子として彼に次ぐ名探偵足り得たシェリングフォードを殺害したメルカッシュ社長?」
「ふざけるな! 殺したのは私ではないし、当時は事件とは無関係の工場長だった。その弟子でもあるアレット・ドイル。貴卿とは今回の事件の事情聴取の際に初めてお会いしたはずだ!」
「あの屑の息子だ、そう変りないだろう」
そう言うメルカッシュとレストレードに、アレットは答えた。
「師匠を殺したのは当時の防衛庁副長官で、現在の社長とは確かにお初にお目にかかるッス。それに前社長は汚職の責任を取らされすべてを剥奪され、現在は真っ当な会社として経営しているッス。それは兄貴がきちんと調べてくれたッスよ。ゆえに前社長のご子息である現社長は、善良な社長ッス」
「それがどうした。かつて汚職にかかわった歴史は消えない。そんなものは滅んでしまえ。そして私の実績となるがいい!」
「レストレード。あんた、どうしてそこまで実績と昇進にこだわるんッスか? どうして過去の過ちを悔いた者に追い打ちをかけてまでそんなことがしたいんッスか?」
「決まっている、我が大義のためだ!」
レストレードはそう言って、右拳を高々と掲げて誇らしげに言い始めた。
「私の野望はすなわち、王国議会議長にまで上り詰めこの国を改善することにある。この国に暮らして思わないか?世界の中心でなければならぬ『アルビオンは紳士の国』である。だが今の世の中、街を闊歩するのは肥え太ったブタばかりだ。ある者は汚職を働き、ある者は人をだまし、そうして私利私欲のための財を成す。だがアルビオンには多くの貧しき者がいる。私の家柄もそうだった。私が子供の頃は騎士爵すらなかったのだ。
だが、王国議会のブタどもはそれを知って知らんぷり。温室育ちのエリーゼ五世女王陛下はアルビオンこそ世界で最も裕福な国だと信じて疑わない無能ぶり。社会の格差など知らないほうが、国は変わらず、上流階級のブタどもにとって都合がいいのだ。
私はそんな社会を破壊したい。貧富の差をなくすためには立場を得ねばならん。弱者が現実を訴えたところで誰も聞く耳持たんのだ。欲望に溺れた貴族を一掃し、貧しきものを導かねばならんのだ。それが、私の大義である!」
「何が大儀だ、バッキャロー」
アレットは言い放った。
「何が分かる、レアガルドに魂を売った小娘が」
「確かに自分、そこの空、もうふたりの仲間は、レアガルド王国領主ライノック陛下に認められて爵位と領地を得たッス。でも自分もひまりも故郷を捨てたわけでもなく、レアガルド、アルビオン、ヤマトの橋渡しになればと常々思ってるッス。あんたのほうこそ何も分かってないんじゃないんッスか? 自分のしたことは大義のための行動ではなく、マッチポンプと言う名の犯罪であることが」
「言いがかりはよせ。これは革命だ。そう、いつの世も悪を糺すのは革命だけだ。私はアルビオン王国議会に革命を起こす者。そのためならすべての悪は我が前に伏せ、我が実績になればよいのだ」
だがそこに、シャーロックが口をはさんだ。
「黙って聞いていればお前の好き放題並べ立ててくれる。だったら吾輩はどうなのだ。善良な国民だが? 警視庁諮問探偵としていくらでも知恵を貸してやったのに、お前はこの吾輩からすべての実績を奪っていったではないか。おかげでこちらは商売あがったりだ。だから年齢を理由にはしたが警視庁諮問探偵も早々に辞させてもらったのだ」
「奪ったとはこれまた人聞きの悪い。事件あらば、国民は警察の捜査に協力する義務がある。貴様こそその義務を拒み、将来の革命家に協力しなかった国家反逆者だ。貴様にも何らかの形で償ってもらいたかったところだが、小説のキャラクターに起用され国民的探偵になってしまった貴君を、もはやどうすることもできなかった。正直、貴君が生きて我が前を歩いているのを見るだけで虫唾が走るよ」
「そうかい。そりゃこっちも同じだよ。この実績泥棒が」
「その発言は重いぞ? 公務員に対する侮辱罪が適用されると思え、この国家反逆探偵が」
「あーもー話にならん」
レストレードは警察と言う立場を掲げて好き放題並べ立てる。この暴論としか言いようのない彼の言葉に、ついにシャーロックも匙を投げた。
そしてレストレードはアレットを見やり飄々たる表情で問う。
「で? どうするんだ、この探偵気取りの小娘が。ここでこの私を犯罪者としてとらえるか? そんなことをすれば、このダメ探偵と同じ末路」
そんなレストレードの喉を、アレットはアークルバレットで撃った。
「を……」
「いーかげん、お前の声聞きたくねえ」
そして今度は、アレットはレストレードの右膝を撃った。ひざはあり得ない角度に曲がり、レストレードはつぶれた喉で悲鳴にもならない悲鳴を上げてその場に倒れてのたうち回った。
「無様だな。何が大儀だ。何が革命だ。てめーのやったことはただの犯罪だ。少なくとも器物損壊、窃盗、教唆及び脅迫、鍵の不法複製、虚偽、それらは間違いなく法が認めないッス。そして一国民として、公務員がそのような暴挙に出たことを一生許さねえ。あんたは革命家なんかじゃねえ。自分勝手なただのバカだ」
アレットのその眼差しは、あまりにも無慈悲だった。無理もない。
そんな彼女に、膝を抱えてうずくまるレストレードはつぶれた声でなお訴える。
「こっ、後悔するぞ。この私が国を変えてやろうというのに、それを阻むなら……ッ!」
だが、アレットの隣に警視総監ペンドラゴンがしゃがんでレストレードを見やった。そしてその眼差しは、哀れみに満ちていた。
「ああ、とっくに後悔しているよ。お前と言う無能な警官を警視正に任命してしまった、この私の不明をな。警官隊、連れて行け!」
ペンドラゴンはレストレードから警視正の地位を示すバッジを奪い、警官隊はレストレードが痛がろうと構わず引きずって大会議室から連れ出してしまった。
ふぅ、とため息をついてアレットはホルスターに拳銃をしまう。ペンドラゴンは申し訳なさそうに目を伏せ、メルカッシュは「再び過ちに手を染める前に助けてくれて感謝する」とアレットに礼を述べた。
すると、レストレード・Jrは警部のバッジを外し、それをペンドラゴンの前に差し出した。
「アーサー・ペンドラゴン警視総監。父の愚行蛮行に対する責任を親子ともども取るべく、不詳レストレード・Jrは唯今を以って辞職いたします。そして今後は償いに尽くしたいと存じます」
「ジュニアくん……。気持ちは汲むが、きみは出世欲よりも常に国民とともにあった。事件には真摯に向き合ってきた。私はきみのような若者を失いたくはない。あの愚か者のためにその身を犠牲にするというのなら、これからもどうか警視庁に尽くしてもらいたい。きみには私のもとで馬車馬のように働いてもらいたい。それを、レストレード親子に対する処罰とする」




