第四十章 其は正義に非ず、そして革命たりえず ~白日の下に曝してやるぜ。たったひとつの真実ってやつをな!~
空とアレットは空の蒸気駆動車で、レストレード・Jrは警察用車で、ともにグスタフ陸運に向かい、事件の調査への協力を要請した。そしてグスタフ陸運では確かに、『ジョン・スミスなる大柄な人物』がトラックを貸してほしいと申し出てきた。またグスタフ陸運はトラックを有料で貸しただけでその人物ジョン・スミスが何に使うかどこに向かうかまでは把握していない。
「それでアレット。ここまで謎を解いてここで迷宮入りと言うことにはならないですよね?」
グスタフ陸運のロビーで、空はぐずるブレスをあやしながら尋ねた。
「正直手掛かりがなさすぎるッス。犯人は自身にかかわる証拠を残さず、軽めの工作や寄り道で足取りをメルカッシュまで掴ませて、その先の真相にたどりつけづらくしているッス。これがミステリー小説や間抜けな犯人の犯行であれば、謎を解くための手掛かりひとつで一気に犯人を特定できる展開なんッスが」
「現実は小説よりも何とやら、ですね。しかしどうしたのでしょう。こちらも謎が解けません」
「ブレスの謎のぐずりッスか。おしめでもおっぱいでもない、でもブレスは何かを訴えようとしている。言葉が通じない以上訴えたいことも分からず、そしてブレス本人が分かっていないってこともあるッスね」
「ブレスが訴えたいことを分かっていない、ですか?」
「『人間、誰もが理屈で動いてない』もんッス。それどころか気分や感情で動いている場合がほとんどッスね。だからひと通り言いたいこと喚き散らしたら意外と気分はスッキリして、そのあときちんと自分の気持ちに整理がついてちゃんと伝えたいことを伝えられるようになるもんッスよ。だから空、今は何も分からないまま無理に分かってあげようとせず、ただブレスの心に寄り添ってあげるだけでいいんじゃないかって、自分は思うッスよ」
「ありがとうございます、アレット。あなたのほうが理屈っぽいですけど」
「探偵は理屈で考えるもんで」
そしてもうグスタフ陸運も営業時間の終了が差し迫っている。すでに陽も沈み、風も冷たい。この日の調査はこれで切り上げるべきだろう。レストレード・Jrは空とアレットに調査協力の礼を述べた。
「アレット、そして空さん。今日は本当にありがとう。探偵料は後日と言うことで、今日は失礼するよ」
「んッス。帰り道お気をつけて。何かあればドイル邸に遠慮なく連絡してほしいッス」
「了解だ。引き続き頼む」
三人はグスタフ陸運の社屋を出、それぞれの車に乗り込んで帰り道に就く。
だが走り出した途端、ずっとぐずっていたブレスはさらに大声で泣き始めた。
「どうしたのでしょう、ブレス。さすがに寒いということでしょうか。では毛布を出しましょうね~」
アレットは道端に車を止め、空は荷物の中からジャケットを取り出す。だがブレスの癇癪はおさまらない。一体何があったのだろう?
「ねぇ、ブレス。あなたはわたしに、何を訴えようとしているのですか?」
よしよしとブレスをあやしながらも「こんなことはなかった」と不安に思う空。アレットも心配そうであるとともに困惑している。
「まあ、なんッスか。言葉を覚えた大人でさえも、てめーの言いたいことばっか並べ立てて人の言いたいことろくすっぽ聞かない自分勝手な人間も多いもんッスからね。言葉を知らない純粋な天使は、比較するのも失礼なくらい可愛くて許せるもんッス」
「『言葉は通じても思いは通じない』、ですか。わたしはアレットの親友として、そしてイハトヴの社長として、そんな自分勝手な人間にはなりたくないものですね」
「空なら心配ないッスよ、自分勝手どころかずっと自分らに、そしてイハトヴのみんなに優しくしてくれているじゃないッスか、それに自分にとって忌まわしい武器にまつわる事件にこうして協力してくれてる。それがメガトン心強いんッスよ」
「ええ。アレットが困った時は、いつでもわたしを頼ってください。旅仲間、そして親友として」
「んッス。頼んだぜ、相棒」
「はい。まるで小説のホームズとワトスンですね」
「コンビで組めない謎は無しッス。……さあ白日の下に曝してやるぜ。たったひとつの真実ってやつをな!」
空とアレットは翌日改めてグスタフ陸運まで足を運んだ。大柄な人物に貸したと言うトラックは戻らず、「弁当を持参したのでその車を待たせてほしい」と言って居座った。
昼過ぎ、事態は動いた。
「アレット・ドイル様。キングスレイ・ドイル様より魔導通信が届いてございます」
「あざッス! あ、そうそう。これを収めてほしいッス。信号刻印紙代と、気持ちばかりの謝礼のつもりなんッスが」
アレットは刻印紙と引き換えに謝礼金を収めた封筒と菓子折りを手渡した。捜査拠点に使わせてもらうのだ、そのくらいの礼儀は礼金として払わねばならない。
「ご丁寧にありがとうございます。あちらにお客様用のティーサーバーもございますので、ごゆっくりどうぞ」
信号の文書化なら陸軍で訓練を受けた空のほうが得意だ。空がブレスのお守りをしながら魔導通信の信号を文字に起こしていると、先日貸していたトラックが帰ってきたと陸運の社員が伝えに来た。
アレットがドライバーに「あなたがジョン・スミスか? 何をどこに運んだのか?」と尋ねると、「私はジョン・スミスと名乗る男からここまで返しに来るように言われた」と返すのみ。彼は自分の身分証明書を持っており、彼が借主ジョン・スミスではないことが証明されてしまった。またしても手掛かりは。
「ない。……と思うッスよね?」
「ええ、ふつうは」
「そこで、『地質学者のアレン・ジャック』氏にお越しいただいたッス~!」
ちょうどグスタフ陸運に、やせ型のさえない中年男性がやってきた。
「やや、ど~も、ドイル子爵殿。何年ぶりかな。最後に会ったのはきみの師匠がまだ生きていたころだったね。お悔みも言えず申し訳なかったが、今日はその分、捜査に協力させてもらおうかね」
「感謝の極みッス。で、お願いしたいのが」
ジャックは陸運がスミスに貸していたトラックを見てほしいと言われた。そしてジャックはタイヤや泥除けを重点に車体各所からいくつもの泥や土や木の葉や汚れなどを採取し、ロビーの床に白い紙を敷いて採取物の一部を取り、瓶に詰めた残りをやはり大きな地図の上に置いてゆく。
「あのトラックの足取りはこの通りだ。まずここを出発したトラックは『惑わしの森』を通り抜けてアルビオン島北方『ノースポート町』に立ち寄り、南下して『首都ディンドン』に立ち寄ってディンドン名物の『スパイシーミートパイ』を食べ、まっすぐここに帰ってきている。だがもしこれが武器の輸出に使われていたというのなら、あるべき痕跡がここにないんだ」
「あるべき痕跡ッスか? まさか?」
「そうだね。たぶんだけど、港町に来ておいて港で荷下ろしなどはしていない。ほかの業者が使っていたであろう木箱の破片や現地の海鳥のフンがタイヤや車体についているはずだ。あそこの鳥どもは礼儀がなってないからなあ」
「人間が商売をするようになって豊富になったエサを求めて押しかけてきたんッスね。感謝するッス、ジャック氏」
「こんなことでいいのならいつでも頼ってくれ。不謹慎かもしれんがいい機会だ。シェリングフォードさんの墓にでも花を手向けてから帰るよ」
「師匠によろしくッス!」
アレットはジャックに調査依頼料を支払い空のもとに返ってくると、空はブレスをあやしながら信号の文字起こしに追われていた。
「アレット。キングスレイさんからの信号の文書化が完了しました。先程話に出たノースポートで殺人事件です。
被害者は成人男性。死因は銃殺ですが、その前にもみ合った形跡あり。着衣はすべて切り刻んだ上ですぐそばで野焼きにされ証拠は残らず。『黒幕と目されし例の人』はいまだ自宅に帰らず。警視庁庁舎ではアレットの指示で調べていたものが出てきました。キングスレイさんも、自分が持つすべての会社に欠勤の魔導通信を出して動いてくれています。
余談ですが、キングスレイさんは、二宮航空力学研究所ともう一社の服飾事業を除くすべての会社の経営権を後輩に株式の売却と言う形で譲渡、今後は航空事業と服飾事業に専念するそうです」
「あ、最後のはどうでもいいや。兄貴、そんなこと今関係ないだろ」
「ちなみにキングスレイさんの服飾事業ってどのようなものなんですか?」
「あーそれッスか? 兄貴が男の娘になるきっかけになった大学在学中に立ち上げたサークルを店舗化したものを、さらに株式会社化したものッス。おしゃれに興味がある男女が爵位の有無に関係なく集まって作ったもので、思い入れがあるっぽいッスよ」
「男の娘になるきっかけ、ですか。それは興味があります」
「え? 空は男装でもするつもりッスか? いや陸軍由来のショートヘアなら似」
「違います。純粋におしゃれに興味があるだけです。一応これでも女性ですから」
「……忘れてたッス。空もそれなりにおしゃれに興味があるってこと」
「ちょっと親友?」
空にジト目を向けられ、ばつが悪くなったアレットは「ごめんって」と謝った。
「けんどまあ」
「ええ」
アレットは強気に笑い、空もうなずいた。
「やっぱりと言うべきか、犯人はあの人だ!」




