第四十章 其は正義に非ず、そして革命たりえず ~名探偵アレット、調査開始です。~
通信ボックスでドイル邸に一報入れ、アレットは空とともに捜査を開始する。
空は蒸気駆動車を運転し、アレットは警察用車の助手席でヒヤリングをする。
「ところで、ジュニアの兄ちゃんはどうやってその事件を知ったんッスか?」
「同僚が教えてくれたんだ。昨朝出勤してみれば、倉庫が破壊され、かつて汚職にかかわった会社から押収した兵器資料工具が根こそぎ盗まれていたってね。ああ、ちなみに物品はみんなまとめて中型輸送用コンテナに入れていたらしい」
「それをお父さんは、レストレード警視正は知ってるんッスか?」
「知っていると思う。おとといの夜、我が家に魔導通信が入ってから今までロクに家に帰っていないからね」
「でっかい事件のはずなのに、同じ職場で働く息子を頼ろうとは思わないんッスかね、警視正?」
「それはないだろうね。父はあのシャーロック・ホームズに匹敵するほど優秀で、ひとりで、あるいは部下数人を率いて多くの事件を解決してきた。それに出世欲も強く我も強く人の話を聞かない『唯我独尊』タイプで、僕も何度か父を手伝おうとしたけど邪魔だと言って断られたさ。きっと今回も自分ひとりで全部片づけるつもりだろうね」
アレットは思った。話を聞くに、父の業績はシャーロックから奪ったものであるということをどうやらJrは知らないようだ。
「そッスか。あとは現場でお聞きするッス」
まずアレットたちが赴いたのは、警視庁の証拠物件取り扱い倉庫。大泥棒でもそう簡単に開けられなさそうな頑丈な錠前が見るも無残に破壊されているが、アレットはそれを一瞥して「マジか」とつぶやいた。
「アレット。何か分かったのですか?」
アレットはインバネスコートの中から試験管を取り出し、鍵穴付近の粉末を採取しながら空に答えた。
「んッス。これはつまり『心理誘導トリック』で、外から強引に破壊したと見せかけた内側からの順当な開錠が施された後の工作ッス。つまり警視庁内部にスパイがいるか、何らかの形で誰かが潜り込んで内側から開いたか」
「順当に開いたのであれば、なぜわざわざ破壊工作を?」
「考えられるのは『外部犯の仕業と思い込ませるため』。そう、捜査を攪乱させるための引っ掻き回しとは考えづらい。つまり犯人は警視庁庁舎に自由に出入りできる者。警視庁の警官か、それとも清掃業者か」
「おぉーっ、さすがは名探偵です!」
「なーっはっは! もっと褒めてもいいんッスよ!?」
調子に乗るアレットだが、空は知っている。そしてレストレード・Jrも思っているだろう。こうでもしないと過去に宿った怒りの炎が燃え上がって御せなくなるからだろうと。
何かおめでたいことが起こっているようだ。空の胸で、ブレスも「あい~!」と無邪気にはしゃぐ。
その後の捜査で、警備員が「昨晩の見回りの時、誰かが男子トイレでいきんでいた。彼は最後に鍵をかけて出ていくから気にしないでくれと言っていた」と言っていたことから。「『性別はさておき』そいつが倉庫を開場した実行犯ッス」とアレットは推理した。
「性別はさておき?」
「女性にしか見えない男性が身近にいるもんで、余計に先入観にとらわれてはいけないって思わされるんッスよね~」
「あー」
倉庫からは犯人の遺留物は見つかっていない。アレットもインバネスコートが汚れようと構わず地面を這いつくばってまで探したが、らしきものは見当たらなかった。
次にアレットが向かったのは、ガーゴイル・ダガーを開発したメルカッシュが契約している倉庫や港などの関係各所。空とレストレード・Jrにも『質問リストと調査対象リスト』を手渡し、手分けして調査することに。
その日の夕方。
喫茶店に集まって得られた情報をまとめると、次のようなことが分かった。
まず、案の定と言うべきかメルカッシュ本社に赴き警察と同じことを質問しても「弊社はその事件に一切関与していない」というもの。メルカッシュが月極めで借りている倉庫も調べたもののほとんど何も出てこず、残されていたのは最近何かが運び込まれ、そして運び出されたような、車両のタイヤ痕とコンテナの置かれていた痕跡。該当武器は一時保管すべく一度ここに納品され、その後輸出すべく運び出されてしまったのだろうか?
だが空が見つけていた。
「これです」
「ほー?」
空がアレットの前に差し出したのは、足跡のスケッチと足跡の軌跡。どんなサイズ、どんな足裏の柄のものがどこにあったか、足跡が示す一歩の距離はどのくらいかと言うものを、陸軍で空が覚えた記載法に基づいて記録されていた。
「これは、僕と同じ革靴の靴裏だ。この靴は警視庁の警官の装備だ。この倉庫に警官が来たということだろうが、このサイズはなかなか大きいな」
「はい。570ミリキュビト(28.5センチ)と言う刻印がありますね」
「……そのようだね。そんなの限られてるぞ」
「では、靴をわざわざ履き替えたわけではない限りこのサイズの靴の使用者が黒幕と見るべきッス。さて警視庁の倉庫から盗まれた武器はいったいどこにあるのかッスが」
アレットは見当でもつけているのだろうか、喫茶店のテーブルに地図を広げて言った。
「自分がメルカッシュの社員なら、メルカッシュに関連する倉庫や設備にはまず置いとかないッス。何たってメルカッシュは最重要参考人(社)ッスからね。しかし真犯人は一度ここに運び込んだ上で再度どこかに移動した。メルカッシュの倉庫はあくまで『仮置きを兼ねた中継地点』。もしメルカッシュが本当に無実でも無関与でも、そうすることでメルカッシュに間違いなく罪を着せることができる、無理でも容疑者と認識させることができるッスからね」
「つまりアレットちゃんは、メルカッシュは今回の事件の犯人ではないと見ているのかい?」
「協力者である可能性も、はめられたという可能性も、今は捨てきれないッスね。でもメルカッシュは少なくとも黒幕ではないッス。警察の中にいるスパイ、あるいは警視庁の裏切り者。そして靴が示すもの。そして犯人が次に向かう場所……。それらを販売、輸出するつもりなら、犯人はガーゴイル・ダガーを積んだ輸送用コンテナを倉庫や港などの物流拠点に異動させるはず。その目的を果たすために向かうのであれば、おそらくは」
アレットが地図で指し示した場所は、『グスタフ陸運』。
「警視庁から盗んだ兵器、資料、工具。それらを移動するためには、まずはトラックを用意するはず。しかしメルカッシュはすべてのトラックを管理できていた。ゆえに外部からトラックを用意したと考えるのが妥当。つまりここ、トラック調達先と見ていい、カーレンタルもサービスに入れているグスタフ陸運に向かうッスよ!」




