第四十章 其は正義に非ず、そして革命たりえず ~事件とあらば、この探偵アレット・ドイルにお任せあれッス!~
「そう言えば、アレットは小説家でもありましたね。それはお父様譲りで?」
「まあそっちは趣味みたいなもんッス。でもここまで壮絶な旅をしてきたんッス、いっそ自費出版でいいから書籍に残したいもんッスね」
「お父様に相談してみては?」
「そッスね。んじゃ、今夜にでも」
そう言って、ふたりはとろろめかぶ丼を掻き込んで、空に至ってはお代わりを注文する。2杯目は山盛りサーモンの月見丼であった。
「ヤマトに習ったきちんとした鶏卵管理法ッスか。それがなきゃ一発で食中毒まっしぐらッスよね」
「そゆこった、探偵の嬢ちゃん。生ものは特に中りやすいから、みんなそういうことにはシビアなのさ。その上で商売やってんだ。半端なもんは出せねえってのよ」
「その商売魂と職人魂、何と素晴らしきことか! 敬意を表し、空と同じものを注文するッス!」
「まいど! サーモン月見、もう一丁!」
すると、アレットのそばでひとりの警官が立ち止まった。
「面白そうなもの出してるな。店主、僕にもそちらの方と同じものをくれ」
「お? 警官の兄ちゃんッスか。昼間からさぼりッスか?」
「違うって、これでも捜査の最中だ。だが腹が減ってはなんとやらだ」
その警官はよほど疲れているのか、溜息を吐きながらアレットの隣に腰掛ける。アレットがとろろめかぶ丼を掻き込みながらその警官を見やると、どうやらそれは見知った顔のようで。
「んー! えゅにうぬにーひゅん(ジュニアの兄ちゃん)!」
「ん? 口にものを入れながらしゃべるな。って!? 探偵ちゃんじゃないか!」
警官もアレットのことを知っているようだ。
アレットは口の中のめかぶと米粒をろくに嚙まず飲み下した。
「お久しぶりッス、ジュニアの兄ちゃん! 元気だったッスか!?」
「ああ。3年ぶりくらいかな? たくましくなった気がするよ」
アレットの前にサーモン月見丼が置かれるが、ジュニアと呼ばれた警官は「この子の分も僕が払おう」と申し出た。
「じゃあせめてめかぶ丼は自分で。そうそう、紹介しないと。……空。こちら、アルビオン警視庁の『グレッグ・レストレード・Jr警部』ッス。ジュニアの兄ちゃん、こっちはレアガルド出身の旅仲間で親友の呉空。今はあの勇者卿アルスと結婚してクー・ライトアームズって名前もあるッス」
「初めまして、呉空です」
「アレット・ドイルから紹介に与ったレストレード・Jrだ。よろしく。えーっと、勇者卿夫人と呼べばいいのかな?」
「空で構いませんよ」
「では空、改めてよろしく」
アレットとジュニアの前に月見丼が置かれ、約束通りジュニアは自分とアレットの月見丼の代金を置く。やはり魚醤をたっぷりかけた新鮮なサーモンと卵は格別なようで、三人とも「スプーンが止まらない!」と絶賛して平らげてゆく。その様がたまらなくうれしいのか、店主もにこやかだ。
そして三人同時に「ごちそうさま!」と丼とスプーンを置いた。
「ふー、食った食った! もっと食いたいところだが、これ以上食ったら午後動けなくなるからな」
「そうッス、ジュニアの兄ちゃん。捜査の途中だったんッスよね。どんな事件を?」
「そうだな。ちょっとそこの木陰で話そうか」
空とアレットは、屋台通りの途中にある街路樹の下でレストレード・Jrから彼が追っている事件を聞いた。
「もしアレットが良ければだが、久しぶりに探偵として頼りたい」
「構わないッスよ。で、どんな事件なんッスか?」
「ああ。とは言え少し話しづらい。覚悟して聞いてもらいたいんだが、きみの師匠シェリングフォードの命を奪った『あの汚職貴族』を覚えているか?」
それは、空も先日耳にしたことだ。
その存在を聞いたアレットの表情は、一気に険しくなった。
「……ええ。忘れられるはずがねえッス」
「すまない。さて今回の事件だが、『彼:元防衛庁副長官シルジエ・エクシディア』のあの事件の取引先のひとつ、『メルカッシュ錬金術工房』の動きを探っている。エクシディアがメルカッシュに開発させた『非人道兵器』が、警視庁の『証拠物件取り扱い保管庫』から持ち去られてしまったんだ。
順を追って話そう。例の武器は、きみとシェリングフォードの両名が解決したのち、我々警視庁が現品と資料と開発に利用された工具を押収し、警視庁の倉庫に保管していた。厳重なセキュリティーが施されているそこを最近何者かが開き、その武器と資料と工具を盗み出してしまったんだ。
製造元であるメルカッシュに事件の内容を話し何か知らないかと尋ねても知らぬ存ぜぬを通している。警視庁は、メルカッシュが自分の商品と財産を取り戻しにそのような蛮行に出たとにらんでいる。たとえそれが違っていたとしても、あの武器はなんとしても回収し、保管ではなく今度こそ完全消滅させてしまわなければならない」
「なるほど、分かったッス。そして、その非人道武器って?」
それがとんでもないものであった。
「ああ。その武器こそ、きみの探偵としての師匠であるシェリングフォードさんの命を奪った兇刃……。『ガーゴイル・ダガー』だ」
ガーゴイル。
それは建築において『吐水口』の役割を果たす雨どいの先にある怪物の彫刻であり、転じてガーゴイルを空想の怪物と呼ばれることもある。殺傷力の高いガーゴイル・ダガーは、『血を吐き出すコンバットナイフ』としてその名が与えられたようだ。
「あの時の……。師匠の命を奪った、あのナイフ……」
その名を聞き、アレットは青ざめるどころか灼熱の怒気をあらわにした。
「そうだ。アレット、もといレアガルド王国議会保安庁諮問探偵ドイル卿。これも何かの運命、あるいは因縁かもしれない。きみの怒りを掻き立てて捜査に協力させるつもりはない。探偵料は必ず捜査費用から捻出する。頼む、手伝ってもらいたい」
「それなら」
アレットは『怒りをこらえるような強い笑み』をレストレード・Jrに向けて返した。
「うまい月見丼っていう手付金を受け取った以上、断る理由はねえッスよ!」




