第四十章 其は正義に非ず、そして革命たりえず ~帰国前に観光しましょう。~
ジェームズ・モリアーティーおよびエドワード・ウィリアム・バートン=ライトとの出会いの翌日。
セイントクリフより程遠くない教会『ホワイトローズ大聖堂』。讃えているものは天使アーシュだが、前にも述べた通りアーシュは宗教としての信仰の対象ではなく偉業をたたえられたる英雄であり英霊である。
アルビオン人はその英雄のもとで、もう二度と足をつけることのできない大地の平和を願うことを、死ぬことへの誉れとしている。だが命を粗末にする者は、逆にその英雄が聖なる剣で魂すら塵芥に変えてしまうのだと言う。
はたしてシェリングフォードはどうなるのだろう。
ホワイトローズ大聖堂裏『共同墓地』にて、アレット、空、そしてシャーロックたちは故人の冥福を祈る。シェリングフォードは探偵となる前、筆舌に尽くしがたい迫害を受けていたとはいえ無関係な人まで巻き込んで大量殺人を犯してしまった。死んだ後にくらい、穏やかでいてもらいたいものだ。
だがシェリングフォードの墓標は、彼の名が彫られただけのあまりにも質素なものであった。
「前に帰ってきた時は、出会ったばかりの空と一緒に脱獄犯をぶっ倒したあとだったッスね」
「そうなんですか?」
「んッス。冬の間くらいは家族と、そして師匠と過ごしたかったもんで。師匠の死は悲しいッスけど、それでも師匠と出会えたから今の自分がある、その確かな真実を時たま思い出さないと、師匠に不幸者だって思われそうで」
バートン=ライトも言う。
「シェリングフォードと赤毛ちゃ、もといアレットがふたりで解決したのは、ある貴族の汚職事件だった。それもアルビオンとヤマトとの関係を根こそぎ破壊するレベルの大きな事件だった。その事件について、『男の娘ちゃん』ことキングスレイにこう聞かされたんだ。アレットは自分の未熟さを悔いて武者修行の旅に出、シェリングフォードはアレットが心配だからって彼女について行った、ってね。実はアレットがふさぎ込んでいて、その後当てのない旅に出、シェリングフォードはアレットを守るために汚職貴族のナイフに刺されて死んだというのは、ずっと後になって偶然知ったんだ。キングスレイの嘘は私を傷つけないための、そしてアレットの心を守るための方便だったのかもしれないが、そんなことより愛すべき門下生の死を知った時は目の前が真っ暗になったものだ」
「その節は、大変申し訳ございませんでした」
漆黒のドレス姿のキングスレイに、バートン=ライトは横に首を振って答えた。
「きみを責めたいわけじゃない。責めることなどできない。ただ、私利私欲のためにその立場を悪用し、爵位を持たないものを平然とさげすむ、そんな貴族制度などこの世には必要ないって常々思う。そんなもののために、善良な青年の人生は大きく狂わされたのだからね」
だが、アレットは「それは少し違う」と反論した。
「確かに、アルビオンにもレアガルドにもそういうやつらは一定数いるだろうッス。それでも貴族の本来の役目は、『国王ひとりではまとめきれない国と言う大きな集合体や議会体制を、州や地域、役職に分けて各々に管理してもらうため』ッス。それが、自分の領民に好き勝手していい、集めた税金を道楽に使っていい、立場をかさに立場の無い者を蔑んでいいって、そもそも貴族の存在意義を知らないバカがのさばっているからこんなことになるんッス」
アレットは、空、ひまり、ピエリーナとともに武功を積んでレアガルドにおける爵位を得た成り上がりである。だからこそ身を以って貴族の存在意義を知っているのであり、それを知らない世襲貴族の度し難さに腹を立てずにはいられないのである。
「貴族と言う制度、あるいは根本のシステムは必要ッス。その必要な制度を悪用する、そんなバカ貴族こそ……。いえ、ここではそういうことを議論するものではないッス。今はただ、自分が師匠に改めて冥福を祈るだけッスよ。そして」
アレットはひざまずき、今は亡き師匠シェリングフォードの質素な墓標にひざまずいた。
「師匠は探偵として誇らしく生きた。その事実だけを、自分は師匠の弟子として生涯誇りたいと思うッス」
ハーモニカ倉庫22-1B、二宮航空力学研究所。
昨日は忠八が特別講義に呼ばれたためフォーマメント州のクーリエ機導入に関する予算会議が止まってしまったが、それを再開しつつ忠八とキングスレイは新たに舞い込んできた案件にも対応する。
だが。
「……ッスか?」
「えっ?」
空は終始上の空。アレットの呼びかけに我に返ると、ブレスが何かをねだって泣いていた。
「あっ! ごめんなさい、ブレス。ありがとうございます、アレット」
「ずーっとぼーっとしてたッスよ? 師匠の話、結構ショックだったり?」
「ええ、それなりに。アレットのお師匠様がお亡くなりになっていた事実もそうですが、かの方の生い立ち、そして世襲貴族の横暴さに、いろいろ思うことがありまして」
「気持ちはうれしいッスが、今はブレス最優先。クーリエ機の導入はあくまで冗談半分のスタートだったわけッスし、ちゃんとブレスの面倒見てやるッスよ」
「はい。ありがとうございます」
このぐずり方はおっぱいかな。空は事務所の片隅を借りてブレスに授乳する。
そんな空に、アレットは尋ねた。
「今日はどうするッスか? このまま会社の手伝い、観光と土産探し、八極拳の手掛かりを探す旅、日帰りでできるものなら何でもいいッスよ?」
「では予算の許す限り観光しましょう。写真撮影もいいですし、写真パネルをあさるのもいいですね」
忠八とキングスレイは近くの造船業者から「空を飛ばない普通の船は作れないかい?」という相談を持ち掛けられていた。そのほかいくつかの装置の製造もせがまれており、経営は忙しそうだが順調そうだ。
空、ブレス、アレットがやってきたのは、『セイントクリフ食い倒れ通り』。新鮮な海の幸を毎朝直接漁港で仕入れているため、鮮度抜群の美味を楽しめる。
「さすがにこれを持ち帰ることはできないので、マツタケ同様に乾燥させたものをお土産に買っていきましょう。しかしまずは」
「そッスね。まずは腹いっぱい食うに限るッス!」
特に空はブレスに母乳を与えなければならないため、美味を押さえるだけではなく血肉になるものを率先して食べる。ある店ではあまり人気がないという『マグロの血合いのステーキ』だが味付け次第で食べることができ、サーモンの骨を網で焼いた『魚骨スナック』もノンアルコールビールとともに提供していた。「美味いんだがたまに鋭い部分で口ん中切る客いるから気ぃつけな」とのこと。
「へぇ、ヤマト発の海鮮丼屋ッスか。どれやどれや?」
「『とろろめかぶ丼』ですか。これは面白そうですね」
海鮮丼屋の主人は「このネバネバが胃腸の働きを助けて肌にもいいんだ」と猛プッシュ。武人である前に女性である空とアレットが飛びつかないわけがなく、カウンターでは『もずくクリーム』が売られていた。
「これは美肌クリームですか?」
とろろめかぶ丼を食べながら空が尋ねる。
「ああ。海藻は食べれば美味いんだがそれに気づく前までは漁師の邪魔者でな、乾燥させて砕いて肥料にしていたんだ。だが海鮮丼としてのうまさと健康効果に着目したある錬金術師が美肌ポーションにできないかって研究して、このクリームができたってわけよ」
「そうなんですね。アレット、これもお土産にしましょう。ピエリーナに見てもらえば、これをヒントに新しいポーションを開発してもらえるかもしれません」
それはいいとアレットはうなずく。
「港町アンカーボルトには、アキモフ少佐と荷運びギルドのクリストファーさんがいたッスね。あの人たちを頼れば、レアガルド産の美容食品と美容ポーションが開発できるはずッス! ……ほかの港町に先を越されてなきゃッスけど」
「アレット? それをフラグと言うのでは?」
「お! 分かって来たッスねぇ!」




