第三十九章 教授と師範、それから探偵 ~なんかいろいろ不器用な人だったんッスよ。~
そして、アレットは更に尋ねた。
「そんな師匠と、シャーロック氏はどうやって出会ったんッスか?」
――ほぅ? 勇気と根性がある。
「では話そう。有能な弁護士のおかげで5年の刑期で済んで出所した彼は、かつての自分の職場が全職員惨死の果てに倒産していたことを確かめ、就職活動をした。だが殺人鬼を雇い入れる会社などどこにもない。その就活先にかつて吾輩が探偵事務所を構えていたハーモニカ倉庫の流通センターがあったらしいのだが、そこで殺人事件が起こった。
吾輩とシェリングフォードの出会いはその殺人現場だった。吾輩が現場を見て一番に思ったのは、当時は顔も名も知らぬ彼が、死体のかたわらに無表情で突っ立っていたのが不気味で仕方がなかったと言うことだ。彼は吾輩よりも先に『その殺人事件は左利きで背が高くそれなりに金持ちの男の仕業だ』と言うことを見抜いた。普通の人なら『キャーッ、殺人事件よ!』と騒ぎ立てて終わるところを、彼は冷静に死体と周囲を観察し、しかも吾輩が探偵であることまで見抜いて報告してくれたのだ。
なんと面白い男だろう。彼と付き合えば日々は楽しくなる。事件を解決した後にバーで酒をひっかけながら彼のこれまでのことを聞き、『就職先が見つからないならうちで働けばいいじゃない』と強引に誘ったのを今でも覚えている。そして彼は探偵助手になったのだ。
その頃、吾輩はすでにきみの父アーサーとタッグを組み『小説家アーサー・コナン・ドイル』として動き出していた。シェリングフォードが参戦してからは『小説の中の吾輩』はさらに活躍するようになり、小説も売れに売れた。三分割しなければならなくなったのに逆に増えた印税で、吾輩、アーサー、そしてシェリングフォードの三人で飲んだくれたものだ。
さてシェリングフォードが吾輩の助手として働くようになった後、彼はバーティツの前に吾輩と同じ道場でボクシングを習ったのだが、ボクシングを習い始めたのは『体を動かしていないとまた過去のことを思い出してしまうから』だそうだ。彼がボクシングからバーティツに乗り換える少し前、吾輩は一種の武者修行として探偵事務所を開くことを進言した。困ったことがあれば頼ればいい、だが一度は自分の足で事件を追いかけなければ成長はない、吾輩は確かそう言ったと思う。
あとは吾輩の知るところではないが、どうやらシェリングフォードの探偵事務所を開いたのち、バーティツの道場にてアレット・ドイル、きみと出会ったようだね。あの人間不信の彼がきみのことを話すためだけに酒とつまみを持ってくるのだから、きみは相当、あの人間嫌いのひねくれ者であるシェリングフォードに気に入られたようだ」
「そう……、だったんッスか……」
空は皿洗いを終え手袋を脱ぐ。キングスレイも人数分の紅茶を淹れ、トレーに乗せて運んできた。アレットの様子が気にならないわけがない。気配を消してアレットの横顔を伺うが、アレットはただ表情を失った顔でシャーロックの話を聞き続けていた。
誰もが、アレットにかけるべき言葉を見いだせない。いや、安易にそんなことなどすべきではない。
果たして、アレットは答えた。
「自分の目にゃあ、『犬みたいな兄ちゃん』くらいにしか映ってなかったんッスけどねえ」
「何? 犬みたいな兄ちゃん、だと?」
シャーロックのオウム返しに、アレットは静かに笑って答えた。
「ご幼少のころからの迫害でメンタル病んだのは事実だろうッス。あの、人を嫌うというよりは怯えた目つき、そのくせあたしに対する不器用な親切。探偵としてはすげぇのに私生活となると雑の極み。あたしが探偵事務所の収納作ってあげようってDIYしてると手伝おうとしてオロオロして結局声をかけてすらくれない。あたしにとって師匠は、なんかいろいろ不器用な人だったんッスよ」
「そうか。吾輩のもとを去ってから変わったのだな、彼も」
「今までの話を聞いて、自分と出会った頃の師匠はシャーロック氏と出会った頃よりは丸くなってくれたんだろうなって信じたいところッス。今でも信じられないッスよ、師匠が人を惨殺したなんて、しかもその原因が……」
そこから先、声が震えて言葉にならない。
空は静かにうなずいた。
――ええ。許してはいけません。迫害や凌辱など、人として許しおけぬ蛮行です。だから生まれるんですよ。シェリングフォードさんやヤカのような悲しい人が。
そして、アレットは震える声で言った。
「もーうんざりッス。どうしてこうも人はバカで愚かなんッスかね。貴族が何だよ。立場とカネ持ってるから何だよ。生まれや立場のせいで人がこんなに惨めな思いをしていい理由がどこにあるよ。自分はライノック陛下に働きを認められて貴族になれて心底嬉しかったのに、貴族って人を足蹴にしてふんぞり返るもんじゃねえだろ。立場と責任があるんだよ。それなのに、てめーらは何を勘違いしてやがる」
アレットの震えようは尋常ではない。
アーサーたち家族、バートン=ライト、そしてサカキバラもまた、うつむいて言葉を失う。
この場で『アレットの声が震える理由』を知らないのは空だけのようだ。空は「えっ? これはどういう状況なのでしょうか?」とうろたえ、その疑問にはバートン=ライトが答えた。
「これは私もずっと後になって知ったのだが……。シェリングフォードがうちの道場に来なくなった理由、そしてアレットがレアガルドに旅立った理由……。彼は殺されたのさ、汚職貴族に。それもアレットを、彼の悪事を暴いた逆恨みの果てに殺されそうになった弟子を守る形で」
それは、5年前。
アレット、14歳。
彼女の目に映った光景は、そして後日新聞に掲載された写真に映されていた光景は。
――「うそ、でしょ、師匠……?」
アレットを抱きかかえる形で守り、背中に致死性の高いナイフを突き立てられた、将来有望な探偵の無残な姿であった。




