↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
290/328

第三十九章 教授と師範、それから探偵 ~アレット、そんなにお前の師の過去について知りたいか?~

 その夜。

 ドイル邸。

 この日のメニューは、空が陸軍で仕込まれたカレーと、『アルビオン米』をヤマト式の方法で炊き、それらを合わせたカレーライスにした(調理担当はアレット)。空は「風味こそ違うが食感はヤマトの炊き出しで食べたのと似せることができた」となかなか満足げ。ドイル家一同、シャーロック、イクミ・サカキバラ、バートン=ライトからも好評だった。特にヤマト出身のサカキバラは「故郷の料理だわ~!」と掻き込むようにして平らげて誰よりも早くおかわりを申し出た。

 食後、空とアレットは今日の出来事をドイル夫妻とシャーロックに話し、シャーロックは遠い目をしてうなずいた。

「そうか。懐かしいよ、シェリングフォードの名を聞けるなんて」

「ところで、シャーロック氏はバーティツを習ってたんッスか!?」

「いいや、吾輩は別のところでボクシングと剣術を習っていた。バーティツに興味がないこともなかったが、シェリングフォードの話を聞くに魅力的な道場とは思えなかったな。だってそうだろう、入門しては出てゆき入門しては出てゆくせわしない塾生に合わせて武術を習うなど非効率的すぎる。物好きなシェリングフォードは続けたがね。そう言えば、赤毛の女の子が根気強くて可愛いって言っていたのを今思い出した。そうか、それがきみか」

「へぇ、師匠がそんなことを。嬉しいッスねえ! ところでシャーロック氏。師匠シェリングフォードと氏はどのようなご関係で? うちのオヤジからは、自分にとってシャーロック氏は師匠の師匠って聞かされたんッスが」

 シャーロックはウイスキー(それもロック)を口にし、酒臭い息を漂わせながら答えた。

「その認識で間違いない。どちらかと言うとそうだな、名探偵ホームズシリーズの『ジョン・ワトスン』と同じポジションにいる。君の父アーサーが先のワトスンなら、シェリングフォードはアーサーに次ぐ第二のワトスンと言ったほうがいいだろう。

 彼はアーサー以上に優れた助手また相棒であり、吾輩に次ぐ探偵となりえた男だ。吾輩は自分が度し難い変人である自覚は多少持っているが、彼も彼でまた偏屈な男だったよ。彼を師匠と仰いでいたアレット、きみなら分かるだろう。

 彼は極度の人間嫌いで真実しか、いや、真実ときみしか好まないひねくれ者だ。まあ彼をそうさせたのも、アルビオンが抱える格差社会や横暴貴族を野放しにしているアルビオンの実態だがな」

 シャーロックの言葉にはアレットの知らないシェリングフォードの一面があったようで、怪訝そうな表情をして尋ねた。

「……あの、シャーロック氏。もしご存じなら、そしてよろしければ、師匠がどうしてそこまで人間不信になってしまったのか、お教え願えないッスか? 師匠ってば、自分のことになると全く話さないもんッスので」

「そうだなあ」

 そううなずき、シャーロックは周囲を見回した。もう食事も済み、奥で空とキングスレイがブレスを背負って皿洗いをしている(ゴム手袋をした空が洗ってすすぐ係)。「まぁ今ならいいか」とシャーロックは言い、話し始めた。

「きみの師匠は、シェリングフォードは、かつて人を殺している」

「えっ……!?」

 まさかの師匠の過去に酷く驚愕するアレットと、彼女ほどではないにしても驚く一同。

 どういうことなのか? シャーロックはアレットがそれでも耳をふさぐ様子を見せないことを確認して話を続ける。

「古い過去だ、吾輩もこと細かく覚えているわけではない。そして直接見たわけではなくこれは彼の談であることを先に留意してもらいたい。

 シェリングフォードは貧しい家の子でね、親子ともども貴族にいじめられたものだ。シェリングフォードの父は能力こそあるが勤め先の会社で役職がもらえず、それどころかその有能さのせいで雑務を山ほど押し付けられ、働きすぎで死んでいる。もらえるはずの遺族年金も支払われず、シェリングフォードの母は夫の稼ぎをすべて費やしてまで夫の勤め先を訴え、弁護士費用の三倍の額の慰謝料と遺族年金を手にすることができた。

 シェリングフォードが大人になってからもその差別は続いた。

 シェリングフォードの最初の勤め先は大きな錬金術工房だった。彼のほかにもサーパス(普遍人類)は多くいたが、そのサーパスに迫害を受け、錬金術師であるエルフは彼を助けようとしても周囲に阻まれ、ついに職場の同僚はシェリングフォードを辱めようと彼の着衣をコンバットナイフで引き裂いた上で写真に収めるという悪逆非道を働いてしまった。

 これにキレたシェリングフォードは同僚につかみかかり、気付いた時には彼は同僚から奪ったコンバットナイフを手にしており、錬金術工房を血の海に変えていたのだ。彼を辱めて笑った者は言うまでもなく、彼を止めに入った錬金術師、騒ぎを聞きつけた工場長に社長、通報を受けてなだれ込んだ警察官と、彼のナイフの間合いに入った者はひとりの例外もなく惨殺された。

 殺人の容疑で現行犯逮捕されたシェリングフォードは、父の代から続く上流社会からの心無い迫害を警察に訴えた。だが警察は『それでも人殺しはよくない』と彼ら家族が受けた辱めを一蹴した。

 あと彼は何を訴えただろうな? とにかくシェリングフォードは幼いころから人殺しに至るまで筆舌に尽くしがたい迫害と辱めを受けていたようだ。刑務所と言う反省するのによい場所で彼はこれまでの過去を振り返り、そしてこのような答えに至った。『人間なんぞ、クソでもくらえ』とね。そしてそれは錬金術師を含めるエルフやエヴィル、その他すべての人種も含まれている。然もありなん。錬金術師のエルフも『結果として彼を助けなかった』のだから恨まれても仕方ない。

 もっとも、吾輩に言われれば『シェリングフォードは誰を頼ればいいかもう分からなくなってそのような結論に至った』と言うことだ。シェリングフォードには同情するし哀れみもするが、もはや過去は変えられない。シェリングフォードは己の犯した罪を背負い生きるしかなくなってしまったのだ。その果てに、吾輩と出会い、きみに出会ったというわけだ。

 再説になるが、以上のことは酒の席でシェリングフォード本人から聞いたものだ。加害者一方の言い分だけでは真実は見えない。だが被害者はもはや言葉を紡げない。警察は人の痛みを理解しようとしない。だから後は、その話を聞いてきみが何を信じるか、それだけだ」

 シェリングフォードにそのような過去があったとは。一同は静かに聞くが、青い顔をするアレットは何を思うのだろう。ともに旅してきた空は、それでもアレットの心が折れないことを信じて皿を洗い続ける。

 そして、アレットは更に尋ねた。

「そんな師匠と、シャーロック氏はどうやって出会ったんッスか?」

 ――ほぅ? 勇気と根性がある。


「……では話そう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。