第三十一章 勇者の家族、暴走する! ~王都の一流ホテルにて。空、警戒心低すぎるよ?~
王都のホテル、『聖域』。
そこはまるで『城壁のない城』。豪華絢爛さを重視して防衛力など求めていないが、一方で神話の神々の住まう宮殿のように、外装も内装もカーペットもホテルマンたちの服装も一級品ばかりである。そしてアルスがカウンターで見せたたった一枚のチケットで案内された場所は、そのホテルの最上階の最高のスイートルームであった。
「ホントにあのバカ親父はどこまで何をしてくれたんだか」
「『シュトラル語(シュトラルラント語とも)』で聖域を意味する通り、本当にここは何もかもが至れり尽くせりで、メニュー表と魔導通信で何でもしてくれる、ここは本当におもてなしの集大成といった感じの部屋ですね」
「……なあ師匠。おもてなし過ぎて逆に落ち着かないんだけど?」
「同意です。とりあえず旅荷物を整理して洗濯サービスを呼びましょうか」
そして空とヴィントはベッドの上に荷物を広げるのだが、アルスはソファーの上にリュックを置いた。どうしてベッドに来ないのかと空に尋ねられるのだが。
「空、警戒心低すぎるよ?」
「はい? ここに警戒すべき敵など来るに来られないと思うのですが」
天然で空はそう返してしまった。
アルスとヴィントは「どこから突っ込んでいいんだ」と頭を抱えた。
「まあ空とヴィントは先に風呂を済ませてくれ。僕はロビーで実家宛に信書を出してくる」
「分かりました、お言葉に甘えます。それではヴィント、着替えを持って、って」
あっという間にアルスは部屋を出て行ってしまった。
「よほどお急ぎなのでしょうか。便箋も封筒もありますし、ここで書いていけばいいでしょうに」
「あのさ師匠。男の人に下着見られるの嫌じゃない?」
ヴィントにそう指摘されて数秒。
ようやく、空は自分が敵ではなく身近な男性に対する距離感に対する無慮を自覚して赤面して悶絶した。
アルスも入浴を済ませ、夕食時。
ホテル・ハイリヒトゥーム一階ホール。
「なあ勇者。部屋に夕食持ってきてもらうこともできたのに、なんでわざわざ人が混んでるところで食うのさ?」
「ああ。理由はふたつ。ひとつ:バイキングスタイルだから好きなものを好きなだけ食べられる。ふたつ:今後ライトアームズ家とお付き合いしてくださる方と良縁を結べるかもしれない。それに僕は空がおいしいものを笑顔で食べているのを見るのが好きだからね」
「ホントに結婚したわけでもないのにのろけちゃって。って言うか、どっちかっていうとあんたの方が恋する乙女だぞ」
「妹からもキモいって言われてるけど、僕ってそこまでヤバいやつかなあ?」
「いやそうじゃなくて……。その気持ち、いつかちゃんと師匠に届けばいいな」
アルスとヴィントはそれぞれ一枚の大皿に食べたいものを少しずつ取り分けて持ってきているが、空は八枚もの皿にステーキやらパスタやらサラダやらケーキやら様々なものをカートに乗せてふたりが待つテーブルに戻ってきた。
「さあ、食べますよ! いただきます!」
「いただきますじゃねえよ師匠!」
そして食事の間、勇者装束を知っているシュトラルラントの高位貴族や王府関係者がやってきてはアルスに挨拶する。アルスにとっても初対面の者が多くいたようで、その多くが先代アトラや先々代アガンの知り合いや商売相手のようだ。だが漁業関係者の豪商はライトアームズ家そのものとの付き合いがなく、別の貴族の紹介でアルスと知り合った。
「『小海獣クラーケン』ばかりが水揚げされて困っている? ああ、話を聞くにそれはタコかイカのどちらかですね。タコはゆでてぶつ切りにして酸味とスパイスのきいた調味料につけて食べると酒が進みます。イカなら胴や足を炭火で焼いて酒のつまみにするもよし、胴にライスとみじん切りにした野菜を詰めてスープで煮込んで『イカメシ』にするとおいしいです。ヤマトでは新鮮なイカをそのままスライスしてさらさらしたソース『しょうゆ』につけて『イカソーメン』として食べているとか。是非ご賞味あれ」
「ありがとうございます、レアガルドの勇者卿! そのクラーケン料理をぜひご教授いただきたく!」
「それならこの後、館内バーに来てください。タコとイカを用いた簡単な調理法をお教えいたします。そうだ。イカの加工には天日干しもありましたね。その加工法もお教えします。もしよかったら後日、イカの天日干しをライトアームズ家まで送っていただければ、後日返礼に地酒をお送りしますよ」
さすが缶詰を産業にしているだけあって、アルスは海産物の加工についても博識だ。
こうしてライトアームズ家とシュトラルラントの豪商の話は盛り上がる。こういうのが狙いかとヴィントはうなずき、空も「食べてばかりではなく貴族としてつながりを広げなければ」と積極的に周囲の人々に名乗ってゆく。
貴族や議員や豪商が「いい話ができた」と一度解散しようとした、その時だった。
「あ!? 俺が悪いってのか!?」
「どー考えてもてめーのせいだろが!」
酒に酔ったか、荒々しい男たちの怒鳴り合いが聞こえてきた。
「おい。ここは聖域じゃなかったのかよ」
「ヴィント。どこの世界にも酒のせいでダメになる大人はいるものだよ」
「ダメすぎだろ~」
すると、空が言い争いを繰り広げる男たちの間に割って入り、目の前に皿を掲げた。
「せっかくおいしい料理があるのです。いかなる争いも、それに背を向けてまずはおいしい料理を食べればひとまずは落ち着くというもの。それでも怒りが収まらぬようであれば、その続きは外でどうぞ」
「は? なんだこの田舎娘。俺がどこの誰だか分って、って!?」
空に殴りかかろうとした男の肩を、別の男がつかんで食い止めた。
「せっかくレディーが平穏無事に済ませようとしているのに、貴殿はずいぶんと乱暴だな?」
「えっ? バルムンク様!」
空、そして彼女を守ろうと間に入ったアルスが叫ぶ。
空に殴りかかろうとした男を止めたのは、昼間に会ったバルムンクだったのである。
「やあ。ここに泊まっていたのか、ご両人」
「あっ、はい。昼間はお世話になりました」
バルムンクの付き人と思われるスーツの男性が暴力男をホールからつまみ出し、彼と言い争いをしていた人物も「世話になったな」と会釈して去ってゆく。
「呉空殿。あなたの言い分はごもっともだ、おいしい料理があふれる場で暴力沙汰はよくない。そしてあなたも武術をお修めのようだが、こういう場を収集するのは僕のような者の役目だ。ごうぞごゆるりと、晩餐を楽しんでいただきたい」
「はっ、はぁ……」
空がぽかんとしていると、バルムンクは付き人を連れてホールを出て行ってしまった。
そんな空に、アルスが言う。
「すまない、空。助けに入るのが遅れた」
「いえ、アルスさん。わたしは特に何もされていませんので。しかしあのバルムンクさん。お城で剣を打っているだけあってお強いですね」
「ああ。鍛冶仕事で鍛えられた筋肉だけじゃない、普段からも武術の鍛錬を積んでいるんだろう。よい武器を鍛えるためだけか、彼もまた武の道に生きる者なのか。とにかく、テーブルに戻ろうか」
テーブルに戻ると今度は空が囲まれ、「お嬢ちゃん、度胸あるな!」「あんた、もしかして強いのか?」と質問攻めにされてしまった。
また先ほどの豪商との約束通り、アルスは部屋まで訪れた豪商をホテル内のバーに招いてタコとイカの料理を教えた。その間に空はヴィントと共に就寝支度を整えたのだが。
「ごめんなさい、アルスさん。今日はもう、寝てしまいます……」
「師匠、私がソファーで寝るから抱き着かなくていよぉ」
キングサイズあるいはダブルのベッドに空はヴィントを招いて寝たのだが、会談を終えて帰ってきたアルスは隣にある同じサイズのベッドでは寝ずに。
「ヴィント、きみがそっちのベッドを使ってもよかったのに」
アルスはリュックを枕にソファーで寝てしまった。




