第三十一章 勇者の家族、暴走する! ~空:結婚しろと言ってきています。/アレット:はぁ!?~
新年も二週間が過ぎ、貴族としてすべき方々への挨拶回りも終わった。ちなみに四人が乗った車は空の軍用蒸気駆動車ではなく、真っ黒なアルケミックエンジン搭載の高級車である(貴族としての挨拶回りにいつまでも空の軍用車を使っていては格好がつかない)。
車は新車を買ったのではなく、かつてアルケモートのライブ居酒屋クラヴィアを襲ったカリオストロ協会銃士隊から鹵獲したものだ。当初、ひまりとピエリーナはこれを使うことを反対した。「我々が敵対する者からのおこぼれみたいだ」という意見なのだが、空は「軍としては鹵獲品利用はアリです」、アレットは「これもまた自分らの実績ってやつッスよ。黙ってりゃ誰にもバレないバレない(関係者以外には)!」とあっけらかんとしていた。
それとは別に、空はさっそくアルスから与えられたミニ・ソウェルライガーの背に乗って回ったが、これは勇者卿とのつながりとして誇示する目的としてアレットから意見されたものである。空もまんざらではないようで、楽しそうに乗って雪中騎乗を楽しんだ。……あとで思い切り凍えて死にそうになったが。
そして空たちが挨拶回りを終えてリゾート・イハトヴの役員や各部門の部長たちと共に会議を開いていると、議場である領主邸ホールにメイドのヴィントが「師匠宛だって。それも急いで開けろって」と一通の封筒を持ってきた。
「分かりました。重要な案件かもしれませんので、会議を一度ストップします。ヴィント、皆さんにホットティーをお出ししてください」
「りょーかい」
空は封を切って信書に目を通す。アレットが封筒を見やれば、フォーマメント州領主陣一同ではなく空個人を名指ししている。どういうことだと裏面を見てみれば。
「え? ライトアームズ州のアトラ・ライトアームズ? 待つッス。先代勇者が空に何用っすか?」
「結婚しろと言ってきています」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げてアレットが空を見やれば、彼女は顔を真っ白にして震えていた。
「概要はこうです。呉卿よ。我が息子にして当代勇者にして当代ライトアームズ家頭首アルスは貴殿に気があるようなので、貴殿を我がライトアームズ家に迎え入れたく愚息との結婚に応じられたし。アルスさんが身内のこととなると話したがらないのは、こういうことだったのでしょうか?」
「あぁ~……。あの『純情勇者』が空に向ける気持ちがどうあれ、その気持ちを当人の許可もなくその相手にぶちまけるとか、サイテーな親ッスね」
その途端、領主邸のドアが乱暴に開け放たれた。
「まったくだ!」
「アルスさん!?」
アルスはいつ仕事を振られてもいいように普段から勇者用戦闘装束をまとい聖剣ライデイン・ナインスを装備している。だが血相を変えて飛び込んできたアルスの姿は、ひどく乱れたスーツ姿であった。
「空! この度はうちのバカ親父が申し訳ない! 全ての非はこちらにある。父の愚行をこの通り謝罪する!」
それは勇者にあるまじき土下座。追いかけてきた妹リィンも、「ごめんね空ちゃん!」と背筋を正して頭を下げる。
「それよりこれはどういうことですか!? 何もかもが唐突過ぎて何が何だかわかりません!」
「空、まさにごもっともだ。会議が終わったら時間を工面して」
「いえ、今伺います。ピエリーナ、議長をお願いできますか?」
「はっ、はいなのです……」
領主邸、かつては物置だったものを改装したイハトヴ執務室(ちなみに物置は領主邸裏に新築。渡り廊下で邸とつながっている)。
空とアレット、アルスとリィンが向かい合うようにしてソファーにかけ、ヴィントとフォレストが生姜湯を出す。寒い中走ってきたアルスたちにはこれがおあつらえ向けだ。アルスはヴィントたちに礼を述べた。
「助かるよ、ヴィント。フォレスト殿下はそんなことせずともよいでしょうに」
「気にしないでください、アルス卿。僕も今回のことは気になりますから」
「分かりました。あまり皆さんを悶々とさせたくないので、とりあえず簡潔に説明します」
要するに父にして先代であるアトラはとにかく何事も面倒くさがりで、領主も勇者の座もまだ若いアルスにすべてを託し(押しつけ)、嫁と世継ぎもせっついている。そんな折、アルスが若い女性(呉空子爵)に新年のあいさつに赴こうとしたことを察し、その相手である空とサッサと結婚してしまえと言い放ち、アルスが新年の挨拶回りで外出している間にこのような暴挙に出たようだ。
「それでアルスさん。わたしたちの結婚を止めることはできないのでしょうか? わたしもさすがに今すぐは受理できません」
「分かってる。だが僕がここでさっきの信書を握りつぶし火に投げ入れたところで事態は変わらないだろう。あのバカ親父、方々に僕たちの婚約を発表してしまったようだ。結婚式の日取りまで決めてしまっているだろうなあ、先に婚約したフォレスト殿下とヴィントを差し置いて」
「そうですか……。そうなると一気にスケジュールは崩壊します。わたしだっていつかは誰かと結婚するのだろうとは思っていましたが、そんなプランなど立てて、それ以前にそのお相手すらいなかったと言うのに」
「それだけじゃないッス」
そこにアレットが口をはさんだ。
「空は記憶喪失で天涯孤独。まだ記憶も戻っていない、両親やほかの家族が認められていない、その状況で空がライトアームズ家に嫁いだら、『呉家』はそこで終わってしまうッス。八極拳はフォレスト殿下とヴィントが受け継ぐにしても、その源流が消えてしまうというのは空や空の本当の家族に申し訳が立たないかと」
「アレット。そこまでわたしのことを」
「当然ッスよ。自分らはアルミスセントラルからの長い付き合いじゃないッスか!」
べしべしと無遠慮に空の背中を叩くアレット。やはりふたりの間の絆は強固なものだと、アルスとリィンはふっと微笑む。
「ところで、殿下とヴィントの結婚式の日取りは決まっているのか?」
「いえ。ふたりとも成人前ですので、双方が成人を迎えたあとになるでしょうから数年先です。婚約発表式は新年祝賀会の発表とはまた別に、『婚約祝賀会』と名を改めてライノック陛下が指揮を執って行うそうです」
「そうか。しかし本当にどうしよう。あのバカ親父め……」
その場の六人とも唸って頭を抱える。ついに生姜湯が切れ、ヴィントはヤマトから取り寄せた茶ノ木の葉から淹れた緑茶を用意して全員に配った。
「ふう……。ヴィント、淹れ方が上手になりましたね。本場ヤマトで味わった味と遜色ありません」
「ありがと、師匠。ひまりお姉ちゃんにも喜んでもらえたんだ。んで師匠、結婚どうすんだよ?」
「それですが……、アルスさんさえよろしければ」
空は湯呑を置き、背筋を正してアルスに言った。
「先代様からのお誘い、お受けしたいと思います」
「そっ、それって!?」
ライトアームズ家への嫁入りを決意した、と言うことになるが。
「アレット。リゾート・イハトヴの運営会議が終了し次第、領主陣とイハトヴ取締役員を集めて会議を開きます。わたしばかりここを開けて申し訳ないのですが、今度の旅はライトアームズ州へのご挨拶と言う、絶対に避けて通れない旅になりそうです」




