プロローグ 苦悩の勇者 ~兄貴ぃー、キモいぞぉー。~
当代勇者、第九代ライトアームズ伯爵家頭首、アルス・ライトアームズ。
実の妹リィンから「キモい」「(空の)ストーカー」と評される彼だが、少し前は違っていた。
この話は、空との出会いより少し前となるのだが、それとともにライトアームズ州の成り立ちについても語ろう。
約二百七十年前。
レアガルド王国に、太陽国出身の若者が訪れた。
彼が修行の旅の途中で立ち寄ったレアガルド王国は、当時のアルビオン王国からの『第二次侵略(GDP戦争の結果とレアガルドの独立を受け入れなった過激派による暴動)』を受けていた。若者はただの旅人ながら戦争の最前線に立って防衛の知恵を現地人に授け、徒手空拳と各種武器による戦い方を教え、自らも「武者修行ついでだ!」と勇んで侵略者たちを返り討ちにしてゆく。
その功績を当時のレアガルド国王初代領主『レアガルド一世』に認められ、小さいながらも領土を得た。若者は武者修行があるとそれを拒んだが、当時の国王は「我が国が侵略を受けた際の知恵と力と勇気を欲する。また吾輩が、そして我が後継者が暴君となり果てた時、我らを見限って構わない」と言う条件を出し、それを受け入れた若者は領主となり、騎士の爵位と『勇者の称号』を得た。
若者の名を『アイル・シュナ(守那族のアイル)』。そして当時の国王から与えられた家名はライトアームズ。アイル・シュナ・ライトアームズこそ、初代勇者卿にして初代ライトアームズ州領主である。
そこから勇者アイルは現地人の農民の女性と結婚し、子を設け、太陽国の武術『太陽手』を継承させ、年あるいは数年置きに太陽国への帰郷を習慣とした。アイルはヤマトの古流剣術も体に通しており、大岑や大陸西方の剣術のエッセンスを取り入れたライトアームズ流剣術も開発し、太陽手及びライトアームズ流剣術の継承と太陽国訪問は、第九代のアルスまで続く。
さて、そのアルスなのだが。
「アルス。お前はいつになったら嫁を貰うんだ?」
家に帰れば父親『アトラ・ライトアームズ』がそればかり。普通そういうのって母親のセリフじゃないか? とアルス&リィン兄妹は思うのだが、アルスは冒険者装束を脱いで貴族らしいスーツに着替えて面倒くさそうに答えた。
「全く自分勝手なんだから。僕はまだいろいろ友人たちと一緒にやりたいことがあったのに、領主の座も、事務仕事も、みんないっぺんに押し付けて自分は隠居。そのくせさっさと嫁もらえって、僕いくつだと思ってるんだ? 21だよ? もう少し友人たちとバカ騒ぎしてもいいだろ? 王都の大学に通ってもいいだろ? 多分僕が上流貴族の中で一番頭悪いって自信あるよ。拳法と剣術なら誰にも負けない自信はあるけどさ。……じいちゃん以外」
実はアルス、高校は卒業したが大学は勝手に退学させられていた。サークルでは『太陽手同好会』を設立し、ともに悪しきを挫き弱きを助けの精神をはぐくもうじゃないかと意気込んでいたところなのだ。だからはっきり言って、いや言えないが、
――勇者継承なんてもう少し先のことだと思ってた。頭首の座なんてもっと先だ。正直、あこがれの勇者も今じゃメンドいだけなんだよなあ! このメンド臭がりのせいで!
と言うのがアルスの本音だ。
ちなみに母親『フィリオネ・ライトアームズ』は、父ほど催促することはないものの「まあかわいいお嫁さんを連れてきてくれるなら大歓迎よ~。せめて第二正妃まで欲しいわね~」などと言っている。アルスは「いや子孫繁栄家名存続ならひとりの嫁さんにたくさん産んでもらえばいいだけじゃないか」と反論するが、それを聞いた出産経験者(=母)は「女にそんな苦労を強いるの?」と鬼の形相となった。
「ったく。で? 勇者って具体的に何すりゃいいのさ。せめて家名存続のためには、父さんがこれまでやってきた事業を全部受け継いでパンクしない程度には勉強しなきゃだしさあ」
「そんなもん、国王陛下のためにテキトーに戦っとけ」
「……なぁリィン。僕は今、初めて親不孝なことを言うぞ。この親、バカだ」
「ドーカン」
アルス・ライトアームズ。
それなりに普通に健康健全に、それでいて正義感は強く戦えば向かうところ敵なし、そんな誰もが認める好青年に育ったが、実は勇者と言う肩書をひどく重く感じていた。そして、嫁さんなんて大学を出て父の跡を継いでそれなりに自分で広くそつなくこなせるようになって、その後だと思っていた。
それなのに。
そのわずか数か月後、パーティーメンバーである『剛槍のゴールドメイル』がアルミスセントラルでバカ騒ぎを起こし、その慰謝料代わりにゴールドメイルの決闘相手に軍事蒸気駆動車を買い与えなければならなくなった相手が、あまりにも可愛くて。
「ありがとうございます」
物静かだが礼儀正しく可憐で純粋な笑みを浮かべる女性兵士にして新米冒険者の呉空と出会ってしまった。そして。
「……車って、どうすれば動くのですか?」
そのド天然ぶりにとどめを刺されてしまった。
その一年半後の冬。
年を越し、新年早々父のアトラは「今年こそは嫁を、跡取りを!」とお祝いムードをぶち壊す発言から始まった。
「だーもー。僕正直家に居たくない。勇者パーティーメンバーと酒飲んでた方がまだマシだ。あいさつ回りは父さん、あんたが行ってくれ。曲がりなりにも二年前までは勇者だったんだからさ」
「は? 面倒だからお前に勇者の称号と頭首の座を譲ったのに、なんでそんなことしなきゃならんのだ」
「リィン。二度目の親不孝な発言を許せ。僕らの父は最低だ」
「最低かどうかはさておき、ぐーたらなのは認める。実際、あたしたちが太陽手を習ったのだっておじいちゃんからだったしね」
そしてアルスは、スーツを脱いで勇者用戦闘装束に着替えた。
「アルス、こんな雪の中どこに行く?」
「仲間と一緒にクエスト探しだよ。勇者だからこそ盗賊や害獣被害じゃないところで役に立ちたいんだ。それに、新年のあいさつをしたい人もいるからね」
「戦闘装束の上に立派な冒険用コートを羽織り、長剣ライデイン・ナインスを丹念に磨き、鏡の前で装備を微調整した。その様子に父は何か悟ったようだ。
「さては、女に会いに行くな」
「は?」
「お前の彼女か? 恋人か?」
父のその質問に、それまでうっとおしそうにしていたアルスは急にうろたえた。
「ままっ、まさか! そっ、しょんにゃ、わけ、ないってにゃ!」
「兄貴ネコになってる!」
「ホー……。その狼狽えよう、本気と見た」
「ほっ、本気って何が? 何が!?」
「惚れてるな」
「ほっ!? いっ、いやあ、まあ、同じ冒険者として武人として尊敬はしているよ? 女性ながら戦えば強いし正義感もあるし礼儀正しいし、少し前の交流試合では僕と引き分けたくらいの実力者だし、僕ももっと研鑽を積まないとって思い直させてくれた人だ。でも惚れてるって、まあ、ねえ!?」
その一気にまくしたてるようなアルスの言動に、父はにやりと笑い、リィンは「もう認めてるようなもんじゃん」と呆れた。
「お前ら、もう結婚してしまえよ。新婚旅行のプランは用意してやる。それで? お前が好いたその女性はどこの誰だ? 何だったら爵位を持たない平民だって許して」
その時、邸内に冷たい風が雪と共に吹き込んできた。
「……おーい兄貴ぃ~」
勇者は、逃げ出した。




