第三十章 進撃の八卦陣 ~僕が指揮する『八卦陣』戦法、無敵の陣形だよ!~
ギャルドの命令で、武装社員たちは一斉に小銃を構える。
敵が銃撃を仕掛けてくることなど先刻承知。むしろこのご時世に飛び道具や火力を使わない戦争はない。フォレストは冒険者パーティー動乱の風の全員に命じた。
「『八卦陣』展開! 『防御姿勢』!」
雨のように銃弾が飛来する。だがそれに先んじて、かき集めの冒険者は防弾ガラスシールドをまるで城壁のように並べて展開する。これならばいくら銃弾が飛んで来ようとタービュランスの防御を崩すことはできない。
その時、八卦陣中央にいたピエリーナが社屋天井に向かって何発かアークルバレットを放った。すると、鉄骨からロープに吊られてヘルメットの作業員がぶら下がってきた。
「上空からの攻撃もぬかりないのです!」
「……後方も大丈夫。任せてくれ」
ピエリーナは頭上、進撃の狼のタビトが工場入り口からの帰還敵兵を迎え撃つ。
ギャルドは次なる手に出た。
「手榴弾だ、デカいのぶちかませ!」
「対火力魔法!」
「まーかせてっ!」
フォレストの命令でアルスの妹リィン、仲間のフリューゲルが風魔法を展開。タービュランスの陣に投げ込まれた手榴弾は陣内部に届かず、防弾ガラスシールドの前に落ちて爆発した。そしてその破片も爆風も、これまた風魔法に防がれてしまった。
「風魔法、『ウィンドフィールド』!」
「風魔術、『ウィンドバリア』!」
だが魔法や魔術だけではない。
「『剛槍のゴールドメイル』の底力思い知れ! 槍術、『地割り』!」
それはゴールドメイルがかつて空に繰り出した二撃目。空にはかわされたが、綺麗な放物線を描き飛んでくる手榴弾など歴戦の槍使いに通じるはずもなく叩き落され、ガラスシールドの前で爆発して果てた。
敵火力は一切通じない。であれば更なる火力を投じるか、ギャルドは思案した。
「社長、どうします!?」
「あいつらのガラスシールドと風魔法、結構やりますよ!」
「槍使いもっす! あいつは勇者パーティーの手練れっすよ!」
「だったらもうクレーンとフォークリフトぶつけろ! いくら何でも重量のあるものには対処できないはずだ! とにかく敵陣の防御姿勢を崩せ、そこから総攻撃だ!」
「了解しました!」
クレーンとフォークリフト(これもゴーレムである)であれば非武装社員でも対応可能(免状の有無はともかく)。これではガラスシールドや魔法や魔術、拳銃や自動小銃などではどうにもできない。
だが。
「八卦陣、『回避行動』! 3時と9時に分かれ!」
フォレストの命令で八卦陣は左右に分裂し、突っ込んでくるフォークリフトを回避。そしてフォークリフトを操縦する社員に空とロビンが槍術『冲推』と剣術『鋭角』を食らわせ、フォークリフト一機を黙らせることに成功した。
「やりましたね、ロビンさん」
「ああ、空。この調子でいこうか」
続くフォークリフト作業員は怖気付いている。
「クレーンで鉄球落としたらあああ!」
「『基本陣形回帰』! 『全体行動』、9時の方角!」
フォレストの命令通り、陣形も武装も崩すことなくタービュランスは陣ごと真横に移動、クレーンの鉄球は届かない。
ここで進撃の狼のベテルギウスが、機械剣デュランダルを抜き魔術を発動させた。
「『閃刃』!」
周囲に誰もいないことを確認して大きく振りかぶり思い切り投擲した。プラズマをまとった機械剣デュランダルはクレーンのアークル伝導ケーブルを切断し、ベテルギウスの右手首とつながれたワイヤーによって引き戻された。
「悪い、王子様。勝手な行動をとった」
「本来なら注意すべきところかもしれませんけど、結果よければすべてよしです。脅威を払ってくれたこと、感謝します」
フォークリフト、蒸気駆動車、火炎放射器、消火器、手あたり次第投げつける掃除道具、何もかもが通じない。それはすべて、フォレストが指揮する八卦陣とタービュランス一同のチームワークによる成果である。
ここまでやっても誰も死なないどころか傷ひとつ負わない。ギャルドは唖然となってつぶやいた。
「お……、お前らなんなんだ……? 八卦陣っていったい、なんなんだ……!?」
「お? 攻撃の手がやみましたね。では説明しましょう! 八卦陣とは、大岑帝国の歴史小説『ウォー・オブ・ザ・レッドクリフ』の登場人物、実在の軍司『諸葛亮』が戦場で使った戦術です!」
これこそが、キングスレイがタービュランスに伝授した戦法である。
八卦陣と大岑帝国の過去。
大岑帝国は今の形ではなく、かつていくつかの国が統一されたものであり、そのうちの『曹魏・孫呉・蜀漢の三つの国』が三十と余年にわたる大戦争を繰り広げていた。その戦争の歴史は『三国志』と言う歴史書にまとめられ、その歴史書をもとにした小説がウォー・オブ・ザ・レッドクリフとして世界中で出版されたのである。
蜀漢はかつて『後漢』と言ったが、後が滅んだあとは『武将・劉備』が蜀を建国して初代皇帝に即位した。そんな劉を支えたのが、軍司・諸葛亮(字:孔明)である。諸葛は戦争だけではなく、様々な面でその優れた頭脳を駆使して劉を支えた。
そんな諸葛が戦争で用いた戦法こそ、八卦陣である。その戦術は、簡単に言えば対峙する敵勢力と戦場に適した兵力と装備を置き、緻密な計算と確かな戦術の下、戦争を有利に運ぶものである。そもそも『八卦』とは『世界の在り方・神羅万象』を意味し、戦場もまた世界の一部であるならば、その小さな世界を統べるためにどのような戦力を置くべきか、どのようにふるまうべきか、八卦陣はそのような『八卦の思想』に由来するものである。もっとも、キングスレイとフォレストによる若干のアレンジは施されているが。
「つまりあなたたちの火力は、僕たちに一生届かないと思ってください。八卦陣、『攻撃姿勢』! できるだけ非殺傷でお願いします!」
建屋上部に敵はいない。ピエリーナも二丁拳銃を前方に構え、進撃の狼のメイサとタビト、ガムラン冒険隊の隊員が一気に弾薬や魔術を放つ。タビトがそれまで守っていた後方は、ベラトリクスたちショートレンジ攻撃を得意とする者に任せた。
「ガン=カタ、『二挺拳銃』!」
「火炎魔術、『ファイヤーボール』!」
「錬金術、『三尺玉』。殺すなって言うからこれで我慢してやるよ」
タビト、実は花火師の免状も持っている。
タービュランスによる攻撃は全弾ボナパルト社員を牽制することに成功した。敵が姿勢を崩している間に、フォレストの命令で八卦陣は彼らに向かってゆく。
「八卦陣、『包囲姿勢』! 一網打尽です!」
「逃げる奴は俺の下敷きになると思いやがれ!」
進撃の狼のアルミラムが恐れをなして逃げようとする社員をその盾で薙ぎ払い、包囲網の只中に放り込んだ。誰ひとり逃がさず、ボナパルト重工業の社員は社長ギャルドを含めて包囲されてしまった。
「ぐぬぬぬ……。こうなったら」
「させないのです!」
ピエリーナは社員全員に錬金術由来の液体を振り撒き、途端に社員たちはバタバタと倒れて行ってしまった。それは、かつてゴキブリ傭兵団に使ったものと同じ眠り薬である。
「また自爆されたらたまらないのです」
そしてベラトリクスなど鋭い刃物を持っている者が社員たちから着衣を奪い去り、ベルトを切るなどして戦慄の救国団メンバーズカードや自爆スイッチなどを取り上げた。おそらく爆薬は腹部に装備しているか飲み込んでいる、あるいは体内に移植されているだろうと、使者の死体を解析したキングスレイに見抜かれていたのだ。
だが。
「アリー(アレット)を守るために必死で解剖学とか爆薬製造法とかテロの手口とか勉強したけど、実際に目の当たりにするときついんだよねぇ、死体って」
これもまた病的なシスコンの産物かと、空は若干呆れた。
レアガルド王国フォーマメント州、領主邸。
「ぴぇくし!」
アレットはひまりから教わった『ヤマトの計算機・そろばん』で会計帳簿をつけていると、何の前触れもなくくしゃみしてしまった。
「アレット? 別段寒くはござらんし、屋敷の空気を入れ替えるべきでござろうか」
「お気遣いどうもッス。そッスねぇ、空気の入れ替えついでに気分転換もするべきかもッスね。ひまりは紅茶どッスか?」
「頂戴致そう。拙者は茶菓子を用意すると致そう。それにしても」
ひまりの返事を受け取るなり鼻歌を歌いながらアレットはキッチンに向かってゆく。
ホールの長テーブルの上には、二宮忠八の協力を得て販売され始めたタマムシ型飛行器の模型がある。忠八の会社・二宮航空力学研究所は、アレットの兄キングスレイが副社長を務めている。そしてアレットがつけていた帳簿は、一切の間違いもなく数字もきれいに並んでいる。くしゃみのせいで、それまで並んでいたそろばんの珠はバラバラになってしまったが。
「アレット、何ゆえ銭を用いた勘定はできぬくせに、帳簿は一切の間違いもなくつけられるのでござろう?」
八卦陣(八卦の陣)に関する参考資料:
映画『レッドクリフ Part1』
呉宇森監督作品
諸葛孔明の八卦の陣とは?構造・図https://chinese-history-dokuzisyukan.com/syokatukoumei-hakkenozin/解・演義と史実の違いをわかりやすく解説(シャオファの中国史より)




