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第二十九章 白き石と新たなる刺客 ~みんな助かったんだ。今はそれでいいじゃん。~

 その夜。

「んぅ……?」

 ヴィントが目覚めた場所はテントの中だった。

「あれ……? 私、どうして……? って」

 寝ぼけ眼で頭を抱えるヴィントだが、気絶する前に起こった大惨事を思い出し、再び吐き気に襲われた。だが何とかそれをこらえてテントの外に出てみれば、そこは月夜の下のサンジェルマン伯爵邸(廃城)の庭、駐車スペースであった。

「ん? ああ、おはようございます、ヴィント」

 空は難燃性キャンプ用タープの下で焚火をしながらスープを作っていた。

「師匠。おはようってもう夜じゃんか」

「そうですね。……そうでした、咽喉(いんこう)炎症防止ポーションをピエリーナが調合して飲ませてくれました。あとでお礼を言ってくださいね」

「わっ、分かったよ。……はぁ、いい匂い」

「ヴィントと、明日と言うか今日の朝の分です。みんなもう寝てしまいましたから」

「は? 今何時?」

「一大事です」

「師匠も冗談を言うようになったな。私のイメージだと一切通じない真面目過ぎ人間って感じだったけど」

「あはは。自分でもその自覚はありますし、冗談は時に運用を間違えて人を傷つけることもあります。だからかすかにボケるくらいにとどめて、冗談はあまり言わないようにしています」

「そうだったんだ。師匠、気配りの達人だからな。食にがめつい以外は」

「自覚はありますが、ひとこと余計です。なんて」

「アレットお姉ちゃんも冗談球に言うけど」

「アレットの冗談は、確かに寒いですが人を不用意に傷つけることはありませんから」

 空にとって、アレットの「賞金首をさらし首」発言は自身の伝説に残る『極寒ギャグ』である。

 そして、こうして夜中に起きてくるであろうヴィントのためにスープを作っていることも、ヴィントにキャンプチェアを用意していたことも、また気配りである。

「でも食べることは大事ですよ。今を生きるため、そして英気を養うために。お口に合わなかったとしても、今は食べてください」

「師匠の料理がマズかったことなんて、一回もないよ」

「ありがとうございます。でもわたしは、生きるためにいろんなものを口にしました。アレットと出会う前の放浪生活では火を通さない魚を食べて数日腹痛にさいなまれ、サンティーエ帝国の兵士の槍を借りてクマを仕留めて血なまぐさい肉をむさぼり、その血の匂いに誘われてやってきた肉食獣たちと肉を分け合い、砂漠ではネズミを仕留めて絶望的に臭い血肉を口にして生きながらえましたね」

「すげーサバイバル。最悪、食中毒と寄生虫感染で死んでんぞ」

「獣に寝首を欠かれなかったことを含め、幸運だったと言わざるを得ません。そうです。人間社会より外に出れば、この世は所詮弱肉強食。強き者が弱き者の血肉を食らい、今を生きているのです。

 しかし弱き者が悪いわけではありません。弱き者もまた野菜や果物、穀物や草木、そういったものを口にして生きながらえ、小さな虫たちや植物もまた大地の養分を吸って生き、大地は命尽きた者の骸を養分とし、命はアークルと共に循環する。わたしたち人間はその中の頂点にいるのではありません。地球に生きる命の一種として、時に食らい時に食らわれ、必死に生きているんです。ほかの動物より知恵が回り、手先が器用であるだけに過ぎません。

 大きな自然の力には抗いようもなく、わたしたちは誰かに育てられ、死ねば誰かの糧になる。それでも死にたくないと願うのは、今を充実して生き、死ぬ時に我が生涯に悔いなしと笑うためでしょう。ある時その答えにたどり着き、それでもなお、わたしは生きることに執着したいのです。失った記憶を取り戻し、世界の美食を味わい、そして今はアレットをはじめとする仲間と世界を旅し、ヴィントやフォレスト殿下の成長を喜びたいから。

 ……生きることはかくも残酷で、かくも美しい。そんな大事なことを忘れてしまいがちだから、こうして穏やかな時間に思い出すことにしているんですよ」

 そして空も、スープを口にする。味見程度なのか、レードルの先を少しすする程度しかすくっていない。

「おいしいです」

「そっか。朝が楽しみだよ。眠れなさそうだけど」

「今日は衝撃的なことが起こったんです、無理に心を落ち着かせる必要はありません。ただ」

「ただ?」

 空は『魔導ウォータージャグ(水を持ち運ぶのではなく空気中から水分を集める魔術が付与されている)』から出る水でレードルをすすぎ、魔導コンロの冷却魔術を発動させた。

「今はわたしが冷静ではありません。ガムランさんが助けてくださらなければ、今頃我々も使者と同じように爆散していたことでしょう。ヴィントも、フォレスト殿下も守れませんでした。もしガムランさんが彼の自爆に気付いてくださらかったらと思うと、震えが止まらなくなるんです」

「でも、それは師匠のせいじゃ」

「いえ、彼と対峙していたわたしの落ち度です。カリオストロと奴らの目的を追うことばかりに気を取られ、身の危険を察することができなかった、功夫が足りなかったことの証です。だから何を反省すべきか、あなたの料理を作りながらずっと考えていました」

「……そっか。それで師匠、何か分かったの?」

「いえ、何も。あまりにも衝撃的なことが起こりすぎて、使者の最期を思い出すことができないんです。……あははははは。わたしはまた記憶喪失になってしまったようです」

「それこそ師匠のせいじゃないってば。でもさ。みんな助かったんだ。今はそれでいいじゃん」

「そうですね。……もういい感じに冷めたでしょう。でも火傷には気を付けてくださいね」

 空はレードルでスープを掬い、スープカップにそそいでヴィントに差し出した。

 ヴィントはスープの香りをかぎ、スープをひと口。そして一緒に受け取ったスプーンでスライスされたマッシュルームとミートボールを掬って食べる。

「うん。師匠の料理はいつもおいしいや」

「ありがとうございます。もう眠れないでしょうが、心はまだ疲れているはずです。ぼーっとするくらいで休むといいでしょう。一応、朝になったらお風呂に入ってくださいね」

「分かったよ。師匠もありがと」

「どういたしまして」

 空はタープから出て夜空を見上げる。

 廃墟同然のサンジェルマン伯爵邸と、月と星々の光に照らされる庭園の植物たち。空たちを外敵から守るように生い茂る森の木々。そして、空たちのテントに群がる夜行性の動物たち。猫やフクロウなどおとなしめの動物たちが、肉団子をつまんで空に甘えてくる。普段からサンジェルマンが可愛がっているのだろう、誰もが人懐っこい。

「あなたたちからいただいた命を、我々は生きるために使い続けます。決して破壊のための道具のエネルギー源などにさせません。我々人間はいつでも、あなたたちに敬意と感謝を払いながら生きねばならないのですから」

 空は一匹の猫を拾い上げ、抱きしめて撫でた。

 空の手のひらに伝わるぬくもりは命のぬくもり。

 それは、とても尊いものだ。

 尊いものは守らなければならない。それは力を持った者の宿命であり、使命である。

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