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第二十九章 白き石と新たなる刺客 ~閣下の御為、それはどういうことですか?~

 銃弾に倒れた一団の中にも生存者はおり、カファールも重症ながらピエリーナのポーションでわずかながら回復した。またカファール率いる『ゴキブリ傭兵団』の目的は、空の推理通りにホワイトエリクシルの強奪と技術者の拉致であった。そして。

「確かカリオストロと言ったな。俺の依頼主がそれに通じているかどうかは知らんが、『使者』が俺たちの雇い主だ。そして今、お前たちの生首と生け捕りにしたそこの錬金術師の身柄を届けるのを、キリンのように首を長くして待っているはずだ。だがしくじれば命はねえ。残念な報告してどう殺されるのかは知らねえが、ここで死ぬも帰って死ぬも同じことよ。俺たちの命、いっそ伝説の賢者の石にでもしちまってくれ」

「その潔さは見事です。しかし別の形で償ってください。まだあなたたちには使者なる者のもとへ案内していただかなくてはなりませんから。それにわたしたちがここにいるのは、ホワイトエリクシルの錬成と、盗まれたそれの奪還のためです。そうですね……。サンジェルマン伯爵。彼らから武装を取り上げたら、彼らを雇うのはいかがでしょうか?」

 空の提案に、サンジェルマンは恐る恐る答えた。

「そう、だねえ……。一度ボクを狙ったやつだからねえ」

 すると、ゴキブリ傭兵団のうちのひとりが答えた。

「俺たちは傭兵だ、カネや利益で動く。俺たちにとって今の利は生きることだ。生かしてくれるってなら恩に報いる。それに、俺らだって若く未来のある女の子たちを殺したくないんだ。あとは錬金術師サンジェルマン、あんたに従おう」

「わ、わかった。きみたちを信じるよ。ただしこちらもいくつか交渉したい。まずは全員武器を捨てて、自力で動ける人だけリアクターのそばに来てくれ。マルゲリータ卿には常時武器を携帯してもらい、きみらはボクと彼女の指示で動いてくれないか。さて呉卿。傭兵の依頼主は、きみに任せちゃっていいかい?」

「わかりましたが、サンティーエ共和国議会にさらなるギャラの上乗せを要求します」

「申請はしてみるよ。ボクの懐が痛むわけじゃないしね。じゃあ、気をつけて」


 ゴキブリ傭兵団は、どこかから盗んだ軍事蒸気駆動バギーを使っていた。

 空の一撃を受けてまともに動けないカファールは助手席にかけ、動ける傭兵がバギーを城の中に入れ、自力で動けない、あるいは満足に動けない傭兵とともに空たちは荷台に乗り込み、麻袋に入って死体のふりをした。サンジェルマン、ピエリーナ、非武装の傭兵たちは完成したホワイトエリクシルの採取と新たなるエリクシルを錬成するためのフィラメントを設置する準備をしていることだろう。

 走ること三十分。

 バギーはサンジェルマン伯爵邸(遠目にはもはや廃墟にしか見えない)を見通せる丘にやってきた。丘の頂上では三人の男がおり、ふたりはゴキブリ傭兵団のメンバーであり、パダーノ製スーツと漆黒のマントを身にまとう背の高い男が使者である。

 ゴキブリ盗賊団のドライバーの男は、車から降りて使者に言った。

「使者、依頼は達成した。サンジェルマンを警護していた冒険者の一団の死体と、ホワイトエリクシルのレシピファイルだ。さらうべき相手はうちのバカが殺しちまったが、そいつはリーダーが粛清した。ギャラは半分でいいぜ」

「よくやった。それをもとに『新型兵器の開発』を推し進め、『人類救済のための暁鐘(ぎょうしょう)』の完成を実現させる。すべては『閣下』の御為(おんため)に」

 ――閣下。ひょっとしてそれがカリオストロってやつか? まあ、今はいいや。

「そうか。ますますのご発展を期待する。そして今後も俺たちゴキブリ傭兵団をご贔屓に。……未来があれば、だがな」

「ん? それはどういう」

 その時、使者の首に鋭い刃が触れた。

「動かないでください、使者とやら。あなたには聞きたいことが山ほどあるので、お願いですのでわたしの手で殺させないでください」

「貴様!? 生きていたのか!?」

 それは、麻袋を脱いで使者の背後に立った空の槍であった。

「ええ。これまでのことはすべて我々の芝居。すべてはホワイトエリクシルを悪しきものに渡らせぬこと、そしてあなた方の目的を阻止することにあります」

 使者を警護していた傭兵はアークルソレノイド自動小銃を空に向けるが、助手席にかけるカファールが「やめろ!」と声を張り上げ彼らの構えを解かせた。

「団長、これはどういうことです?」

「俺たちはこの冒険者たちに負けたんだ。そしてそれより彼女らが、いや、サンティーエ共和国議会が俺たちの雇い主だ。一度はサンジェルマン伯爵を狙った身だ、金が支払われるかは分からん。だがせっかく拾った命だ、俺たちが生きる世界を守るために使おうじゃねえか」

 バギーの両脇には、ヴィント、フォレスト、リューン、ガムランも立った。空どころか全員生きていたと知り、使者は不機嫌をあらわにした。

「双眼鏡で見ていたが、死んだふりだったか……!」

 そしてカファールは言い放った。

「俺はこの依頼、最初から気に入らなかったんだよ、使者。俺は人間こそ大嫌(でえきれ)ぇだが自然は大好きだ。野も山も、草花や動物たち、海や川に生える水草や、その陰で生きる魚たち。人間を襲う熊さえもな。そんな奴らから少しずつ分けてもらったアークルを、命のかけらを、こんなに美しいものを、まさか殺戮兵器のエネルギー源に使おうだなんてな。てめーや閣下ってやつは何を考えてやがる!?」

 カファールは助手席にかけながら、ホワイトエリクシル、まさに生命力の美しい結晶を掲げる。これは確かに、大地から分けてもらった命のかけらなのだ。

「決まっている。世界に均衡をもたらすための事業だ」

「そういう答えは結構。俺はな、お前らの人間性を疑っている。いや、お前らは人間じゃねえ。地を這う俺様(ゴキブリ)の足元にも及ばねえ、命としてはクズだ。クズ以下だ。まだミジンコの方が可愛い。まだカビの方がチーズを育ててくれるからありがてえ。まだウンコの方が畑にまいて野菜の栄養になるから役に立つ。てめえらはどうだ。地球を食い物にするしか能のない、汚物以下の存在だろうが」

「その汚物と貴様らの何が違う? 人の命を奪った金で食っている事実に何の違いがある?」

「ああ違わねえ。だから俺は過去の名を捨てゴキブリと名乗っている。だがそのゴキブリさえ大地と共に生きているんだ。人が出したゴミ食って生きてんだ。だからこそ許せねえ。俺たちを食わせてくれているそもそもの根源である地球から奪ったエネルギーを、人を殺すしか能のねえ兵器に使おうとしている貴様らがな。空。こいつがカリオストロとやらについて吐かなきゃ殺せ。こんな奴、生きる価値もねえ。人間として最底辺の俺が、こいつの沙汰を決めてやる」

 カファールに言われ、空は槍を引いた。

「……使者」

 空に呼ばれ、使者は彼女を見やった。

「あなたに問うことは三つです。先に奪ったホワイトエリクシルのありかとあなた方の拠点はどこですか? ホワイトエリクシルを使った兵器とは何なのですか? そして、あなたが閣下と呼ぶ者はカリオストロ二世フランソワ・バルサモのことですか?」

「すべての問いに同時に答えよう。教えるつもりは毛頭ない」

「分かりました。ではあなたには何の用もありません。しかし尋問にはかけさせてもらいます」

「尋問だと?」

「ええ。……わたしの国、レアガルド王国には、探偵アレットも心底震え上がるほどの方法でむごたらしい尋問をする『尋問官』がいます。あなたはそれに耐えられますか? その自信がおありであれば、死ぬことなくレアガルドまで」

 その時だった。

「ぬん!」

 ガムランが唐突に動き、使者の頭に強烈な蹴りを入れた。

「ガムランさん!?」

「伏せろ! 全員伏せろ、バギーの陰に隠れろ!」

「はっ……、はい!」

 直後、使者が蹴り飛ばされたあたりで大爆発が起こった。

 爆風がやみ、空たちやゴキブリ傭兵団の団員たちが顔を上げる。爆心地を見やれば地面がえぐれるほどの爆発が起こっており、周囲には人の血肉が散らばっていた。空のそばには、配線と思われる金属ケーブルと内臓らしき肉の塊が落ちていた。

 この悪夢のような有様に、リューンは甲高い悲鳴を上げて叫び、ヴィントはひどく青ざめて震え上がり、フォレストは酷い吐き気が止まらなかった。ゴキブリ傭兵団の一同も「ひでえ」「悪夢かよ」と口々に言い、ガムランは使者が爆死した地点をただ静かに見つめていた。

 カファールはつぶやく。

「あのクソ野郎、任務に失敗したら命はねえって、こういうことだったのか? だったら頭イカレてやがらあ」

 そう言うカファールに、「ってよか」とガムランが返す。

「下手な悪徳宗教の信者もここまでしない、異常なまでの閣下に対する盲信ぶりだ。何らかの方法で洗脳されてんだろうな。もし閣下とやらがカリオストロだってなら、カリオストロってやつは、自分の部下を自分のためなら喜んで命を投げ捨てるほどの絶対的な信者に仕立ててまで、自分の目的を果たしたいらしい」

 だが、空が一部訂正した。

「カリオストロ二世フランソワ・バルサモにとって、彼は部下ではありません」

「あ?」

「駒です。ただの」

「そうか。それがこれまでお前たちが見てきた、カリオストロの尖兵どもの姿なんだな」

 ついにはヴィントまでもが、涙どころか口と鼻から吐しゃ物を流して気絶した。

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