第二十七章 マインドマッピング ~冒険者ギルド新庁舎建造、着工なのです!~
トリスメギストス州首都エルメス、メインストリート。
同・北方『マグノリア商会』跡地。
敷地は300×150キュビト(150×75メートル)と言うそれなりに大きなもの。公的事業の庁舎にそれほどの敷地は必要ないとしても、金持ちの屋敷としてはやや狭い(金持ちや貴族は商才と実力を見せつけるためや見栄を張るために立派な屋敷兼社屋が欲しいからだ)。
「そう言えばマグノリアのやつ、賠償金ももらえるしそれを元手に新しい社屋も建てられるしボロかったし、燃えたのはちょうどよかったとか言ってたな」
……と集まった大工が言っていたのを耳にした空は「こういうのをちゃっかり者と言うのでしょうか」とつぶやいていた。
背の高いオールバックの男、マキシ不動産の『マッシヴ・マキシ』の指揮の下、作業が始まる。空は男衆に交じってセメント運びを手伝い、ピエリーナはセメントの各種材料をひたすらかき混ぜる役割をもらった。
「おう、軍服の嬢ちゃん。すげぇ力持ちだな?」
「ありがとうございます。陸軍ではもっと重い装備や負傷兵を背負う訓練もしていましたので、このくらい軽いですよ。いい鍛錬にもなります」
「かわい子ちゃん、細っこい腕でよく混ぜるなぁ。腕ぇ疲れねえか?」
「大丈夫なのです。実家は錬金術工房で、一日中材料をかき混ぜることも多かったのです」
男性作業員ですら半日持たない重労働を少女がこなす。空とピエリーナの活躍に男性作業員たちは圧倒され、「嬢ちゃんマジですげえ、負けてられるか!」「かわい子ちゃんのおかげで効率よく仕事ができるぜ!」とふたりを褒め称える。
一方炊き出しのテントでは、ヴィントとフォレストとリューンが昼食の下ごしらえをしつつ麦茶やコールドスープを仕込んでいた。麦茶はミネラル豊富、スープはハイカロリーでチキンのエキスがおいしく、併せて飲めば活力がみなぎる。作業員たちはひと息つきながら麦茶とスープを味わい、重労働の果てに倒れないためにもマキシが積極的に水分補給を促す。ただしタバコ休憩が長すぎるのはいただけない。
ところで、作業員の中には冒険者もいるようで。
「よう、軍人さん。聞いたぜ。あのちっこい銃士のお嬢ちゃんと一緒に、見たこともない武術でヘイヤンマオの連中を張っ倒したんだってな?」
「はい。ありがとうございます。あなたも武術を修めていらっしゃるのですか?」
「おうよ。サンティーエ獣王硬拳って聞いたことあるかい? 俺はその拳法と、武器は槍を使う。どうだ。ひとつ技を伝授するからさ、その『覇国の拳』ってのもひとつ教えてくれねえだろうか」
「八極拳ですが、分かりました。では昼食後、冒険者さんが先払いする形でお願いします」
「約束だな。俺は『ロビン』って言う」
「呉空です。ではまたあとで」
空はスープカップを水が張られたタライに入れて仕事に戻ってゆく。作業員たちが飲んだ後のカップを洗うのは別の女性作業員の担当であり、彼女の休憩中にフォレストがハンドクリームを差し出してきた。
「えっ? 王子様、いいんですか?」
「はい。旅の仲間に女性が多いので多めに買い込んできたんです。たぶん余ると思うので、おひとつどうぞ」
「ご、ご親切に、ありがとうございます……!」
そして迎えた昼食。
メニューは多くの人がどんどん取っていけるようにと鉄板の上で焼く各種野菜とイノシシ肉であり、肉はロースにフィレにトロにレバーに耳にタン(舌)など様々な部位をどんどん焼いてゆく。空はジャンヌの町で味わったモツ各種を頬張ってゆき男たちを驚愕させた。ちなみに残った骨は骨切り包丁でブツ切りにして午後のスープの材料にするようだ。
空は無限の胃袋を持つ。どこかでセーブしなければイノシシ一頭食い尽くしかねないし午後の仕事にも響くことが考えられる。ヴィントが「師匠、もうそろそろいいだろ……」と空の分を取ることをやめ、それでも空は最後にとスープ煮込みのロールキャベツをひとつつまんだ。
「モツもいいですが、やはり肉の旨みとキャベツの甘みで〆たいですよね!」
「うん。師匠にしちゃガマンした方だよ」
すると、やはりロビンが空に声をかけてきた。
「約束だぜ。武術の技をひとつずつ交換だ」
「忘れていませんよ。それでは、あちらの資材置き場に行きましょうか」
何か面白いことが始まるぞ。作業員たちは騒ぎ立て、空とロビンの方を向く。
そして空と距離を置いたロビンが声を張り上げた。
「サンティーエ獣王硬拳、『第一の型』!」
続いて空。
「八極拳、『八極小架』!」
サンティーエ獣王硬拳はレアガルド古式硬拳とルーツを同じくする大陸西方の武術。敵に向かって一直線に迫る豪快なフットワークと、敵の姿勢を崩して攻撃するローキックに両腕を大きく広げて構える攻防一体の上半身(特に頭)の破壊に特化した豪快な拳打が特徴的だ。八極拳同様にエルボーでの攻撃と防御もある。
八極拳の八極小架は、のちに『大八極』の套路(型)を習得するための前段階。きちんとした戦闘理論と攻撃力と養うために必要な基礎である。套路と最初と最後にあまり攻撃に用いない動作があるのだが、八極拳が『礼に始まり礼に終わる』ことを重んじる拳法であることが感じられる。
そして技の紹介。
「サンティーエ獣王硬拳、『硬爪』!」
まず左手(左腕)で敵の攻撃を薙ぎ払うような動きの後、『虎の爪』のような手の形をした右手(掌)を敵の頭目掛けて繰り出す。その際、右腕は一度背中側に大きく引き、上半身をひねる勢いに乗じて背後からほぼ一直線に繰り出すため、相手からは一瞬右手が見えなくなってしまう。つまり死角からの攻撃が可能なのである。
「なるほど。それは面白い技です。ですが、その技は八極拳の絶招に通じるところがありますね」
「ぜっしょー?」
「はい。それでは同じく獣の爪を披露いたしましょう。八極拳絶招、『猛虎硬爬山』!」
まずは右ストレート。次に左手を掲げる。この動きは敵が自らの右拳を左腕で遮り、自らが右拳での反撃をいなす想定。そしてここからが本番だ。
「はっ!」
右足の大きな踏み込みと共に繰り出すは、『巴子拳(農具の鋤のような形状をした、親指以外の四指の関節をすべて折り曲げた手の形状)』による掌打。手の形状こそ『硬爪』と微妙に異なるが、技としては『獣の爪による強力な一撃』である。
「へぇ、八極拳にはそう言う技があるんだな! サンティーエの拳法と似ているところが、ほかにもあるかもしれないなあ」
「そうですね。こちらもよい経験となりました」
空とロビンは握手し、ロビンは「戦うことがあったら共闘であることを望む」と言って休憩に戻った。
――そう言えば、ロビンさんと同じことを、わたしがアレットに言ったことがありましたね。その希望は案外早く叶ってしまいましたが。




