第二十五章 修学旅行は隣国へ ~就学&従事先のサンクティス工務店さんに到着なのです!~
その夜。
ビジネスホテル『テュ・エ・ベル』、3人部屋3-2号室。
空は一冊のファイルを開いていた。
「呉子爵、今日の殿下のお勉強の時間が終わったわ。……って、何を読んでいるのかしら?」
「リューンさん、お疲れさまでした。これから伺う『サンクティス工務店』の店長さんが著者である建築学の本です。今回のわたしはピエリーナのおまけみたいなものですし、ピエリーナの足を引っ張らない程度は建築に関しての知識を頭に入れておこうかと思いまして」
「そう。熱心なのね」
「アレットをはじめとする旅の仲間たち、それにライノック陛下には、わたしが失った記憶を探す手伝いをしていただいているんです。わたしにできるご恩返しはしていかなくては」
正式名称:株式会社サンクティス工務店。
サンティーエ共和国『トリスメギストス州・首都エルメス』に事務所を構える工務店である。
通常、工務店と言うのは事務所のみであり、提携する『工事店』に仕事を振る(下請けに出す)ものだが、サンクティスの場合は工務店内に職人たちを抱えているため下請けにかける経費を節約できるのである。また錬金術工房も兼ねているため、ピエリーナの実家である株式会社アーラ・ビアンコのように特製の靴やその素材を販売しているのだが、アーラ・ビアンコが販売するのがカジュアルシューズや舞台用トゥーシューズと靴用品であるのに対し、サンクティスは業務用安全靴やパラコードなど事業関連製品を販売している。
空が読む本は、建築や内装と家具の修理やリフォームに関する基礎知識。その中には、かつてアレットがレッドフォート州五区砦のご婦人の依頼にもあった一般的な水道水栓の交換の手順もあった。内装工事の内容がほとんどで、外装や大掛かりな内装は本を買った程度では習得できないので簡単な説明のみにとどめている。
最後にサンクティスの実績紹介。サンクティスの強みは錬金術による建築資材の販売と施工である。そして木材加工の際に出る廃材を新たなる建材として錬成するのみならず、建材にすらならない木屑や木粉を『ウッドプラスチック』や『キャンプの着火剤』、『ブロックなどの子ども向け遊具』などとして販売し、環境問題や建材のローコスト化に貢献している。それは現サンティーエ共和国政府からも評価されている。
「……ですって。すごい工務店ですよねえ」
「そのようね。そんなところに勉強に行けるんだもの、楽しみだわ」
ヴィント、ピエリーナ、空の順に入浴を済ませ、空と軽く会話を楽しんだリューンはフォレストと共通の部屋に戻るのだが。
「完全に王家が旅費を持ってくれているのですし、殿下の自立のためにも個別の部屋を用意した方がいいと思うのですが」
「と言うよりは、お年頃の男の子が女の人と一緒の部屋って落ち着かないのではないのです?」
「それよりも何だろ。あの教育係の姉ちゃん、落ち着かないどころかすっげー楽しそうに部屋に戻ってったな」
そして、最後にピエリーナが小さくつぶやいた。
「リューンさん、まさか『ショタコン』なのではないのです……?」
翌日。
エルメス第四地区。通称『職人街』。
メインストリートに面した大型工房を擁する社屋、株式会社サンクティス工務店。
搬入搬出口シャッター横の扉に備え付けられたノックリングを叩けば、白衣の女性が
空たちを出迎えた。
「ようこそお越しくださいました、ピエリーナ・マルゲリータ様、お客様方。店長がお待ちです。どうぞおあがりください」
「お待たせしちゃってごめんなさいなのです。今日からよろしくお願いするのです」
サンクティス工務店の工房はとにかく広い。超大型トラックが十台は余裕で入るような広さの建屋に、木材加工マシンが三台、旋盤にボール盤、製靴作業台、紐編み機、各種手作業用工具類が収められた棚、木材のストック、家屋の模型、各種薬剤の缶、運搬用コンテナ、五台のプレス機、『魔導クレーン』。中でも目を引くのが、五台ずらりと並んだ『工場用大型錬成炉』である。こんなものを運用するには相当なアークルが必要そうだが。
「白衣のお姉さん。あれの動力源は何なのです? さすがに作業員さんのアークルではないと思うのですけれど」
「私は事務なので詳しいことはさっぱり。しかし定期的に『白く輝く石』をあの中に入れていますね」
「白く輝く石、なのです……?」
「あ、あれですね」
事務の女性が見やる先。リアクターのそばには、木箱に収められた白く輝く石が詰められていた。
すると、立派なスーツを纏うオールバックの男性が現れた。
「ようこそお越しくださいました、ピエリーナ・マルゲリータ嬢」
「あなたが工務店の店長さんなのです? 私は、フォーマメント州領主のひとり、ピエリーナ・マルゲリータと言うのです」
「よろしくお願い申し上げます。私めはここ、株式会社サンクティス工務店の店長をしております『カルパッチョ・デ・サンクティス』と申します。何卒よろしくお願い申し上げます」
カルパッチョ・デ・サンクティス。
細身で高い背丈に濃紺の上等なスーツ、黄色く柄のあるネクタイと言う姿に、白髪交じりの髪をオールバックにしている紳士であった。
そう言って柔らかい物腰と丁寧な手つきでピエリーナに名刺を差し出すカルパッチョを指して、ヴィントが尋ねた。
「会社なのに店? 社長じゃなくて店長?」
「父の代で起業した小さな工務店でございましたが、今では多くの社員を抱えておりますので、現在は株式会社として経営中でございます。よく社内外から言われるのですよ」
紛らわしいが納得である。
そして空が言った。
「初めまして、サンクティス店長。わたしはピエリーナと同じ立場にある呉空と申します。貴店が発行した建築学書の最後の章を読み、貴店の環境に配慮した事業に大変感銘を受けた次第。ピエリーナはここで錬金術を用いた廃材建材の製造方法を御社から学ぶために来ましたが、わたしは貴店より環境に配慮した建築及び開拓を学びたいと思うようになりました。わたしもここに従事しながらそれらを学ぶことをお許しいただけないでしょうか?」
「おお! それはありがたい! 私めの著書を読んでくださったこともそうですが、環境に配慮した開拓を志してくださったことも大変ありがたい。私めにお教えできることでございましたら、ぜひ学んでいってくださいませ」
ふむふむと空は頷き、フォレストに向き直る。
「プロジェクトリーダーのフォレスト殿下。あなたはどうお考えですか?」
「はい、素晴らしいご提案です。まずは父に」
「フォレスト殿下」
すると、空はフォレストの前にひざまずいて言った。
「プロジェクトリーダーはあなたです。大丈夫、自信をお持ちください」
「……空師匠。分かりました。ではサンクティス店長。僕から貴店での修学と従事をお願いいたします!」
その時だった。
つなぎ姿の従業員が「店長、大変です!」と叫びながらカルパッチョのもとへと走ってきたのである。
「レヴァン。そんなに血相を変えて、どうなさったのですか?」
「それが今、魔導通信が入ったのですが、錬金術の材料を積んだトラックが別のトラックに追突されて走行不可となったようです! このままでは材料受け入れに支障をきたします! いかが致しましょうか!?」




