第二十五章 修学旅行は隣国へ ~エロティシズムもまた芸術なのよ。この国ではね。~
「私たちが調べたところ、廃材建材の錬成方法はレアガルド王国にはなくて、まだサンティーエ共和国の一部で普及しているくらいの技術だったのです。フォーマメント州由来の間伐材を使うとしたら、その手法を勉強しに行かなければならないのです」
「ほう。つまりピエリーナ、貴殿が行くのかな?」
「はいなのです。そこで領主陣とプロジェクトメンバーみんなで話し合って、私がサンティーエまでその廃材建材の作りからを学びに行くことになったのです。ついでに、空さんの過去にまつわる何かが発見できればいいと思ったのです」
空も「うんうん」と頷く。
「そうか。それは楽しみだ」
「それと、今回の廃材建材錬成方法の修学と空さんの旅についてなのですけれど、メイドのヴィントちゃんはもちろん、空さんから八極拳を習っているフォレスト殿下、これから来る教育係の人にもついてきてもらおうと思ったのです。リューンさんは、旅とか大丈夫なのです?」
話を振られたリューンは、しばし思案して答えた。
「殿下が大丈夫であれば、大丈夫でしょう」
「どういう根拠なのです?」
「ご心配なさらずとも、わたくしは王家の従者としてそれなりの戦闘訓練と屋外活動訓練を受けておりますので、一週間程度の屋外生活であれば支障はないと思います。問題は殿下がそのようなアウトドア経験がほとんどないので、そこが懸念材料でしょうか」
「そこは大丈夫なのです。イハトヴに滞在なさるようになってアウトドアご飯にご興味を抱かれたフォレスト殿下は、三食クッカー鍋でも構わないとおっしゃるくらい気に入ってくださったのです。そこからテント設営から撤収、野宿生活まで、すすんで挑戦してくださったのです」
「そうですか。それは頼もしい。殿下にはこれから外交などにも出ていただき、それにあたって馬車の中で寝泊まりするということもありますからね。よい事前練習となりました」
そして、ライノックが「では決まりだな」とひとまずくくる。
「ピエリーナは廃材建材の製造方法を存分に学んでくるがいい。フォレスト、広き世を見てくるように。予算は用意しよう。足りないところはイハトヴの方で建て替えてくれ。領収書は必ず残すように」
こうして、再び旅が始まった。
会議の翌日にライノックから旅費を得、その日の夕方に空の蒸気駆動車でイハトヴを出発し、二日後の昼に国境を超えた。
途端に街中に彫刻や壁画が増え、小さいが美術館も見られるようになった。ヤマト遠征の際は列車に乗っていたため気付くことが無かった空にも、助手席にかけるリューンが説明する。
「旧サンティーエ帝国は、元から錬金術軍事大国であったのではなく美術と表現の国だったの。錬金術も大戦の前と後は彫刻の材料や絵画のための顔料の生産や建築の材料などに主に用いられ、鮮やかな花の花弁を煮詰め鉱石を砕き様々な顔料を生み出し、総合的な美術用品の世界シェアの数割をこの一国で担っていると言う計算も出ているわ」
「そうなんですね。わたし、サンティーエのことを何も知りませんでした。自分のことや旅仲間のことばかりで、サンティーエと言えばゴーレムの暴走と言う勝手なイメージばかりで知ろうとも思わなかったかもしれません」
「呉子爵は記憶喪失なのだし、若い世代の人々は皆同じことを言うわ。それはサンティーエの旧帝府のやらかしが原因よね。……話を美術と表現の話に戻すけれど、花や景色や街並みや洗練された機械の仕組みや人物の肖像画だけではなく、時には『エロティシズム』さえそれにしてしまうことも特徴よね」
その途端、旅団の誰もが動揺した。ちょうど水筒を飲んでいたピエリーナはジュースを吹き出し、フォレストは「学校の性教育で習ったやつ……」と赤面した。
「そうね。このストリートの今から三つ目の彫刻をごらんなさい。三…… 二……、あれよ」
空は車を道端に寄せて停める。リューンが示したものは、『裸の少女が巨大な折り鶴を掲げている像』である。
「どうして、裸……」
「裸は純粋な心を現し、折り鶴はヤマト人の平和への願いを表している。つまり『心からの平和への願い』と言うのが私の解釈よ。特に説明の無い美術は見た人の心がどういう印象を抱くか大きく変わってくるの。『千羽鶴』は難病の患者への見舞いの品であったり災害や戦争に巻き込まれて亡くなった方への鎮魂のための捧げものとしても作られたりすることもあるし、鶴を持つ少女が裸なのはすでに亡く魂のみになってしまった者を意味しているのか、ただ作者がエロいだけなのか」
「最後台無し!」
「でも美術とはそう言う物よ。昔からあるもの、裸の男がただ立っているだけの像は実は神話の神様の偶像であったり、横たわる裸婦の絵画はある貴族の不倫現場をおバカな話で終わらせない皮肉を込めた作品だとも言われているの。絵画や彫刻などの美術には『社会の風刺』を込めた作品も多々あるけれど、性、エロティシズム、そう言う物も表現や美術としてこの国では受け入れられて昇華されてきたの。……逆にヤマトは性に対して閉鎖的で、『春画』はものすごい規制対象になったらしいわ。現存する春画は、そのほとんどがサンティーエの金持ちか美術館が持っていると言われるほどにね」
そう言うリューンに、空は尋ねる。
「同じ人間なのに、性におおらかなサンティーエと閉鎖的なヤマト。何が違うのでしょう?」
「もはやその先の問いは民俗学。まあサンティーエに来たからには美術を楽しむのも一興だと私は思うわ。ついでにエロティシズムもね。殿下」
そしてフォレストは「僕はそれにどう返したらいいんだ」と悶々たる感情が収まらずにいた。




