第二十五章 修学旅行は隣国へ ~民間人が可能な医療処置の普及を提言します。~
「レヴァン。そんなに血相を変えて、どうなさったのですか?」
「それが今、魔導通信が入ったのですが、錬金術の材料を積んだトラックが別のトラックに追突されて走行不可となったようです! このままでは材料受け入れに支障をきたします! いかが致しましょうか!?」
レヴァンなる作業員の報告に、ほかの作業員たちは騒然となる。一番動揺が大きいのはカルパッチョだが、彼は努めて冷静に対応する。
「分かりました。事故現場と被害のレベルは分かりますか?」
「『エルメス第一物流センター』敷地内です。衝突した二台の車に燃焼無し、双方のドライバーの負傷度不明。貨物の損傷度合も不明です!」
「分かりました。現在作業仕掛中の従業員と警備担当を除き全員物流センターに急行。冒険者ギルドにて緊急クエスト発注。行動開始してください!」
従業員一同は「はい!」と答え、ヘルメットとグローブを手にアルケミックエンジン搭載トラックに乗り込んでゆく(蒸気駆動車では、エンジンが走行可能になるまで時間を要するためである)。
指示を下すカルパッチョに、空が言う。
「わたしたちも事態解決に向けて助力したいと思います。わたしとピエリーナは冒険者ライセンスを持っています」
「分かりました。依頼料は別途お支払い致します。何卒!」
エルメス第一物流センター。
多くの貨物が行き交う、首都エルメスの物中の心臓。
そのトラック発着場にて、二台のトラックが接触した状態で停止していた。一台のトラックが先に走っていたトラックの荷台に突っ込み、コンテナが『L』の字状に折れ曲がり、コンテナの反対側の裂け目から木箱が散乱している状態である。
空たちを乗せたサンクティス工務店のトラックが到着した時の状況だが、二台のトラックから積み荷が降ろされ、ダメージ度合いを確認されている。トラックの運転手と助手だが、追突された側の二名は無事。だが追突した側のトラックの運転手は酷く痙攣をおこし心肺停止状態。助手は頭を強く打ち血を流している。医者はいない。
運転手と助手を囲む人をかき分け、ピエリーナが医療用ポーチをあさる。
「皆さん、私に任せるのです! 私は錬金術師ライセンス持ちで、救命の心得があるのです! 空さん、心肺蘇生法をお願いするのです!」
「分かりました、ピエリーナ」
空は陸軍仕込みの心肺蘇生法を運転手に施し、ピエリーナは助手に塗布式ポーションを施してガーゼと包帯を巻きながら運転手の様子を見る。
錬金術師は医者ではない。錬金術師と医師の両方の資格を持つ者もいるが、ピエリーナはそれではない。判断ひとつ誤っただけで、ドライバーを救えるか否かが決まってしまう。ピエリーナの判断は。
「……『アークルサンダー』を施すのです!」
ピエリーナはポーションではなく、魔導コアが埋め込まれた殺傷能力のない針金を2本取り出した。針金の先端を意識不明のドライバーの右肩と左わきに押し当てると、ピエリーナは自らのアークルを魔導コアに流し込んだ。
「空さん、センターの皆さん、私から離れるのです! 3、2、1、アークルサンダー発動!」
その途端、ドライバーの体が強く跳ね上がった。センターの従業員たちは一体何事かと騒ぎ立てるが、空は「安心してください、医療行為です」と言って落ち着かせた。
「空さん!」
今度はピエリーナが離れ、空が心肺蘇生法を施す。
アークルサンダーと心肺蘇生法を繰り返すこと数分、ドライバーの心臓が動き出し、呼吸も戻った。その直後に医者が駆け付け、医療用テントを展開して本格的な医術を施す。医者はピエリーナに感謝の言葉を述べ、遅れて到着した救急車(アルケミックエンジン駆動護送車)に乗せられて病院へと運び込まれた。
エルメス第一物流センター、執務室。
センター長の『マトル』が謝罪と感謝から切り出した。
「この度は、貴社の貨物に損害を与えたことへのお詫びと、弊社の従業員の命を助けてくださいました感謝を申し上げます」
損害は、木材が二本と液体系薬剤。粉末状薬剤やその他こまごまとした錬金術素材は無事であったため、サンクティス工務店のトラックに積み直して運んで行った。追突した側のトラックでは、ドライバーたちが昼食を食べに行こうとしていたところらしい。
「損害分は後日請求させていただくとして、御社の従業員が助かって何よりでございます。それもこれも、マルゲリータ卿のおかげでございますね」
「ところで、あのアークルサンダーとはどのようなものなのでしょうか?」
マトルに尋ねられ、ピエリーナはうなずいて答えた。
「はいなのです。それには、『心臓の痙攣=心室細動』を説明することから始めるのです」
アークルサンダーは、錬金術によって作られる医療用道具のひとつ。先述の心室細動や心肺停止状態の患者に施す『医療用アークルサンダーマシン』を小型化・高性能化したもので、アークルサンダー各機の性能と言うのが『モバイルアークルサンダー(ピエリーナが使用した端末)』自身が患者にアークルサンダーによる処置が必要か否かを自動的に診断してくれる機能を搭載していることである。そのため施術が必要ない場合はアークルを込めてもアークルサンダーは起こらないため、医師免状どころか医学の心得がない者にも取り扱いが可能である。
「そうでしたか。それは素晴らしい」
そこに、空が意見した。
「わたしはアルミス州の陸軍アルミスセントラル分隊で定期的に訓練している者で、軍人としては中尉相当非常駐兵です。その立場から意見させていただきたいのですが、御社にも休憩室やポーションのストックなどがあるのなら、それを活かせるように普段から救命訓練等を従業員に施すべきかと思います。我々が駆け付けた際、それができていた人はひとりも見受けられませんでしたので」
「しっ、しかし、我々の中に医術や軍事に詳しいものはひとりもおらず」
「では、救命の心得のある者を外部から呼んで定期的に研修を施せばよいでしょう。何かあっても手の打ちようがなく、医者が来るまで手をこまねいていたのでは助かるものも助かりません。ここがレアガルド王国であれば、わたしから陸軍庁に意見することもできました。もっとも、わたしの階級は先述の通り中尉なので、せめてアルミスセントラル分隊長に上申することしかせきませんが」
それは立場での話。カリオストロ関連で縦割り構造を突破して陸軍庁シヴァ・レリック長官に意見できる『仲』ではある。
「……分かりました。そのように取り計らいましょう。しかし我々だけがそれをしても意味をなしません。これは物流業界全体のスタンダードにしていかなくては。後日、一席設けましょう」
「有意義なお話とおいしいご飯を、心から楽しみにしております」
空、やはりブレない。
少し未来の話になるが、ピエリーナのこの行動がレアガルド、サンティーエ、シュトラルラントなど大陸西部全体に広がり、モバイルアークルサンダー(略称:MAT)の設置と定期的な救命訓練実施の『努力義務』が、各国の法律、そして『国際医療標準』で制定されることとなる。




