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番外編 探偵少女アレット ~まずはわたしとアレットの出会いから振り返ってみましょう。~

《プロローグ 港町にて》


 レアガルド王国南方アルミス州。

 同・港町アンカーボルト。

 ひとりの幼い少女が船乗りに追われている。

「誰かそいつを捕まえろ! 泥棒だ!」

 船乗りたちは叫ぶが、アンカーボルトの人々は逃げる少女や彼女を追う船乗りと距離を置く。正義がどちらにあるか分からないまま関わることを嫌っているである。

 だが少女は、このままでは追い付かれると踏んでか自身よりは年上と思われる通りがかりの少女の背に隠れた。そして通りがかりの少女は、『レアガルド王国陸軍』の女性用軍服とミリタリーコートに身を包み、フードを目深にかぶり、左肩に漆黒の槍をかけ、右手では買ったばかりのサンドイッチをつまんでいた。

「誰ですか?」

「軍人のお姉ちゃん助けて! 追われてるの!」

「おい、軍人が相手だぞ。どうするよ?」

「こんなチビ助が少尉なんて階級のはずがねえ。その服はどーせ軍の放出品だ。おい小娘、そのガキを引き渡せ。そいつぁ俺たちの船から食料を盗んだんだ!」

「人をさらっといてよく言うよ! お姉ちゃん助けて、あたし、奴隷として売られるなんて嫌だ!」

 双方の言い分は理解した槍の少女だが、サンドイッチをすべて口に押し込んでよく噛みもせず飲み下した。

「この町では、奴隷として人を売り買いして使役することはまかり通っているのですか?」

「知ったことか。遠く離れた国で売りさばきゃいいってことよ。逆らうならお前も捕まえて奴隷にして売っぱ」

 だがそう言い放った船乗りの言葉は続かなかった。

 何と、槍の少女は槍の穂を覆うブレードガードを彼の首筋に叩きつけ、海に落してしまったのだから。

「な……!?」

 槍の少女は唇を右手首で拭い、今度は両手で槍を構えた。

「『八極門(はっきょくもん)、呉空(ご くう)』。尋常に勝負」

 そして、呉空と名乗った少女は頭を軽く振ってフードを脱いだ。

 身長は3キュビト(約150センチ)ほど。肌は白く顔立ちは整っており、黒髪黒目はまるで黒曜石と黒真珠のように美しい。そしてその声も、少年のように低く強いながら職人が仕上げた楽器のように美しく澄んでいる。

「てめえ!」

「一斉にかかれ! 手足の一本くらい折って構わねえ!」

 そして船乗りたちは湾刀に燧石式銃(ピストル)など物騒な武器を掲げるが、それを構える前に空は槍で彼らの両腕ごと武器を叩き落し、穂や柄頭、時には柄を用いて彼らを薙ぎ払い、時に蹴りや体当たりなどを駆使して海に突き落としてゆく。その技、その身のこなし、その精度、どれひとつ取っても洗練されていた。そして増援を含む十人以上の船乗りたちは、ひとり残らず地と海に沈んだ。

「お姉ちゃん……!?」

 奴隷の少女は槍使いの少女・空を見上げる。そしてアンカーボルトの人々も、「あの子すげえ!」「名のある武術家に違えねえ!」と空の活躍に感激して拍手喝采を送る。

「別にそんな……。それなら、奴隷として売られそうになった子の子を保護してください。それとお伺いしたいことが」

「何だい、槍使いの嬢ちゃん」

「呉空。空と言います。わたしはアルミスセントラルからまいりました。アンカーボルトの冒険者ギルドに伺いたいのですが」

 空は左腕に巻かれた銀色のブレスレットを見せる。そこに刻まれた紋章は冒険者ギルドのライセンスであることを示している。

「そうか。それならこの案内看板を見るといい。この赤い点が現在地。冒険者ギルドはここだ。気を付けて行けよ。あと、奴隷の子を助けてくれてありがとうな」

「構いません。わたしはわたしの仁義のままに」

 そう言って、空はコートを翻して槍を担いで踵を返した。

 凛然たる振る舞いで去って行く空に、町の人々は「気をつけてな」「また立ち寄ってちょうだい」「ありがとうな」とあたたかな声をかける。そして奴隷の少女も、道を聞かれた男性にしがみついて空を見送る。

 だがひとつ、疑問が残る。

「はっきょくもんって、何だ?」


 これより綴るは『八拳演義(はっけんえんぎ)』。

 武術の達人たちが人々に害為す者らに立ち向かってゆく、これは英雄譚である。



……………………




《第一章 武人と探偵》


 エイゼル大陸西方。

 様々な文化からなる様々な大小の国々がひしめき合う中、互いが互いに文化を発展させてきた。

 人々の主たる交通手段は、蒸気機関を用いた『蒸気駆動乗用車』及び、蒸気機関車が客車や貨車をけん引する『鉄道』。一方で『科学』が『魔法』とともに発展し、それらを融合させた『魔術』や『錬金術』もまた身近な文化や学問として成り立っている。

 製鉄・大型機械製造技術が進むにつれ、軍事力の拡大はどの国も国是としている。しかし古き良き文化や美術や民芸を残すこともまた各国の重要課題と言える。

 ところで、十年ほど前に『エイゼル西方大混戦』という大戦争が起こった。それは官民ともに多くの死傷者を出し、幾度もの国境線変更や国土分断や併合など様々な混乱生んだ。

 特に大惨事をもたらしたのは、『サンティーエ帝国』の最新兵器『アームド・アイアンゴーレム』である。魔法プログラムと精密機械仕掛けのゴーレムは制御を外れて暴走し、それらが配備された国境付近の町は例外なく壊滅し、停止するまで暴走は続いた。結果としてその戦争の発端であるサンティーエが自滅することで戦争は停止し、帝王不在の状態で『新サンティーエ立憲君主国(終戦直後)/サンティーエ共和国(王政議会解体後)』は周辺国々の支援を得て成り立っており、王家及び王政議会元議員は向こう三十年間の支援返済と戦争賠償に頭を抱えることになった。


 時は現代。

 『レアガルド王国』、『アルミス州アルミスセントラル』。

 アルミス州領主邸に、レアガルド王国陸軍アルミスセントラル分隊の兵士がやってきた。

「アルミス辺境伯、ご報告いたします。先程、武装した不審者がセントラル防壁の東門にやってきたため身柄を拘束。身元不明につき、現在は分隊東門庁舎に身柄を保護しております。いかがいたしましょうか」

「そうか。敵意は?」

「今のところ無抵抗です」

「いいだろう。我が領民に危害を加えない限り丁重にもてなせ。ちょうど仕事もひと段落ついた。その不審者のもとに伺おう」

 『イフリクス・イオ・アルミス辺境伯』。

 立派な赤いジャケットと白いロングパンツを身にまとい、燃えるような赤毛をうなじでくくっている威厳に満ちた男である。彼は杖と帽子を手にすると用意された馬車に乗り込み、不審者のもとに向かった。


 陸軍東門庁舎、独房。

 アルミス辺境伯が案内されたのは、三キュビトほどの背丈、一五歳ほどの年齢、黒髪黒目の獣皮の簡単な構造の服に裸足と言うもの。性別が知らされていなければ男か女かも分からないほど、肌は汚れ、髪は乱れている。

「我こそはアルミス州領主イフリクス・イオ・アルミス。お前か、武装した不審者というのは。言葉は通じるか?」

 すると、それまで壁際に座っていたその人物はおもむろに立ち上がり、アルミス辺境伯の前に立って答えた。

「……通じます。わたしは」

「貴様! 辺境伯の御前だ、跪け!」

「よい。私が名を尋ねているのだ。済まない」

 改めて、少女は答えた。

「『呉空(ご くう)』。そして八極門。それ以外に記憶はありません。武器は誰かが戦ったあとの物を借りていました」

 すると、別の兵士がアルミス辺境伯に答えた。

「クーと名乗るこの者が持っていた槍は、サンティーエ帝国陸軍の紋章が刻まれていました。おそらく野盗に堕ちた帝国の敗残兵の武器でしょう」

「なるほど。記憶喪失に拾い物の武器。そして一切の無抵抗。まあ悪人ではなさそうだ。アシュレイを呼べ。まずは彼女の身なりを整え、今日は陸軍の宿舎に泊まらせるとしよう。また、常時最低一名の見張りをつけるように。明日の午後四時、我が邸に出頭させよ」

 アシュレイとはアルミスセントラル分隊長を担う細身の女性であった。彼女が空を風呂に入れ、髪を整え、下着から靴から衣服までを整えた。空は言われるがままにアシュレイに従ったが、服だけは飾り気よりも機能性を重視してブーツにジャケットにロングパンツを望んだ。


 翌日、午後三時。

 空はアシュレイの勧めもあって、アルミスセントラル東西南北に十字に延びる『セントラルクロスロード』に連なる屋台で腹ごしらえをする。昨晩も朝も兵士に配給するための食事は与えられたのだが、それでは足りなかったのだろう、クロスロードの北方メインストリートに着いたとたんに空の腹の虫は鳴きっぱなしだ。アシュレイはクスッと笑って、静かな表情ながら目を輝かせよだれを垂れ流す空に「何でも好きなものを注文していいわよ」と言った。

 結局空は、牛肉の赤身と鶏の砂肝の串焼き、肉汁どころか粗挽きパティまでボロボロこぼれるハンバーガー、大倭皇国(ヤマトこうこく)の寿司、大岑(ダーツェン)帝国の花巻(ホワチュアン)という蒸しパン、リューラ共和国のボルシチ、レムリア共和国のカリルと、大陸各地の国々の料理を堪能した(ちなみにカリルとはレムリアの言葉で『料理』そのものを意味し、空が注文したものは多種多様なスパイスと肉野菜を使った激辛料理をパンにつけて食べる『スープ・カリル』である)。

 そして空は絶賛をやめない。

「おいしい! どれもこれもおいしい! 店によって国の食文化が違うことは分かります。それでもどれもこれもが違って、優劣を決めることができません。世界にはこんなにおいしいものがあるのですね! 感激です!」

「あははは……。喜んでもらえて何より。でもそれって」

 ――暗に軍の配給食が不味いって言いたのよね。分かるわ、あたしも入隊したての頃思ったもの。

 それは考え過ぎだ。

 アシュレイは静かにうんうんとうなずいた。カリルの店主も、わき目も降らず一心不乱にスープ・カリルを頬張る空の顔を見てとてもうれしそうだ。

 すると、カリルの男性店主が空を見て思った。

「ところでお嬢ちゃんはどなたかな? ここらじゃ見ない顔だが」

「ああ、店主さん。実はこの子、昨日流れ着いたばかりの記憶喪失の子なんです。名前だけは覚えてるみたいで、クーちゃんって言うそうです」

「ほぉ、クーか。だがその響きならどの国にもいそうだ。しかしレアガルド、少なくともこのアルミスでは見かけん顔立ちだな。大陸の東から来たような顔立ちをしておるが、距離があるぞ。お前さんはどこの子かなあ?」

 店主の言葉には、空自身も「さあ」と答えるのみ。

 だが、空の隣で立ち食いをしていた少女が答えた。

「武術を身に修めている、ということだけは分かるッス」

「えっ?」

 その少女は、チェック柄のインバネスコートに同じ柄の狩猟帽、ドレスシャツにリボンタイにかぼちゃパンツという服装。腰には拳銃を修めたホルスターを提げており、拳銃のタイプはリボルバーである。そして年頃は空と同じほど。燃えさかる焔(ほむら)のような赤毛とルビーのような赤目を持ち、そしてその目つきは獲物を狙う鷹のように鋭いものであった。

「あ、えーと……、あなたは? あ、わたしは呉空と言います」

「おっと申し遅れたッス! 自分、『アレット・ドイル』と言うッス。職業は『レアガルド王国議会保安庁諮問探偵、武術家、ラノベ作家』。もっともラノベ作家としてはヒヨコどころか卵ですらない同人誌作家ッスけど、自分の目的はみんなの笑顔を守ることッス。よろしくお願い申し上げるッス、空氏!」

「は、はぁ……。ところでなぜ、わたしが武術をやっていると分かったのですか?」

「そのかすかに敵に迫るかのようなフットワーク、手に刻まれた傷跡やタコ、変形した手指の外皮と骨などからッスね。しかしそのフットワークは見たことが無いッス。そして得意な武器は槍。左手の親指と人差し指の間には、槍の柄が強くこすれたことを示す硬そうな皮膚がある。ほかは服が邪魔して見えないッスが、手と足を見ただけで空氏が余程の熟練者であることは自分でも分析できるッスね」

「はぁ。『自分でも』ということは、あなた以上の観察眼の持ち主がいらっしゃる、ということでしょうか?」

「うぐっ! ……み、認めたくはないッスが。自分には兄がいて、兄の頭の良さと観察眼の鋭さにはついてゆけないッス。しかし武術であれば兄には負けないッスよ。空氏ともいい勝負ができそうッス」

「そうですか。しかし、わたしは無暗に戦う力をひけらかしたくはありません。アレット・ドイル、あなたと戦う時があるとすれば、それは対立ではなく共闘であることを願います」

「自分も同感ッス。では自分はこれにて失礼するッス。店長さん、ご馳走様ッス!」

 そう言い残し、アレットは支払いを済ませてクロスロードを南に向かった。かなり陽気な彼女の背中を、空、アシュレイ、店主は見送るのだが。

「あのクソボウズ、また勘定大間違えで行きやがった! これで何度目だ、差分を計算するのも保安庁に書く請求書の紙代も、請求書を送り付ける手間も考えやがれ!」

「あの子、もうそれで済ましてもらおうと思っているんじゃないかしら? 徴収手数料も取った方がいいと思うわよ。あと前払い制にするとか」


 その時だった。

「誰か! その車を止めてくれ!」

 メインストリートの北方から、蒸気駆動車のエンジン音と走行音、そしてそれを追いかける四頭の馬の蹄の音と叫び声が聞こえてきた。屋根のない蒸気駆動車には、麻の衣をまとった七人の男たちが乗っている。

「脱獄ですって!? 避難! 総員避難! クーちゃんも!」

 アシュレイは叫び、メインストリートの人々も近くの店の中に逃げ込んでゆく。車は馬に乗る弓兵たちの放つ矢や魔法による光の弾丸『アークルバレット』を避けようとしてハンドルを切り、露店やストリート左右の店舗の建物や商品などに当たりながら逃亡を続ける。

「……こんなにおいしいものを平然と台無しにするなんて」

「クーちゃん!?」

「許せません。許しおけましょうか、彼らを」

 蒸気駆動車は空に迫る。だが空は一歩も動かない。

「クーちゃん!」

「轢き殺されてえのかてめえ!」

「答えは」

 そして空は、力強く跳躍した。


「否(いな)です!」


 空は強く跳躍すると空中で旋回し、車体左側にかけるドライバーの右肩を強く踏みつけた。途端にドライバーの右肩は深く沈み込み、一瞬の間を置いてドライバーは痛みに叫びをあげる。

「ぐああああああああああああ!?」

「兄貴! そんな、踏んだだけで肩がえぐれるだって!?」

 空は車体後部のスペアタイヤの上に舞い降り再び跳躍、空中できれいな旋回を決めたと思ったらやはりきれいに着地する。車は制御を失い魔法の街灯に直撃、シャーシやボンネットがひどくゆがんで内部固定具(ブラケット)も損傷、蒸気機関が露出して黒と白の煙を上げる。

「やべえそ、車が燃える! みんな逃げろ!」

 脱獄犯たちはドライバーの男も引きずって降りてくる。その数、ドライバーを合わせて七人。ちょうどそこに空と騒ぎを聞き駆け付けたアレットが並び、それぞれ拳と拳銃を構えるのだが。

「見てたッスよ! なかなかやるッスねえ、空氏。ではこちらも、方々へのあいさつ代わりに自分のバトルスタイルをお披露目するッス。……聞いて驚け見ては戦慄(わなな)け、紳士淑女の武術は『バーティツ』。その身にてとくと味わうがいいッス!」

「バーティツ、興味あります。ならばわたしも出し惜しみはしません。『八極拳(はっきょくけん)』、八紘一宇(はっこういちう)に至る一撃、ご覧いただきましょう」


 そして戦いは始まった。

「なめるなよ小娘ども! のこのこ人質になりに来たの間違いだろが!」

 脱獄犯たちは車に積んであったハンマーや斧などを振りかざしてふたりに向かってくる。だがアレットは涼しい顔をして敵を迎え撃つ。

「蝶のように舞い蜂のように刺す! レディーは常に華麗であれ!」

 その身のこなし、まるで流れる川の水。そしてバレエのように華麗なるフットワークと手の構え。右手に持った拳銃は発砲のためではなく鈍器として使い、銃身やブリップなどを敵の体の各所(首筋、みぞおち、側頭部、脇腹、時に金的)に当ててゆき、時に狩猟帽を飛び道具に使って敵がひるんだところで脳天に拳銃のグリップを叩きつけて意識を刈り取る。

「迎え撃ちます」

 空の攻撃は敵の懐めがけて一直線。敵のみぞおちめがけてエルボーアッパーを繰り出し、呼吸器を損傷させつつ吹っ飛ばす。第二第三の脱獄兵が武器を振りかざして襲い掛かってきても、敵の腕の外側、脇腹めがけて再びエルボーを突き刺して脇腹をえぐり、また肉薄して肩での体当たりで敵を吹っ飛ばす。ローキックで敵のすねにダメージを与えて移動を封じ敵の腕をつかんで自身をその場で旋回させることで相手の平衡感覚を奪いつつ敵を持ち上げ一気に地に落とす。

「バーティツ。各国各流派の戦闘理論を取り入れ紳士淑女の武術として発展させた華麗かつ実戦的な武術ッス。どうッスか?」

「八極拳。一撃必殺二の撃ち要らず、王者の風格纏いし拳。あなたたちのようなならず者などわたしの功夫(クン・フー)に及ぶこと無しとご承知おきください」


 恐るべき戦術、恐るべき力。

 脱獄犯の誰もが、ふたりの少女にただただ平伏すほかなかった。


 アルミス州領主邸、執務室。

 そこには出頭するべき空と彼女の保護観察官であるアシュレイはもちろんなのだが、どういうわけかアレットまでいる。

「あのぉ~アルミス辺境伯ぅ~。自分、まだここに居なきゃいけないんッスか~?」

「そうだな。またカリル屋で支払額を間違えたそうじゃないか。お前はどうして名探偵のくせに金勘定がまともにできないんだ」

「だ~って~、レアガルド王国の通貨って歴史上の偉い人の横顔がでっかく彫ってあって、額はその周囲に小さく刻印されているだけじゃないッスか。分かりづらいんッスよ。そこらへんどうにかならないッスか?」

「吾輩は無論、国王陛下に言っても無駄だろう。文句を言いたければ造幣局に行け。しかしお前たちにするべき話はそれだけではない。先の脱獄犯制圧に対する功を称え、そして当初からの予定であった呉空の身分証に関する話をしたい」

「えっ? 空氏って身分が無いんッスか?」

「昨日この町に流れ着いた記憶喪失者らしい。覚えているのは自分の名前と、身に修めた武術の流派だけだそうだ」

「確か、八極拳。見たことも聞いたこともない武術ッス」

 すると空は口を挟んだ。

「わたしの身分って、どういうものなのでしょうか?」

「ああ。実はアシュレイを保護観察官としてきみの身柄を保護しようと思うのだが、きみさえよければ陸軍の女性兵として働いてみないか? その実力と女性ということを考慮して少尉として迎え入れ、強さを今一度示してくれたらそれ以上の昇格もあるかもしれん。もちろんいきなり徴兵するつもりはない。まずは『相当客人』として身柄を保証しつつ守るだけだ」

 通常、軍での従事は二等兵から始まり、士官学校を卒業しないとそれ相応の階級は得られない。よって力関係の厳しい軍という職場は女性には厳しく、だからこそ女性は軍曹以上の階級からの従事となる。少尉の階級を与えられた、しかも記憶喪失の空は、異例中の異例の出世である。これも八極拳の強さと、それを駆使した脱獄犯制圧の功によるものであろうか。

「よかったじゃないッスか、空氏! 一気に軍の偉い人ッスよ! でもま、保安庁諮問探偵の自分を超えるにはまだまだッスけどね」

「外部協力者の個人事業主が何を言う。だがその頭脳のおかげで助かっていることも多い。恐れ多くも国王陛下に代わり、そして州の領主としても、引き続きの協力を頼む」

「了解ッス!」

 アレットは陽気に敬礼を返す。

 そして空には、『レアガルド王国陸軍少尉相当駐在員』の身分を与えられた。


 帰り道の屋台。

 大岑のグルメ焼餅(シャーピン)を頬張り唇の脇から肉汁を垂らす空に、アシュレイは言う。

「とは言っても、ここ十年戦争は起こっていないし、戦争や盗賊団の襲撃に際していきなり戦場に放り込むつもりはないわ。あなたが本気で軍に入隊してくれるなら話は別だけど、今は身柄の保護、そして八極拳なる武術を用いた戦闘訓練参加の要請を最優先としているわ」

「そう言うことだったのですね。助かります。それにこんなにおいしい料理もご馳走してもらえるなんて」

「そうだね。あ、探偵ちゃんの分は建て替えだからね」

「しでえッス!」

 食後、空はアレットと別れ、アシュレイに女性兵士宿舎まで案内された。

「一応しばらくは空き部屋に泊まってもらうわ。その後、クーちゃんがこの先何がしたいかを考えたらいいと思う。どこかへ働きに出たり商人やハンターとして独立したりするもいいし。できれば陸軍にいてほしいって思いもあるけどね?」

「はい、熟考したいと思います。今日は何から何までありがとうございました。ごはん、とってもおいしかったです」

「本当においしそうに食べるものね、特に屋台の料理は。困ったことがあったらいつでも相談に来てちょうだいね」

 兵士宿舎は、空が保護された東門そばにある基地に併設されている。兵士の日々は、非番の外出申請時と任務での出動でもない限り宿舎と訓練場の往復で終わることが分かる。

 宿舎の構造は、ほとんどが四人用の相部屋。ひとりひとつの勉強机が用意されているが、プライベートなどほとんどない。だが誰も使っていない部屋とあって空の貸し切り。多少埃っぽいが。

「それでもこんなにフカフカモフモフなものがある場所で寝られることが奇跡です。これは寝るためにある、のですよね……? ダメです、眠ってしまいます……」

 そして空は、荷物を置いたまま服も着替えないまま、ベッドに横たわって夢の世界へと旅立ってしまった。


 その後の空のライフスタイルは次の通り。

 起きては槍を片手に食料調達……、をする必要はもうないので、アシュレイからもらった『配属手当(前払い給料)』を片手に朝市に出かけて満腹になるまで買い食いする。その後は八極拳の套路(とうろ)(型)と『気』を練る修行をし、また買い食いして陸軍の戦闘訓練と座学に参加、八極拳の戦闘理論を教えるとともに記憶喪失による知識の欠損を補う。

 夜は陸軍の兵士たちとともに配給食。と言っても夕食はビュッフェみたいなもので好きなものを好きなだけ食べられるが、その実は争奪戦である。空も負けじと争奪戦に参加、余りものしかもらえなかったがその量は尋常ではなく、「よくあんなに食えるよな」と男性兵士からも呆れられた。

 冬を超え、アルミスセントラルに流れ着いて約半年。この世界の常識もある程度身に着けたところで職業を探してみる。まずは男性兵士の勧めで『冒険者ギルド・アルミスセントラルカウンター』に赴くのだが。

「冒険者、ですか?」

 冒険者ギルドにて、空は受付嬢に尋ねる。

「はい。薬草採取、樹木伐採、害獣討伐から食用獣捕獲、要人警護、身辺調査、陸軍海軍や王国騎士団発注による防衛任務や盗賊討伐、レア食材や鉱石探しなどなど、ちょっとしたお使いからその道の職人にしかできないことまで、依頼(クエスト)があれば受注して達成して信用と金銭を得る、そんな『時に危険な何でも屋』です。お客様は依頼主様ですか? 冒険者登録希望者ですか?」

「登録で。兵士以外の生き方があるならそれを見てみたいと思います」

「兵士ですか? では失礼ですが身分証を……。って、ちょっと待ってください! 少尉ですよ少尉!? そんな立場のお方がどうしてゼロから冒険者を!?」

「あくまで相当客人ですし、軍には自由がありません。見聞を広めるのも座学ではどうも限界があります。この世界を知るためには、旅をしながら金銭を得るのも大事かと思いまして」

「なるほど……。それは立派なお考えです。ではひとまず、こちらの用紙にご記入を。ご希望でしたら新人冒険者用宿舎もございます。軍の宿舎と違って雑魚寝ですが、それでも逐一外出許可を得ずに済む、つまり依頼受注、達成、報告と収入までスピーディーに事が運べるかと」

「ではそれで。雑魚寝でも野宿よりはましです」

「野宿……? はぃ……?」


 そして、その日のうちに空はある依頼を達成してしまったのだが。

「新人冒険者向けクエスト、薬草採収。確認をお願いします」

 空がカウンターに置いたのは、アルミスセントラルの防壁の外で採取が可能な三種類の薬草。それを規定量採取すればよいのだが。

「うそでしょう……!? これ、見つけるのもほかの雑草と見分けるのもほかの先輩冒険者に教わりながら数日かかると言うのに、何ですかこの正確さは、そして量は!?」

 依頼書に書かれている数量は『ルシエルブルーの花』十輪、『コルカの木の実』三十個、『ギネー草』八十束。それを種類も必要数も一切間違わずに採取してきてしまったのである。特に間違えやすいのは、雑草とギネー草、そしてその数であるが。

「ああそれと」

「はい!」

「わたしが採取していると有り金全て置いて行けって言う人たちがやって来たので倒しておきました。軍人としては当然のこととはいえ、冒険者としては依頼も受けていないのに戦わされてタダ働きでしたけど」

 だが、そこに先輩冒険者がカウンターに駆け込んできた。

「おい! その嬢ちゃんが退治したやつ、最近また賞金が上がった賞金首だぞ! 今すぐクエストを受注・達成扱いしろ! じゃないとほかのやつが知らずに受注して、そうなったらそれこそタダ働きだ!」

 その途端、ギルドホールは騒然となり、受付嬢の女性も唖然となった。

「すげえぜ嬢ちゃん! 誰も挑まねえ凶悪な賞金首、どうやって倒したんだよ!?」

「交易路を狙う『バルカス盗賊団』じゃねえか、これで商品の価格も安定するもんだ!」

「かわいこちゃん! きみはこの町を救ったんだ! マジで感謝するぜ!」

「この子、ホントに誰なの……?」

 そして空は、新人ではありえない額の報酬を手にしてしまったのである。

「こんな額、ちょっと頭がふらふらします……」


 冒険者として活動してから三日。

 空が自分で稼いだ金で屋台の料理を楽しんでいると、保安庁諮問探偵のアレットが声をかけてきた。

「空氏ぃ! 聞いたッスよ、冒険者始めたんッスよね? しかもいきなり『賞金首をさらし首にした』とか」

「……なるほど、面白い冗談です」

 しかしその目は冷ややかであった。

「面白いって顔してねえッス!? まあそれはさておき、せっかくの少尉待遇を蹴って不安定な冒険者になるとか、何か夢でもあるんッスか?」

「夢、ですか……? いえ、どうでしょう。これが夢と言えるかどうかはさておき、まずは冒険者としての報酬で買った串焼きです。アレットもどうぞ」

「うおおお! ごちそうになるッス! ここの串焼き美味いんッスよねえ! あーんぐ!」

 大口を開けて食らいつき味わうアレットに、串焼きの主人も「相変わらずいい食いっぷりだねえ、うれしいよ!」と笑う。

「そうでした。夢と言えるかは分かりませんが、記憶喪失のわたしは、この世界を見て回ろうと思います。だから手っ取り早く金を稼いで旅費にする、あるいは護衛任務など移動必須のクエストを探してはいるのですけれど、信頼度、すなわちランクが足りていないので、今のところは新人向けしか任せていただけません。なので数で稼ぐつもりです」

「そうッスね。千里の道も一歩よりッスよ。そうッス。お値段いかほどで?」

「あ、いえ、結構です。この前のお礼を兼ねた、わたしのおごりですので。もし支払ってくださるのであれば、よい武器屋を紹介してくれればうれしく思います」


 冒険者御用達武器屋『ジークフリート』。

 神話の英雄の名を冠しているだけあり、品ぞろえも武器のメンテナンスも一級品。なんでもアレットは、セントラル滞在中はここで拳銃の整備をしてもらっているのだとか。

「マイスター。お客さん連れてきたッスよー」

「おう、探偵ボウズ。誰でえ、そこのひょろっこいのは?」

 カウンターで別の客の受付をしていた人物は、禿げ頭どころか髭まで焼け焦げてなくなっている(だがゴーグルをしているため、睫と一部の眉だけは残っている)筋肉隆々の大男。むき出しの両手両腕には、鍛冶仕事をしてできたと思われる多数のやけどの跡がある。

「マイスター、こう見えてこの子めっぽー強いッスよ。冒険者としては新人ッスが、自分と肩を並べて脱走犯を薙ぎ払ったり、冒険者デビュー初日で賞金首をさらし首に、ってそれはさっき寒いって言われたッスね。そのくらいの実力はある期待の新人ッス。いい武器を見繕ってほしいんッスよ」

「分かった、こちらのお客さんの後でな」

 いかつい外見と言葉遣いに反して紳士的だ。

 空が希望したのは槍。マイスターは空に「両手を左右に広げて」と言って彼女の体格を観察したのち、漆黒の輝きを放つ一本の槍を手にした。

「嬢ちゃんの体格に合う、それでいて上等な武器となると、これ『穿雲(せんうん)』だな。意味は、天空に漂う雲すら一突きで大穴を開けるもの。軽さと耐久性を両立させた、俺様自慢の一品だ。ちなみに素材と製法は秘密だ」

「分かっています。武術にも秘伝はありますので」

「いいねぇ。よし、細かい採寸だ。調整する、今度は体を計らせてくれ。その前に武器の会計だな」

「手持ちはこれで全部です」

 そして空は会計のためにカウンターに赴くのだが。

「あれ? 調整代を加算していないようですが」

「新人冒険者のための初回サービスってやつだ。おやつどきに取りに来な。その時に最終微調整だ」

 その後は再び薬草採収などの簡単なクエストをこなして金を稼ぎ、屋台でトウモロコシの炭火焼きを味わうのだった。


 ジークフリード、カウンター。

「どうだ、触った感じは?」

 マイスターに槍を手渡され、空はひとつうなずいた。

「とてもいい感じです。店の前で振り回しても構いませんか?」

「ああ。ちょっと待ちな、人払いする」

 来客と道行く人に「ちょっと開けてくれ」と言って空が槍を振るう準備を整える。そして空は何度か槍を振り回したのち、ある一点で立ち止まった。

 ――振り回した感じ、まるで元から使い慣れた武器のようにすごくなじむ。サンティーエの盗賊崩れの武器とは比べ物にならない。……穿雲。これならわたしの戦い方にもついてこられるはず!

 そして空が始めたのは、八極拳の『八極小架(はっきょくしょうか)』の套路。本来ならそれは武器を持たずにするものだが、空は槍の柄の中央を持ってそれを始めた。

 八極拳はもともと槍術を発祥としており、槍術『六合大槍(ろくごうたいそう)』とともに発展してきた。八極拳の戦法における突きや肘撃ちなどの攻撃を槍の穂先や柄頭で代用することもまた可能である。

 一度套路を通し、空は槍の柄の中央を両手で持った状態で直立。まるで民族舞踊のような美しい振る舞いに、道行く人々は感激のあまり拍手で称える。しかしアレットとマイスターは全く違う見方をしていた。

 ――武器を手にする舞踊は確かにあるにはあるッスが、あれはどう見ても武術による連続攻撃。あの所作のひとつひとつが、確実に敵を沈めるための一撃につながっている。しかもひとつの技の中に複数の使い方がある。八極拳。この武術を編み出した人、何者ッスかね。

 ――おいアレット。おめえさん、なかなかすげえ新人を発掘してきやがったじゃねえか。ただでさえ強いこいつが今後どう化けるのか、今から楽しみだ。

 だが。

 空が「お騒がせしました」とぺこぺこお辞儀しているところ、ひとりの大男が人垣を割って空の前に出た。

「おい、このクソガキ。あまり調子に乗ってんじゃねえぞ」

「はい? 調子ですか?」

「おうよ。このレアガルド王国No.1の槍使い『剛槍のゴールドメイル』を差し置いて、新人冒険者がイキリ倒してんじゃねえ。表通りに出ろ。俺様と決闘だ。いや、身の程の違いってやつを分からせてやる!」


 メインストリート。

 屋台も出ておらず障害物のない広い場所で、空とゴールドメイルは向かい合う。

 決闘には必ず立会人を立て、審判を兼ねてもらう。その人物はできれば社会的信用がある者が望ましく、保安庁諮問探偵の肩書を持つアレットが担った。

「ルールは刃を封じての攻撃。首から上への攻撃は厳禁。決着は、明確な一本を取る、相手を気絶させる、降参させる、その他には審判であるこのアレット・ドイルが戦闘続行不可能と判断した場合につけるものとする。勝っても負けても文句なしの一本勝負。今ここで異議を唱えぬならば、拳ないし武器を構えることで了承となせ!」

 そして空とゴールドメイルは武器を構える。

「逃げるなら今のうちだぞ、小娘」

「別に逃げても構いません。わたしだってお金にならない戦いはしたくありませんから。しかしここで逃げればせっかくマイスターが調整してくれた槍に申し訳が立ちません。ましてやそのお店の前でケンカを売られては」

「ケンカじゃねえ、これは決闘で、分からせだ!」

「そうですか。ではこちらもそれに応じます。決闘であるのならば、正々堂々、全身全霊にてまいります。……『仁義礼智と信の字胸に、誇る力は活人が為に。武の道行く我、地鳴らす一歩は天の采配のもとにあり』。尋常に勝負。互いの誇りをかけて」


 そしてアレットは手刀を振り上げる。

「双方見合え。……はじめ!」

 先手はゴールドメイルが取った。

「『風薙ぎ』!」

 それは相手の体格に合わせ、横一文字に確実に相手の胴を叩き折る一撃。それを空は跳躍することで回避するが、ゴールドメイルはそれすら見越して縦一直線の剛撃を繰り出す。

「『地割り』!」

「『三才歩』」

 空も着地するなり素早いフットワークで左わきにズレる。すかさず槍を繰り出すのだが。

「『突き』」

 空が繰り出す槍の穂先(ほさき)が、ゴールドメイルの眼前に迫った。だがそれは彼の目の前でぴたりと止まり、当たることはなく。

「一本です。これが戦場なら、あなたはすでに死んでいます」

「ふっ……、ふざけるな! 首から上への攻撃は反則のはずだ!」

「寸止めです。審判」

 空はアレットに尋ねるが、アレットは頷いて答える。

「寸止めとは。それは考慮に入れていなかったッスね。考慮していたら空の勝利ッスが、とは言えこの状態では反則負けにもできないッス。試合続行。空、確実に相手を仕留めに行くのが良策ッスよ」

「了解。ならば今度こそ、あなたを沈めます」

 距離を取る両者。そして再びゴールドメイルから仕掛ける。

「とくと味わえ! 多くの賊どもを屠(ほふ)ってきた必殺技、『群れ烏(がらす)』!」

 それは連続の突き攻撃。かわせば次の一撃が迫る、逃げ道封じの範囲攻撃。それを空はかわしながら槍で受けてゆく。だがその受けも次第に動きが小さくなり、まるでゴールドメイルの槍の攻撃を真正面から迎え撃ちながら回避している、不思議な動きになってきている。

「なるほど」

 アレットにはその動きの理由が分かった。

 ――ゴールドメイルと比べて空氏は小柄で軽く、剛の力を剛の力で受け止めることはできない。柔の力で薙ぎ払うようで、実際は反発によって生じるエネルギーだけで敵の攻撃ラインの外に回避している。しかも槍の動きも精密で、ただ回避しているだけではなく『目に見えにくい何らかの力』で剛の力の攻撃力をそらしている。何なんッスか、空氏? その目に見えない力は?

 そして、アレットが分析した『目に見えない力』が目に見える形で発揮された。

「『内纏《ないてん》』」

 それは、槍を内回りに回して敵の攻撃をそらせる動作。ゴールドメイルの攻撃に合わせてその回転力をぶつけることで。

「なっ!?」

 ゴールドメイルの槍は上方に叩き上げられ、ゴールドメイル自身の腕より下ががら空きとなる。このままでは、空の槍がゴールドメイルの胴に届いてしまう。

「しまっ……! だが、これならどうだ!」

 ゴールドメイルは一歩下がることで空の槍術を回避しようとし、退きざまに一度打ち上げられた槍を振り下ろして空を叩き潰そうとする。だが空は槍の穂先でゴールドメイルの胴を撃つのではなく、ゴールドメイルの一歩以上の距離を瞬時に詰めつつ槍を振り上げて自らに向かうゴールドメイルの槍の軌道をそらす。そう、真っ向から打ち合うのではなくただ触れてそらしたのみ。

「なっ!?」

 ――隙あり!

 それと同時に繰り出される攻撃が。


「八極拳、『裡門頂肘(りもん ちょうちゅう)』!」


 本来ならそれは、敵の防御を突き崩して(裡門=防御の内側)からの肘によるアッパー。体格が同じであれば、それは腹部を狙うものだ。

 それを空は槍の柄頭(えがしら)側で繰り出し、柄をゴールドメイルの股間に直撃させてしまったのだ。男性の急所を狙われてはいくら屈強な男も悶絶を禁じ得ない。ゴールドメイルは目を剥いて大口を開け、叫びにもならない叫びをあげ、槍を手放して股間を押さえてのたうち回った。


「あ~あ……」


 見物客の誰もが、ゴールドメイルの情けない姿を見下ろして唖然となった。

 審判が勝敗を宣言するまでもない。空の勝利である。


 その後、ゴールドメイルとパーティーを組んでいるという青年が「うちの突撃隊長が無礼を働いて申し訳ない」と謝罪に訪れ、お詫びがしたいと申し出た。そんな彼に空は「ボロくていいので移動手段が欲しい」と言ったところ、新車の『軍用蒸気駆動車』を手に入れることができた(ゴールドメイルは元陸軍歩兵隊副隊長である)。

「こんな立派なもの、もらっていいのですか?」

 おどおどする空に、その青年、パーティーリーダーである『勇者アルス・ライトアームズ』が申し訳なさそうに返す。

「いいんだ。こいつは戦えばそれなりに強いんだが、本当にこいつのプライドの高さからくる横柄さにはうんざりしていてさ。お詫びならこのくらいはさせてもらいたい。しかしその若さで世界を見て回る旅を、か」

「ええ。どこかおすすめの場所はありますか?」

「そうだな。なら、せっかく冒険者の資格を持っているんだからレアガルド王国の各地でいろんなクエストを受けてみるといい。そして困っている人がいたら手を差し伸べるんだ。『この世界は因果応報で成り立っている』。善行は時を経て恩恵として返り、悪行はうちのバカを見れば言わずもがなだ」

「ありがとうございます」

「うん。道中ご無事で」

 空とアルスは握手を交わし、空は車に乗り込む。

 ……のだが。

「車って、どうすれば動くのですか?」

 空は、運転ができなかった。

「馬を贈った方がよかったかなぁ?」

 そしてアルスは頭を抱えた。


 その後。

 アルミスセントラル南門の先、交易路。

「助かりました、アレットがついてくるって言ってくれて」

 空がアルスからもらい受けた車の運転席には、アレットがかけていた。

「いいんッスよ! 自分も広い世界を見て回りたいって思っていたッスから。確かに保安庁諮問探偵は稼げるッスが、難事件が無い限りヒマでヒマで毎日お悩み相談受けたり懸賞のパズル解いたりの日々なんッス。だから、こうして出会えた空氏と旅をするのもいいかなーって思うわけッスよ。で、南に行ってどうするッスか? 冒険者仕事として海賊船でも沈めてやるッスか?」

「それもいいですが、海がある町アンカーボルトにはおいしい海の幸がそろっていると聞きます。またアンカーボルトは港湾貿易都市でもありますし、わたしの知らないものがたくさんあると思いますので、今からそれが楽しみで仕方ありません」

「おっ、目的は美食ッスか、いいッスねえ!」

「はい。おいしい料理は生きる力ですからね。……そうです、今決まりました」

「何がッスか?」

「わたしの旅の目的です。世界を見て回ることや自分の過去を探すこともですけど、世界中のおいしいものを食べ歩く旅をしようかと。自分探しとおいしいもの探しの旅、いいと思いませんか?」

「いいッスねえ! 自分もお供するッスよ! 空氏と一緒なら、きっと胸躍る美食の発見があるに違いないッス! よーっし、アンカーボルトに向けてアクセル全開! ぶぅーっ飛ばせぇ―――――ッ!」


 そしてここから、空の果てのない旅が始まる。

 旅の終着地はない。空が冒険と美食を求め続ける限り。

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