第二十四章 宿命の再戦 ~ヤマトの武士道、この目に焼き付けました。~
「舐めてんじゃ、ねえぞ、この、小娘ええええええええええええええ!」
そして先程よりも速度を増してアーダルベルトはひまりにかかってきた。
だが。
「速い。しかし、だからこそかわすのは容易にござるよ。『足捌き』!」
先程同様、ひまりはアーダルベルトの背後を取った。しかも、ノールックでアーダルベルトの右膝裏を踏みつけていた。
「だぁっ!?」
バランスを崩してデッキに膝をつくアーダルベルト。そんな彼の背中を、ひまりは涼しい顔で見下ろしていた。
「いっ、今、何をした……?」
「足捌きの後でござるか? ただ貴様を踏んだだけにござる」
「踏んだだけだと!? 笑わせるな! どんな罠を仕掛けた、どんな手品を使ったぁ!?」
「信じられんか。まあよかろう」
ひまりはその後も、ただ突っ込んでくるアーダルベルトの攻撃を回避しては背後から、横から、時には真正面からアーダルベルトを踏みつけたり薙ぎ払ったり、合気柔術の技『小手』や『振り投げ』であしらい続けた。そしてとうとう、一度収めた刀を抜いてアーダルベルトの右足の甲に突き刺しデッキに固定してしまった。船乗り御用達のブーツでも、歴史とともに鍛え上げられてきた刀の切れ味には耐えられなかった。
「だあああああああああああ!?」
「河上流剣術、『逆手突き落とし』。戦法は空より拝借。貴様はもう動くことすら儘ならなかろう」
あまりの痛みに悶絶して左足から崩れるアーダルベルト。
そんな彼に、ひまりは言った。
「貴様の行動には迷いが無い、ゆえに行動は読みやすい。そして貴様の技に鍛錬、空風に言うとクンフーとやらが感じられず、それは多くの技を蒐集するだけでその精度を磨くことを怠ったからでござる。確かに手数の多さには驚かされ、各技の連携も見事にござった。しかし鍛錬が未熟であることが分かれば、そして子どもっぽく感情に任せて戦っていることが分かれば、貴様への対処など軽いもの。ゲオルグ・アーダルベルトよ。貴様の方がまだ重火器がお似合いでござる」
「てっ、てんめぇぇぇ……。殺す。ぶっ殺してやる! このナイフでずたずたに引き裂いてやる!」
だが、ひまりはアーダルベルトが掲げた右手のタクティカルナイフを奪い取って彼の右腕を跳ね飛ばしてしまった。
「……は?」
「合気柔術、『短刀取り』! 河上流剣術、『右斬り上げ』!」
それは合気柔術にある武器を奪って反撃する技。アーダルベルトにしてみれば、まさか自分が戦いの中で使ったシステマの技を他流使いに奪われ、さらに自分の獲物であるタクティカルナイフで右腕を跳ね飛ばされるなど思ってもみなかったことだろう。しばし唖然となり、その後襲ってくる傷口の痛みに発狂して叫んでその場でのたうち回った。
「大倭皇国が誇る合気柔術、決して他流に劣らぬと心得よ。そして今なら貴様の命を奪うのなど容易きこと。しかし今一度問おう。これまでの行いを省み、生涯をかけて罪を償うと誓うのであれば、命までは奪わずこの場で身柄を大倭海軍に引き渡すことを約束しよう。答えは?」
「はっ、はん! 誰がそんなぬるい提案に乗るか。まだ左腕がある。てめえなんぞ左手で充ぶ」
だがひまりは、自らに向かってくるその左腕さえ跳ね飛ばした。
「んなあああああああああああ!」
「反省の意思なきことはよく分かった。できうれば生かして海軍に引き渡して裁きにかけたいところでござったが、織田信音様の海賊殲滅の命に殉じるものとする。死んでも治らぬであろう腐った性根の持ち主でござる。『三途の川』を渡れば、その果てにて永遠に苦しみ続けよ」
そしてひまりは、タクティカルナイフを構えた。
「てめ……、ぶっ殺……」
「もとは貴様の得物だ。受け取るがよい」
決着はついた。
戦艦キイの甲板上には多くの兵が伏している。命ある者は衛生兵が手当てし、海賊と言えど戦闘の意思を放棄した者であれば工藤の命令で治療してゆく。
「動ける者はまだいるか? いれば海に落ちた兵と海賊も救助しろ」
「えっ? かっ、海賊も救助するのでありますか!?」
「そうだ、命ある者は敵味方の区別もなく救助するんだ。その後の沙汰はこの私が決める。かかれ!」
アーダルベルトの躯を放置して帰ってきたひまりたちも、工藤に生存者の救助と手当ての手伝いを願い出た。そしてすべての生存者は引き上げられ、傷の浅い者はスープで温まり、負傷の酷い者は手当てを受けた。そしてたとえ命が尽きていても、海上に浮かぶ海軍兵士の死体も引き上げられた。
その後。
アーダルベルトを含む海賊の死者は海に放り投げられ『水葬』とされ、殉職した兵士たちの遺体は麻袋に詰められ安置された。海に沈んだ兵士は確認されず、生者死者すべての兵士が陸に帰ることを約束された。
一か所に集められた海賊の生存者だが、手当てを受け、あるいはスープを飲む彼らに、工藤は言った。
「お前たちはよく戦った」
「……は? お前、俺たち海賊に何を言っているんだ?」
「確かにお前たちは海賊だ。様々な過去があり、こうして人としての道を踏み外した者たちだろう。戦わねば生きてこられなかった事情のある者もいるだろう。お前たちが戦ったのは我々ではない。不条理な人生であり、不条理なアーダルベルトからの仕打ちだ。だがもうお前たちを縛る者はいない。お前たちがこれまでの過ちを悔いて人生を歩み直すと言うのならば、私はお前たちを我が艦の賓客として迎え入れよう」
「ゲストだと? はっ、奴隷の間違いじゃないのか?」
「どうとでも言うがいい。だがお前たちの命はこの私、工藤秀幸が保証しよう。もう一度告げる。お前たちよ、生き直せ」
海賊を助け、更生の機会を与えた工藤。そんな彼の行動に首をかしげる空とリィンだが、ひまりがふたりに言った。
「ヤマトはかつて、レムリア共和国の要請で『レムリア防衛基地』を作ったことがあったのでござる。しかしレムリアを植民地化しようとしていたメリクス共和国が協力国の海軍を率いて攻め込み、レムリア対メリクスの『レムリア大海戦』に陥ったのでござる。その際にヤマト海軍が活躍し、その際に『駆逐艦イカズチ』の艦長であったあの方、工藤秀幸殿が同じように船が沈んで海に投げ出された敵兵を救助し、賓客として迎え入れたのでござる。ヤマト海軍の誰もそれを語らぬが、『これがヤマトのChivalry(武士道)か』とメリクスの兵士は泣いて感謝したそうでござる。父から聞いた話でござるがな」
「そんなことが……。ヤマトの、武士道……」
その時、海賊のひとりが工藤に答えた。
「……俺さ、家族がいたんだ。けどアーダルベルトの野郎、海賊団に入らなければ今ここで家族を殺すって言って、俺は従ったけどあいつはそれでも家族を楽しそうに殺したよ。俺と同じように、ここにいる奴らはいろいろ理不尽なやり方で無理やり海賊団に引き入れられたんだ。確かに中には道を踏み外したならず者や盗賊や人殺しまでいる。けどアーダルベルト兄弟の前でそんなのはどうでもいい。あいつら兄弟は、新しい武器が手に入ったら性能試験のために団員を殺す。何か気に入らないことがあったら八つ当たりのために殺す。ちょっとダーツの的をやれって言って遊び半分で殺す。食料が無い時には食べるために殺す。そんな人を人とも思わない、命をおもちゃにして遊ぶ頭イカレ野郎どもだ。そんな奴ら死んで当然だ。……ヤマトの海軍、レアガルドの使者さん、よくあいつらを倒してくれた。そればかりか俺たちをゲストだって迎え入れてくれて。この感謝、どう尽くせばいいんだよ」
「そうか。それについてはお前に同情しないでもない。過去を省みる意思があるなら未来はおのずとついてくるだろう。私になど感謝せずともよい。お前たちは、自分の幸せのために生きる権利がある。それだけはゆめゆめ忘れるべからずと、私は言おう」
この罪は許されない。だが贖罪の意志あらば未来は開かれるだろう。
その時だ。
相模灘の海面がせり上がり、大きな波と水しぶきを上げて巨大な影が姿を現した。
空は叫ぶ。
「まだアーダルベルト海賊団は襲い掛かる気ですか!」
そして槍を構えるのだが。
「否にござる、空!」
ひまりが止める。
それは潜水艦など人が作った無機物ではなく、確かに生物の形をしている。
そう、巨大生物。
「ヤマトの守り神、『海獣・終司羅』にござる」
「……はい?」
そしてひまりは、ヲヂラを見上げて説明する。
「ヤマトには古来よりヲヂラの伝説が語り継がれているのでござる。海に棲み、ヤマトを外界からの脅威から守る守り神でありながら、ヤマト人が海に非礼を働けば海を荒らす災厄の神でもある。ヤマトは昔から神々とともにあり、神に感謝し神を恐れてきた。姿なき神々に対し、ヲヂラは世界で唯一、姿ある海の神として昔からあがめられてきたのでござる。おそらく我々が出動せずともヲヂラがその名(終司羅)の通り、アーダルベルト海賊団に終焉をもたらしてくれていたかもしれぬな」
海獣ヲヂラの姿は、漆黒の超巨大爬虫類にも見える。だがその実は哺乳類であり、生物学的な分類ではクジラの仲間。鋭い歯を持つがその目つきは優しく、前びれや尾びれには爪や骨が突き出しているが、人類から敵意を向けない限り害の無いクジラ『有爪大鯨』である。
「クジラの、ヲヂラ……。ヤマト人って、かくも、ダジャレが好きなのですか……?」
「それは考えもしなかった。アレットなら喜びそうなダジャレでござるな」
空はアーダルベルト海賊団の残りではないことに安堵するが、ヲヂラに滅ぼされていたかもしれない当の海賊たちは誰もが震え上がって隣り合う者同士で抱き着き合い、中には失禁して気絶する者もいた。
「あ。……ヲヂラ、見事に天罰を下してくださいましたね」
「そのようで、ござるな」
呆れる空たち、ただ立ち尽くすリィンと忠八。だが工藤は「これは面白い!」と腹を抱えて笑っていた。そしてヲヂラは騒ぎを聞きつけて様子を見に来ただけだったのか、ただ艦隊を見つめて、その後去っていった。
「ヤマトって、神秘の国なのね~……?」




