第二十三章 いい日旅立ち、南へ ~師匠、顔がスゲー変……。~
食事の中で、ひまりは七橋国の領主の願いであった美術めぐり、とりわけレアガルドのジグラスをめぐることを夢見ており、ひまりはレアガルド式ジグラスのレプリカのあるヤマトのそれを最初に参拝し、海を渡って大陸を横断してレアガルド中のジグラスを参拝している旅の途中で空とアレットとピエリーナに出会い、旅の途中で幾度となく盗賊やその他悪党、また最大の脅威であるカリオストロ協会との衝突についても話した。
ひまりが旅立ってからの七橋国だが、知っての通り七橋国は領主を失い相模国に吸収合併されることとなった。ヤマト人の大陸文化の吸収に対する意欲は高く、政治的なことを抜いてもより目新しい、より珍しい、より目を引くものをどんどん生活や軍備に取り入れていった。着物姿は残るものの髷(男女で髪の結い方は異なる)や草履はすたれてゆき、男子の短髪や女性の様々なヘアスタイルが確立されてゆき、動きやすくも頑丈なブーツが広まってゆく。それは大陸を旅する中でひまりも選んでいた。
一方でヤマト文化が完全にすたれたわけではない。メリクス共和国の高圧的な態度の使者が退散して以降、ヤマトに好意的なメリクス海軍兵が商人や富豪たちを引き連れ、彼らは初めて見る文化を絶賛しては、寝具『FUTON』や武具『KATANA&KACCHU-Armaments』、着衣『KIMONO&JUBAN-Wears』などを迷いなく買い上げてゆく。一方で彼らは友好のしるしとして拳銃『Colt Navy51』などの物騒な名品を代金とは別に手土産に持ってくる(信音もそれで桑原の頭を叩いていた)。何にしてもヤマトの文化は今すぐ多くが廃れるわけでもなく諸外国にも好評であり、レアガルドと言う戦力的支援のおかげもありメリクス共和国との仲も良好である。
そして話も盛り上がってきたところでドルチェ(デザート)が運ばれてきた。
「アイスクリームにござるか」
「やはりひまりは知っているようだね。アイスクリームは大陸各地で人気のようだが、ここはヤマトだ、パダーノ式にこだわらず我が国で採れた牛乳をヤマト人好みにアレンジしてくれるパティシエを呼んで完成させた。呉殿、ヴィント殿、リィン殿のお口にも合えばよいのだが」
だが空たち三人がテーブルマナーを忘れてうなるほど、アイスクリームは高評の様子だ。忠八も紳士らしく「はい、とても美味です」と静かに絶賛した。
伊藤はアイスクリームのスプーンを置いて言った。
「話を少し戻して、ひまりたちをここにお通しせよとの信音公の謎めいた信書ですが、ひょっとするとこのヤマトにカリオストロ協会の脅威が迫っており、我々には秘密裏にそれを始末してもらいたいと言うことではないでしょうか。ひまりはどう思う?」
「一理ございましょう。信音様も伊織様も、カリオストロのヤマト侵攻をひどく懸念していらっしゃいました。奴らは、特にカリオストロ二世フランソワ・バルサモは、自らの行動に一切証拠を残さず、下っ端が失態を働こうものならトカゲのしっぽのように切り捨てる無慈悲な輩です。そして法の目をかいくぐり善良な組織のふりをして周囲を侵食する、筆舌に尽くしがたいほどあくどい者でもあります」
「聞けば聞くほど面倒な奴だ。しかし我々に今できることはありません。国防問題は信音公と伊織陛下のしてくださること。我々にできることは、ヤマトを、せめてこの相模国を蹂躙しようとする不届き物を成敗することのみ。己が役目をしっかり果たしてこそ、我々の存在意義があると言う物でしょう」
「御意の通りにございます。……空。我々の日程のうちに何らかの脅威が迫りくることあれば、その時は海軍に助力したい。空はどうだろうか?」
空は食後酒のワインを口にしながら、静かに答えた。
「無論です。リィンも構いませんね?」
「当り前じゃない。一蓮托生よ!」
ふたりの力強い返事を受け取り、ひまりは静かにうなずいた。
「感謝申し上げる。伊藤殿」
伊藤もしっかりと頷いた。
「信じてもらいたいのですが、遠回しに助力を請ったわけではないことはご承知いただきたい。しかし、そのご勇断を心から感謝申し上げますぞ」
その後、新田とひまりの案内で空たちは七橋町を見て回る。
「河上殿。まずは河上殿がお仕えなさっていた城をご覧いただくのはいかがでありましょうか」
「うむ。それは拙者も考えていたところでござる」
そして一行が赴くは、旧七橋国の政府にして領主の住まい、『七橋城』。
昔から続く穏やかな空気の城下町の大道を行けば立派な城門が待ち構えており、半ば迷路のような坂道を上り城までたどり着くのだが。
「説明いたそう。家臣や兵士が迷わないようになどと整備しては、いざ敵軍に城に攻め入られたときにたやすく城に通してしまう。そのためあえて迷路のような構造をしており、そして進軍の速度が緩やかになったところでやぐらから弓矢を放ち一網打尽にするのでござるよ」
「そうなのですね。レアガルドの王城は立派な庭園を整え防壁と言えば二重の星形の城壁だけでしたが、ここまで機能性に優れ、かつ美しく仕上げるとは。ヤマトの建築は高度な戦略の中にも美しさを忘れないのですね」
「ご高評いただきありがたい。今は亡き主の親族の別荘にしかなっていないゆえ、一般人が立ち入れるのも庭園までとなるでござるが」
「それはもったいない」
「そうでござるな。ゆえに、その親族の方ともいずれは取り壊すか歴史館にしようかと話し合いがなされているはずでござる。ところで新田殿」
話を振られた新田は、「はい」と頷いた。
「その話はだいぶまとまってきているはずであります。城と町の歴史、農業に工業、錬金術に陰陽術、塩湯浴み文化、刀鍛冶、城塞建築と言ったものを展示する予定であります。入場拝観料は成人十円(千銭)。収益は城の維持費と税収に充て、町の公事と民への福祉に還元する予定であります」
「主の親族の方々は、城が町の所有物になってしまうことに異は唱えていらっしゃらぬのでござるか?」
「はい。もともとご親族一同から頂いたお話でありますゆえ。それにこれから新しい時代が訪れるのであれば、飾っておくだけの家財もただ『蔵の肥やし』になるよりは展示してほしいとのお申し出でありました」
「然様でござるか」
そして一同赴くは大広間。
上段には、今は亡きひまりの主の蝋人形が、彼が愛用していた座布団に座した姿で飾られていた。
一同は中段に正座し、ひまりが両手を畳について挨拶する。
「我が主。河上ひまり、唯今帰りました。……空。こちらが我が主、『観音崎基哉』様にござる」
七橋国、最後の領主、観音崎基哉。
緑色の裃に純白の着物、しわが刻まれた顔と両手、それでも龍のごとき鋭く険しい目つきに、一直線につぐんだ唇。蝋人形だと言うのに迫力があり、まるで生きているかのような出来栄えである。
「この方が、ひまりの……」
「然様。拙者はこの方に直接お仕えした時期は短かったが、父が主の側近で、拙者自身は刀どころか箸もろくに扱えぬほど幼いころから可愛がっていただいたものでござる。仕事と武術に関しては父親以上に厳しく、その迫力は夢にも出るほど恐ろしいものでござったが、城下町に遊びに行くのも川に泳ぎに行くのも親よりも主との方が多く、殿様と言うよりは祖父みたいなお方でござったな」
しかし空には、これほどの眼力と迫力のある男が幼いひまりを親以上に遊びに連れて行ったなど想像できない。ヴィントが見上げると、今まで見せたことないほど困惑したような表情になっている。
「師匠、顔がスゲー変……」
ひまりも見やるが、ぷっと噴き出した後に「言いたいことは分かる」と言い添えた。
「主は、『おじいちゃん』はよくおっしゃっていた。もし自分が七橋国の大名にあらざれば、世界中の美しいものを見て回りたかったと。自然がもたらした美景もそうだが、人が作り上げた彫刻や絵画などの美術も多く見て回りたかったと。そしてとりわけ大陸西方の寺院ジグラスに惹かれておられた。主はお世継ぎを残せず流行り病で亡くなられたが、拙者がその遺志を引き継ごうと、主の遺骨の一部を分霊としてお守りに閉じ、空たちとの旅路の果てにプリモディアル・ジグラスにご遺骨を奉納することができたのでござる」
空は知っているが、ヴィントとリィンには話したことが無い。おそらく新田も知らなかったであろう。
「であれば」
空は、財布から『特別な一万ガル金貨』を取り出してひまりに手渡した。
「観音崎様がお気に召すかは分かりませんが、前に銀行で偶然手に入れた『記念コイン』です。ライノック陛下が即位された際に発行された、陛下の肖像と『国獣の大鷲』が彫られたものです」
硬貨というものは、通常なら溶かした金属素材を型に流すかプレス成型しておしまいである。だが多くの記念コインの場合はカラー印刷まで施されており、ライノックの肖像にはオリーブの葉の彫刻が緑色に、大鷲の目が白と黒に、表裏の五つの星マークは赤・青・黄・緑・黒の五色で彩られている。
「おお! これは何と珍しい! だがよいのでござるか? ただでさえ大金で、しかも貴重なものを」
「ひまりもヤマトより遠い異国まで赴いてご遺骨を奉納したのです。ひまりの友人として、あなたの主にして差し上げられることをしたいのです。お金の問題ではなく、観音崎様がお好きだと言う美術品の献上という形で」
「……承った。かたじけのうござる、空」
ひまりは確かに空から一万ガル金貨を受け取り、基哉の蝋人形の前にある漆黒の膳に納めた。
「主。我が親友からの贈り物にございます。どうかお納めください」
一同は基哉の蝋人形を見上げる。
変わらず厳つい表情の基哉も、どこか優しげに見える。
そしてヴィントも。
「殿様、たぶん天国で喜んでるよ」
「……ああ。そうであれば、無上の喜びにござる」




