第二十三章 いい日旅立ち、南へ ~これがヤマトのもてなしの心でござるよ。~
七橋町に向かう列車の中。
空たちは使者として偉ぶることもなく一般乗客に混ざりながら、列車の旅を満喫する。サイコロの旅に散々付き合わされたこともあり、余裕で外の景色を眺めながら水筒の茶を飲む。
そんな空の横顔は、どことなく軽やかであった。ひまりは、その理由を空に尋ねた。
「然様でござるか。空が何者かによる祝福を受けてジグラスで目覚めたと」
「はい。真実はまだ分かりません。それでも両親がただわたしを捨て去って行ったわけではないと言うことだけは信音様にさとされました。そしてそれは本当なのだろうとも思っています。だから、目覚めてからから先の放浪の果てにアシュレイさんやアレットたちと出会い冒険者として旅に出てから今日に至るまで確かに大変なこともありましたが、それでも充実した日々を送れているのでしょう」
「ならばその答え、空だけの大切な感情として忘れずにおくのがよいでござろう。しかし本当に、八極拳と言う聞いたこともない武術に強敵と渡り合えるだけの実力、貴殿がどのような過去を過ごしてきたのか、拙者も気になるところでござる。空は、記憶を取り戻したらまず何をするつもりでござるか?」
「そうですね。八極拳が何かを知り、両親が存命であれば言葉のひとつもかわしたいと思います。そこから先は、記憶を取り戻さない限り何とも言えませんね」
「うむ。であれば、ゆっくり探してゆくと致そう」
半日かけ。
相模国南端、海に面した町、七橋町。
旧七橋国は現相模国の海岸線一体を領土としていたが、今は城下町のあった一部を七橋町と改めて今は亡き旧七橋国領主の遠縁の者が自治に努めている。
七橋町の良いところは、古くから続く穏やかな街並みと海岸線沿いに延びる活気のある商店街。街並みが古いとは言え田舎として寂れているわけでもなく、大陸から渡ってきた文化を程よく受け入れ新しい時代の生活を謳歌している。夏になれば遊泳や『塩湯浴み(海水浴による健康法)』客が多く訪れ、近頃は大陸式のビーチレジャーも取り入れられているようだ。
「さて、ここから先は拙者が美食と観光の案内を致そう」
「はい! よろしくお願いいたします!」
「ははっ。空はブレないでござるなあ」
だがヤマト各地で様々なご当地料理を堪能してきた一同だ。空ならずとも、ここでしか味わえない料理への期待に胸を膨らませる。
すると、空たちに声をかけてきた者がいる。
「もしや。皆さまは常盤国からいらっしゃいました、レアガルド王国の使者の一団様でありますか?」
その人物は、大倭皇国海軍の制服である『青襟のセーラー服』に身を包んだ男性兵士であった。
「はい。わたしがその代表の呉空と申します」
「私めは『大倭皇国海軍相模国分隊』所属、『新田勝』少尉であります。この度、織田信音公よりレアガルド王国の使者の皆さまを我が分隊にお招きせよとの任により、馳せ参じたものであります!」
新田はヤマトの海軍式の敬礼をする。空もまたレアガルドの貴族式の敬礼を返し、ひまりたちも準ずる。ヴィントは一瞬陸軍式の敬礼をしようとした空の仕草を見逃さず、「師匠も言うとおり、肩書が多いのもメンドそうだな」とつぶやく。
「呉中尉は美食巡りがたしなみとのことで、まだお決まりでなければ愚官がお食事処をご用意いたす所存でありますが」
それにはひまりが答えた。
「では貴官のお言葉に甘えるでござる。実は拙者は旧七橋国の出身であるゆえ、どこにしようかと食事処選びに悩んでいたのでござるよ」
「かしこまったであります。しからば、こちらへ」
車を降りて蒸気駆動エンジンを落としたばかりなのに、また窯に火を入れる破目になってしまった。空がため息をついていると、ひまりは言う。
「こういう場合、お偉方が首をそろえて我々をお待ちでござる。レアガルドの軍のように出頭や駐留の命令を出すのではなく、食事に招待すると言う形で大事な話の席に連れていかれるのでござる」
「なるほど。相手に威圧感を与えないようにする、これがヤマトなりの配慮ですか。お金を払ってでもひまりのオススメを頂きたいところだった分、少し無念です」
「それは用件が済んでから赴くと致そう。『日程が許せば』」
それは、アレットの言うところのフラグか?
そして到着。
大倭皇国海軍相模国分隊『相模鎮守府』前、『レーマ・ィデ・テンラトスリ』。
……ではなく。
「れぇま、いっで、てん……」
横に長い看板の字がやはり横に書いてあるため、ヤマト人のひまりでも読めない。
「あぁ、違うであります。大陸風に横書きにした看板であります。この店の名は、リストランテ・ディ・マーレ、『略称:マーレ』。海の食堂と言う意味であります」
海軍鎮守府庁舎、そして食堂店舗建屋、それぞれアルビオン海軍とパダーノ共和国の食事処を強く意識して建設されているが、リィンに言わせれば「異文化がこれほど近くにあると『国籍ごちゃ混ぜ状態』ね」とのこと。
パダーノ共和国風の内装の食堂、マーレに足を踏み入れると、ホールが貸し切りにされて海軍の一同が先に座していた。新田の案内のもと空たちが到着するなり、一番偉い人物が真っ先に起立して部下たちも続く。
「レアガルド王国の使者たる呉空様、河上ひまり様、リィン・フィル・ライトアームズ様、ヴィント・フォン・リヒトホーフェン様、二宮忠八様。この度は我が会食の席におみ足をお運びくださり、ありがとうございます。吾輩は倭皇国海海軍相模分隊隊長、階級は少将、『伊藤仗助』と申します。以後、よろしくお頼み申し上げます」
軍人(伊藤)には軍人(空)が返す。
「盛大なる歓迎を心から感謝します。この度レアガルド王国が領主ライノック・レアガルドの使者として参りました、軍人としてはレアガルド王国陸軍少尉相当非常駐兵、呉空と申します」
「こちらこそ。呉様、皆様、お席へどうぞおかけください」
そして着席した一同に、食事が運ばれる。生ハムなど香りの強く彩りがよい前菜、伊藤少将のチョイスでパスタ(第一メインディッシュ)、続いて牛肉のステーキと付け合わせのサラダ(第二メインディッシュ)が運ばれてくる。
空が尋ねる。
「えっ? 用もなく我々を呼んだのですか?」
「申し訳ございませんが、昨日の内に織田信音公より親書が届いていたのです。『国籍がめちゃくちゃなレアガルド王国の使者たちの一団が見えたならば、貴隊で盛大にもてなすのじゃぞ』と」
「国籍めちゃくちゃ……。確かに、わたしはレアガルド出身ですがどうにも大岑帝国にゆかりのありそうな名前と武術を持っていますからね。ひまりと忠八さんに至ってはヤマト人、ヴィントはシュトラルラント人ですし」
「実はひまりとは面識があるのですよ。……ひまり、元気そうだな」
伊藤はひまりに話を振り、ひまりも食器を置いて答えた。
「はっ、おかげさまで。今はレアガルドにすっかり居つき、湖水地方の領主陣のひとりとしてリゾートと言う憩いの家を経営しております」
「話は聞いているが、今ではお前が立派な大名か。顔を見ただけでよく分かる、よき仲間に恵まれたようだな。そうだな、お前がヤマトを旅立ってから今日までのことを話したい。お前の方からも旅立ってからリゾート開業までの話を聞かせてくれまいか」
「喜んで」




