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第二十三章 いい日旅立ち、南へ ~はて? はめたとな?~

 常盤駅。

 空の軍用蒸気駆動車と織田家専蒸気駆動車を貨車に載せ、空たちも切符を買って列車に乗り込もうとする。駅舎には伊織と慶貴のほか、伊織の母で先代女皇である勇実がやってきた。勇実は、今度は反省看板を持たせるに飽き足らず伊織の上半身を縄でぐるぐる巻きにした挙句釣り竿で釣って肩に担いで周囲を唖然とさせてしまった。

「二度目まして、呉空さん、河上ひまりさん。私、このバカ娘の母で大倭皇国先代女皇の萌桜院勇実と申します。先日は怒りのあまりご挨拶を怠り無礼を働きまして大変申し訳ございませんでした。この度は、そして今朝もうちのバカ娘の道楽と朝食にお付き合いいただきまして、重ねて申し訳なく思っております」

「いっ! いえ、そんな。頭をお上げください、『上皇様』。なんだかんだでわたしもとても楽しかったですし。それに、こうして見送りに来てくださったのですからそこまでなさらずとも」

 ひまりもうんうんと頷き、勇実は「はぁ……」とため息をついて両足で地に立った伊織の頭を押さえつけて頭を下げさせた。

「うん……。ホント、ごめんね?」

「いえ、ですから、お気になさらず……」

「そう? じゃあ最後の最後、ほんとの最後に、迷惑ついでに、ひまりちゃんの故郷である相模国の七橋町に寄ってってよ。ひまりちゃんも地元を紹介したいだろうし、空ちゃんはおいしいもの食べたいだろうし、どうかな? あと、あたしのサインがあれば相模から肥前まで、肥前から大陸までの船の料金を安くしてあげられるよー? 陸路を使うよりはるかに安いよ~?」

「この愚息女の母としても、ぜひお受け取りいただきたく」

 空とひまりは見合い、若干動揺しながらもうなずいた。

「では、ありがたくそのご厚意を頂戴いたします。必ずよい帰路とし、陛下、上皇様にご報告いたします」

「ええ、楽しみにしています。そしてできれば、これからもうちのバカ娘と仲良くしていただければうれしく思います。またバカを働こうものなら頭の一つや二つブッ叩いても構いませんので」

 国のトップにそれはできない。空たちは愛想笑いすることしかできなかった。

 そして空が受け取ったものは、『公人手形(公務に携わる者の公共交通機関の割引手形。手型とは一種のチケット)』と、『アイドル伊織ちゃんの直筆サイン』だった。確かにサインだが。

「ありがとうございます、萌桜院陛下」

「伊織ちゃんでいいのに~」

「こういう時くらいはしっかりとけじめをつけねばなりません。では『伊織さん』。今度は友として、会いに参りましょう」

「うん。待ってるよ」

 再会を誓う別れの挨拶が済んだならば、いつまでも余韻に浸ってはいられない。

 空たちにリィンが言う。

「稲葉山城とは別の方角に行くなら、積み込んだ車を別の列車に乗せ換えなきゃ。駅から港までの足がなくなっちゃうよ?」

「そうでした。稲葉山城行きの列車の出発時刻次第では急がなければ」

 そうだと急ぐ一同だが、信音は空に言った。

「呉空。お主だけ待て。他は先に出立の支度をせい」

「はい、信音公」

 ひまりたちが貨物乗せ換え手続きと車の移送をしている間、信音は空に言った。

「記憶喪失たるお主。記憶の始まりは、寺院(ジグラス)の祈りの塔の中だった、と申しておったな?」

「はい、申し上げました」

「そうか。そして伊織。お主はそれより過去の空の過去が見えぬと申しておったな」

「うん、見えなかったね」

「そうか。……空。伊織(こやつ)は世界の記憶たるアカシックレコードを読み世界中の真実を知ることができるが、訪れぬ未来は当然読めず、アカシックレコードより消滅した過去を読むこともまたできぬ。じゃが、妾は『仮説を立てることもまた真実を追い求めることに大事である』と思っておる。たとえば、ひまりがレアガルド戦記は実はいにしえの国の黙示録ではないかと読み解いたようにな」

「はぁ……。って、信音公。まさか、わたしの過去に関する仮説も立てられるとおっしゃるのですか!?」

「早まるな。無論、仮説は仮説。的外れと言うことも考えられるゆえ、まあ小娘の戯言として聞いてもらいたい」

「……はい。心してお聞きします」

 空は今までにないほど神妙な面持ちになり、信音の前にひざまずいた。

 そして、信音の立てた仮説とは。

「お主は『祝福を受けし者』じゃろう」

「祝福、ですか……?」

「然様。ある時に突然八極拳と言う武術だけを思い出したのと引き換えにすべての記憶を失った根っからの孤児だったのか、あるいはすべての記憶を失うほどの衝撃的な事情、たとえば両親ともども野盗に襲われるなどの悲劇に見舞われたか、それは知らぬ。ひょっとしたらじゃが、八極拳はすでに受け継ぐ者がおらず、お主は忘れ去られた武術を修めた者の生まれ変わりかも知れぬ。修業を積んだ僧侶が死後に転生し、遠き異国の少年少女が前世の記憶を頼りに見知らぬはずの法具(宗教において儀式に使う道具)を手にする、などの事象のようにな」

「わたしが、転生者、ですか……?」

「可能性の話じゃ。じゃが確かにひとつだけ。ジグラスの中で目覚めたお主は、『何者かに未来に幸(さち)多かれと願われて、そこにおった』と言うことは妾にも分かろう」

「幸多かれ、と……?」

「然様。ジグラスとはもともレアガルド戦記に由来する、八柱の英雄を祀り、恒久的な平和を祈るための寺院じゃ。そこで目覚めたお主は、『お主をそこに託した者によって祝福されていた』と言うことじゃ。それはお主の両親か、身柄を預かっていた誰かか、それとも記憶を失う前のお主自身か。いずれにしろ、ゆえに空よ。お主は『世界から見捨てられたと言うことだけはなかろう』。余計なお世話だとしたらそれまでじゃが、お主は記憶喪失であることを悲観する必要などないことだけは、頭の片隅にでもとどめておくがよかろう。妾が言いたいことは、ただそれだけじゃ」

「……ありがとうございます。わたしをジグラスに託した方は存じ上げませんが、信音公にそうおっしゃっていただき、心のモヤが少し晴れた気がします」

「うむ。妾もまた友として、お主の未来に幸多きことを心から願おう。さて、あとはお主の足と目で引き続き真実を追い求めるがよい。迷いあらば遠慮なく文(ふみ)をよこせ。貴州に貸しひとつ作る形で、探偵の真似事のひとつもしてくれよう」

「その時は、何卒お願いいたします。……それでは織田信音公、上皇・萌桜院勇実様、女皇・萌桜院伊織陛下、そして皆様。これにて失礼いたします」

 跪いた状態からもう一度礼をし、空はしっかりと立ち上がって踵を返した。


 相模国に向かう蒸気機関車が出発する。

 列車はガタゴトと小気味いい車輪音を響かせ、常盤駅を去ってゆく。

 そんな列車を見送る信音たち。伊織は釣り竿の先からぶら下がっているためよく見えないが。

 そんな伊織に、信音は尋ねる。

「おい伊織。お主、どこまであやつらを『はめた』んじゃ?」

「はて? はめたとな?」

「とぼけるなたわけ。先日までのサイコロの旅の話じゃ。途中から相模国の美食を味わおうとする面が、到達もしておらぬうちに消えておった。お主は導きたかったのではないか? 相模国は七橋町に、それもサイコロの旅などと言う金も時間もかかりすぎる回りくどいやり方でな」

 その言葉に、勇実も「どういうことなの?」と娘に尋ねる。

「サイコロの旅で皆に美食を堪能してもらおうって言うねらいは九割がた本音だよ。あたしも楽しい旅がしたかったからね。でも、アカシックレコードはあたしにこう告げた。今、このヤマトに大いなる脅威が近づいてきているって。その脅威に対抗しなければ、相模、ひいては常盤も、ヤマトそのものが危ない。策は立てなければいけなかったの」

「脅威がヤマトに近づくと言うことは、海からじゃな。そして最初の狙いでは相模国に来ることはなく、狙いが相模国に定まったと決まったところで残念がるふりをして旅を終わらせ、サイコロの旅の中ではなく最後の旅の目的地として相模国へといざなったと言うことか。では海軍を集結させればよかろう」

「残念なのも本当。それに通常戦力が一気に港町に集まったら、その脅威とやらは針路を変更するに決まってる。だから少数精鋭を紛れ込ませ、連中が油断して上陸したところで一気に叩けばいいじゃない。そのためのイベントだってちゃんと用意した。あとはその少数精鋭である空ちゃんたちが海軍に加わって、一気に殲滅してくれたら万々歳って感じなんだよね」

「おい! あやつらはレアガルドからの使者じゃぞ! 何かあってはヤマトが責を問われるのじゃ!」

「大丈夫だよ。『空ちゃんたちは一度あいつらに勝ってる』から。それにあいつらにとっても空ちゃんにとっても互いは出会う前からの宿敵。だったらぶつけてあげようじゃない。勝っても負けても恨みっこなし、たった一度の『大死合い』。ううん、『絶対にあいつらはあたしたちを恨む。無様に負けるって形で』ね」

「おいおいおいおい。お主は一体どこまで」

「ゲームフィールドもサイコロの目も、最初からあたしがすべて掌握していた、ってことでよくない?」

 縛り上げられた伊織の手には、釣り用の『テグス』が握られていた。

「よかないわ! ……ああもう、国交問題に発展したら連帯責任取ってもらうからな!」

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