第二十三章 いい日旅立ち、南へ ~お主……、かわいそうなやつじゃの……。~
その夜。
大倭皇国議会、議員宿舎。
なお、伊織は実家こと皇居に連れ戻された。
「さて、ここ一週間あまり伊織に連れ回されて視察してもらいたいところも大幅に地図上の説明のみでとどめてしまったし、お主らの日程もひどく伸びたことじゃろう。お主らにとっては最初からなかった日程でもあろうし、詫びても詫びきれんほど申し訳ない。せめて今宵くらいはここでゆるりと休まれよ」
議員宿舎は一同に「ホテルか」と言わしめるほど立派なもので、ヤマト人であるひまりと忠八にも「これほど立派な長屋や兵士宿舎は見たことが無い」と言う。
ひまりが尋ねる。
「時に信音様。信音様はなぜ、レアガルドの使者である拙者らに、各地の大名にも告知していらっしゃらぬ機密をお打ち明けくださったのでございましょうか?」
「そうじゃな。これから旅立つひまりも二宮もいつヤマトに帰ってくるか分からぬし、あるいはもう帰らぬかもしれぬ。じゃから、今こうしてヤマトの現状を打ち明け、それをあのお人よし国王に伝えてもらいたいのじゃ。ヤマトは東西の脅威と戦おうとしておる。もしもの時は手を貸してもらいたく、レアガルドに対してはこれからも手を取り合える、あるいは戦う時のための見本とさせてもらいとも思っておる、とな。先行発表したのは、ある種の友好のしるしじゃ」
「そう言うことでございましたか。ヤマトは南北の国を巻き込んで強くなろうとし、レアガルドとの友好を強化することで脅威に立ち向かう力をも強化する、と言うことですか」
「そうじゃ。無論見返りも支払う。レアガルドが困ったとき、ヤマトもまた力となろう。ライノックに伝えてもらいたいのは、それも含めてじゃ」
「かしこまりました。我ら、任を果たしましょう」
「うむ。……さて一同、食堂に行くぞ。今日の宿泊予定は前もって使用人に伝えてあるからな。議員宿舎は賓客の宿泊にも使えるのじゃよ。あ、その前に議員用の個室も見ていくか?」
洋館のごとき皇国議会議員宿舎は、議員のみならずその家族も住むことができるほど一室が広い。ヤマトらしさは完全にないものの、そもそも玄関で靴を脱いで小上がりを一段上って素足ないし『屋内靴』で歩くと言う、外と内を隔てるというヤマトらしさは残っている。
空たちは男女に分かれて賓客室に旅の荷物を置き、食事を味わってベッドに身を投げた。忠八は衛兵たちと酒をたしなみ、空たちは夜遅くまでガールズトークを楽しんでから眠りにつくのであった。
翌日。
議員宿舎前。
空がこれから先の日程を確認する。
「さて、本来であれば織田信音公よりパダーノ共和国への強制行政に関する署名を頂くのが我々の使者としての任務でした。また、この中でわたしが使者としてライノック陛下よりご指名頂いたのは、記憶喪失であるわたしの過去を探すための有益な機会にしてもらいたいとのご温情でもありました。
旅の中で未だわたしの過去に関する手掛かりは見つかっていませんが、使者として果たすべきことは果たせたと思っております。
これより我々がなすべきことは、ライノック陛下とフォーマメント州の仲間たちに無事の報告と帰還の報告を認めた信書を送り、海路と陸路を使って無事に帰還することです。そのほか、これをやり残した、これはしておきたい、などのご要望があればおっしゃってください。それについては昨晩も尋ねたので、追加が無ければこのまま出発したいと思います」
誰も意見しない。
空はひとつ頷き、信音を見やった。
「信音公。我々は公を稲葉山城までお送りしたのち、稲葉山城下町の人々に挨拶をし、忠八さんの奥様の寿代さんをお連れし、大陸の鉄道を通って帰ろうと思います。我々の故郷に到着し次第、公にも帰還の報告状をお送りいたします」
「うむ。では参ろうか」
その時、先日のカレーライスの屋台で世話になった陸軍中尉の松平慶貴が空に声をかけてきた。そしてそばには伊織と彼女の護衛がいる。
「やあ、今から出発かい? 萌桜院陛下に朝食にご招待いただいてね。これからどうだい?」
「そだよー。あたしもせめてお見送りくらいしたいからね。抜け出してきたよ!」
「慶貴さん、陛下。ありがとうございます。それでは最後に、陛下のおすすめの食事処で常盤最後の美食を堪能したいと思います。信音公?」
「どいつもこいつも仕方のないやつらじゃな。兵士、お主は何用で参った?」
慶貴は、ヤマトとレアガルド双方の軍人として空と意見交換がしたいと言うことらしい。
と言うわけで一同は、伊織が『お忍び』で皇室の誰にも内緒で訪れると言う『お好み焼きの和泉・武蔵分店』まで訪れた。和泉国、河内国出身の出稼ぎ土木員から地元の官職まで多くの者が鉄板でお好み焼きを焼いて取り分けて食べている。
「やっぱり食卓を囲むなら大勢がいいよねー。あたしはいつもお忍びでひとりで来るから、その場に居合わせた人と一緒に食べることがほとんどなんだー」
「お主……、かわいそうなやつじゃの……」
「そこ。思ってても口に出さない」
「どうせ人の心読むじゃろ」
空も言う。
「ジンギスカンや牛鍋もそうでしたが、ひとつの料理を大勢で囲んで取り分けて食べるのはよいものです。こうして人々は仲間となり、仲間はより絆を深めることができるのですから」
「然様にござるな、空。思えば拙者らも旅の中で同じ鍋を囲って食べてきた。いちいちつながりを確かめ合わずとも、我々はいつの間にか仲間として強く結びついてきたのでござろう」
すると、そんな空に慶貴が尋ねる。
「レアガルドにもそんな料理があるのかい?」
「いえ、冒険者として旅をするうちに必然的にそうなっていただけです。最初は探偵のアレットと言う仲間がひとりいただけで調理器具も小さくてよかったのですが、ひまりを、そしてピエリーナを迎え、旅路の中で大きな鍋を買う必要があり、陸軍とヤマトの料理をわたしとひまりが作って振舞ったものです。アレットは料理が雑で、ピエリーナの料理はもはや錬金術ですから」
「それは愉快だ。あとのふたりにもいつかお会いしてみたいものだね。しかし、きみは記憶喪失だと言う割になかなか博識だ。陸軍でも色々習うのか?」
「はい。戦闘術や各種兵器の使い方はもちろんですが、自国他国の文化、車の運転、パーティー潜入時に必要なテーブルマナーにドレスの着付け、その他表立った戦争からスパイ活動までひと通り体に通すようにしています。もちろん、配属された部署に必要な知識と技術は徹底的に叩き込まれましたが、わたしは一応中尉相当客人と言う遊撃隊員のようなものですので、そこまで厳しい訓練を受けてきたという自覚はありません」
「そうなんだね。戦争に駆り出されたりは?」
「あるでしょう。しかし国が今平和なので今すぐそう言うことにはならないでしょうし、それよりも今はカリオ……、いえ、探偵アレットが担う任務に際し、ひまりとピエリーナと共に彼女に全面協力すると言う任務を国王陛下と陸軍庁長官より賜っております」
「そうか。こっちはそうだね、来てほしくない戦争のために戦闘訓練を積んでいる。僕は旧武蔵の大名のせがれでね、国を守ることは宿命でもあり誇りでもあるから。しかし何かあった時に国を守れないといけない」
「はい。……今、アレットや王国議会は大いなる闇に対抗しようとしています。その闇がヤマトにまで手を伸ばそうとしてきたとき、故国を守るのは松平少尉たち皇国軍となるでしょう。そんなことにならないことを願いつつ、その時はヤマトを、わたしが愛した国をよろしくお願いします」
「ああ。任せてくれ」
そして一同はお好み焼きを平らげ、今度ばかりは自分たちの食費を自分たちで払った。




