第二十二章 伊織プロデュース! サイコロ任せの美食地獄ツアーどうでしょう ~師匠のダメ人間!~
大倭皇国領土・本土より北方。
本土の四分の一ほどという大きな島国、『蝦夷国/アイヌモシリ』。
同・『札幌/大河の乾いた地』。
「ここは太陽国同様、ヤマトからして外国じゃが、ヤマトとアイヌモシリは国交を結んでおると言うか、少し前の世代がアイヌモシリを侵略したと言うか、その影響で本土の人間はアイヌモシリを蝦夷国と呼んでおる。織田家は侵略の侘びとして精一杯アイヌ文化を守ってゆくことを約束した、という経緯があるのじゃよ」
「そうだったのですね。ではここもヤマトとして数え、視察対象としましょう。どんな文化と美食があるのか、今から楽しみです」
「ああ。そうじゃな。『定番中の定番、ジンギスカンと豚丼と札幌ラーメン』がうまいぞ!」
「それにします!」
空たちは駅舎内食堂『風神』にお邪魔することに。駅舎だけあって現代ヤマト文化の色が濃いが、奥の壁にアイヌ文化の紹介が展示されている。リィンは「料理の前にこういうのも見ておきたい」と、空とヴィントを連れて展示を見学する。忠八も西方出身としてアイヌ文化は気になる様子。
「陸軍の資料では少しだけ紹介されていたアイヌの文化ですが、やはりアイヌの人々は神々と身近な存在だったようですね。厳しい北方の地で生きるにあたり、自然の恵みや狩猟対象である動物たちに敬意を払い、大地を支配しようとせず自然の一部として生きているとは」
「太極拳のじいさんが武術を学ぶ時に心がけろって言っていた感謝と尊敬と謙虚って、自然に対しても言えることなんだね?」
「おっ? 素晴らしい気付きです、ヴィント。そうですね。わたしもそう思います。では感謝・尊敬・謙虚も我々の武術の柱に加えましょう」
注文したジンギスカンは、半球状に加工された専用の鉄板『ジンギスカン鍋』で肉と野菜を焼きながら大勢で取り分け合って食べる方式。身分関係なくひとつの卓を囲って、焼いた羊肉を味わう。さすがにその後に豚丼とラーメンは厳しく、一同は少しずつ取り分けてほしいと店主に言うのだが、当然空は豚丼もラーメンも一人前ずつ注文し、やはり駅舎利用客の誰をも驚愕させる。しかも「羊乳を使ったチーズですって!」とアイヌ産食材を使ったピザを見つけてしまい、それも丸々平らげてついには周囲を呆れ果てさせた。
「けど空ちゃん。確か羊のミルクって臭いって悪評じゃなかったっけ?」
「そう聞きましたが、お品書き(メニュー)にある以上は味わいたいものです! 事実美味でした!」
それには地元のアイヌ人が答えた。
「ヤマトの学者さんの話によるとな、牛乳にはない独特な風味に違和感を覚える人がいたり、菌って言う目に見えねえ小さな生物が羊乳ん中紛れ込んで悪臭出してるらしいんだ。羊乳の管理方法さえちゃんとしてれば羊乳内で雑菌が増えることはねえべ。まあ農家の人が手塩にかけて育てた羊と、丁寧に殺菌処理して作った羊乳だ。ちゃんと味わってくれ」
「なるほど、勉強になります。フォーマメント州に帰って酪農を産業にする話が持ち上がったら、ここで学んだことをきちんと生かさなければいけません。アイヌの方、ありがとうございました」
蝦夷国はとんでもなく広い。信音と伊織は札幌駅舎のある町の長に挨拶に赴き、またサイコロを空に振らせる。
「今度こそ頼んだよ、師匠!」
「空ちゃんにかかってるわ。サイコロの目にある『讃岐国に逆戻り』なんて言ったらただじゃおかないからね!」
「ありうるから困ります……」
だが嬉しいことに、出た目は春日国であった。
列車に乗り、赴くは春日国。
「ここ春日はかつて、常盤国、そして相模国の北東にある一部の地域とひとつの律令国『武蔵国』と呼ばれておった。武蔵の内部で争いが起こり、とばっちりを受けた相模が損害賠償として領土を請求、現在の形の相模に落ち着き、武蔵は常盤と春日に分かれて今に至ると言うわけじゃ。今はもう三国とも争いはないから安心せい」
「そのような歴史が。ではうどんを食べに行きましょう!」
「ブレんやつじゃな。ちょうど本日は『武蔵うどんまつり』が開催中じゃ。旧武蔵領からさまざまな店が『春日城下町大通り』に屋台を出しておる。皆で回るとしよう」
一口にうどんと言ってもさまざまな種類がある。まさに肉のうまみにあふれる『肉汁うどん』、『すったてうどん』、『武蔵うどん』など、地域によって味付けも具材も、麺の加工法や、その麺に使う小麦粉の種類まで千差万別。ついに空の腹はうどんでいっぱいになってしまい、その腹の膨れ具合から「あの妊婦まだ食うのか?」と言われてしまった。
うどんを味わい尽くして、再びサイコロを振る時。忠八は懇願する。
「常盤はもう目と鼻の先だ。空さん、ぜひとも常盤の目を出してくれ!」
「妾からも頼む。もうあと何日こんな美食の旅を続けさせるつもりじゃ」
「わたしとしては国中の美味にありつけるからそれほど悪いものでもないのですが、確かにいつまでも本来の目的を果たさず無意味にフォーマメント州を留守にするわけにはまいりません。カリオストロ問題が我々を待っているのですから。出でよ! 常盤の目!」
だが、出た目は『・野望の火は消せん! 中陸奥は気仙沼で海の幸堪能!』であった。
「師ぃぃ匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」
「……本当に、心から、申し訳ございません」
せっかく南下できたところを、またしても北上。
「ここ宮城国はもともと、宮城国、『青森国』、『岩手国』『福島国』の四国合わせて『陸奥国』というひとつの律令国じゃった。しかし近代化が進むにつれ大名ひとりがそれだけの規模の国が管理しきれなくなったとのことで、かつての南の大名家を復活させ、また分家を北二国に向かわせ、今の国土となっておる」
「今回は内部分裂じゃないんですね」
「争いで国が成り立っていた時期もあったからな、そう言われていても仕方ない。さて気仙沼と言えば海の幸! 少し内陸に赴けば箔付き米の『ひとめぼれ』が美味い! やはり海の幸を楽しむならば寿司じゃろう! 妾が勧めるのは『寿司の一心』じゃ!」
そもそも寿司とは、鮮魚が獲れる海沿いの地域で提供されていた料理である。かつては屋台を引いて売り歩く店もあったりもして、庶民にも手が出しやすい、レアガルド風に言うならばファストフードであった。寿司には米に酢を混ぜ薬味としてワサビを塗り防腐効果が最初からあるが、食品衛生管理の観点から寿司を含む火を通さない料理全般の屋台販売を法令で禁止され、今ではすべての寿司屋が店舗提供を義務付けられるに至る。
また寿司は、ヤマトが世界に誇る美味である。もはや国内外から『食す芸術』とまで言われるようになり、有名寿司屋の高級寿司は庶民には手が出ないとんでもないご馳走になっている。だがそういう場こそ社会的立場のある者に利用され、昼間ではできない秘密の臨時議会が開かれることもあるものだ。
そして、寿司の一心もそのひとつ。
店舗としては小さいが厳かなたたずまいの寿司屋で、カウンター席と座敷席がある。店としては歴史があるが、信音の語るところによると最近外国人向けに改装したのだそうだ。
「大将、久しいの」
「おう! ネネお嬢ちゃん。らっしゃい。今は大名の信音様でしたっけ。前にお越しくださったときは先代に連れられてでしたねえ」
「そうじゃな。今日は引きこもりの女皇とレアガルドの使者たちを連れて参った。席はあるかの」
「ちょうど団体様がお帰りになったところですね。座敷席でよろしけりゃあご案内で来ますがね」
「座敷もよいが、せっかくカウンターという文化を取り入れたのじゃ。カウンター席が人数分空くまで待たせてもらおうかの」
「分かりやした。そちらの赤い腰掛け(ベンチ)でお待ち下せえ」
信音は一同を腰掛けに案内し、空はどういうことかと信音に尋ねた。
「牛鍋やジンギスカン同様、料理が目の前で出来上がってゆく工程を楽しむためじゃ。多くの寿司は板前が握ったあとのものをゲタや桶に並べて持ってきてくれるが、大陸のカウンター席を導入したことで『かつての屋台のように目の前でネタを捌き寿司を握る』と言う寿司屋も多くなってきておるのじゃよ」
「そう言うことなのですね。そう言えば同じスタイルのものを、レアガルドのマグで見た気がします」
「それはまことか!? いやあ、空にとっては二番煎じになってしまったか」
「だとしても、本場ヤマトの寿司も味わいたいものです。……ところで美濃川のうな丼も完成品を持ってきてくれましたが、カウンター席を取り入れたら客の目の前でうなぎを捌くこともあるのでしょうか?」
「実際すでにやっている店もあるが、あれは生きたうなぎの頭に釘を刺して捌くからな。残酷に見えるのが苦手な客にはどう映るか」
「それでも構いません。美食を味わうと言うことは、その前に命を頂くと言うことでもありますから」
「ほう。お主、強いな」
カウンター席が空き、一同は思い思いの寿司を注文してゆく。今回ばかりは鼻につんと来るわさびに食欲を制御されてしまった空は、一品一品ゆっくりと食べてゆき、そのたびに鮮魚本来のおいしさを味わう。
「なあ殿様。ここが本当に殿様のおすすめの店なのか? もっとでっかい店を想像したんだけど」
「おうヴィント。店の規模だけで味が決まるのではない。確かに海沿いの町には寿司屋が多くあるが、妾は先代と共にいくつか食べ歩いてこの店の板前の味に心を奪われてな、中陸奥に赴いた時にはここにここで食べたいと駄々をこねたものじゃ」
「そうなんだ。確かにおいしいよ、このマグロってやつ」
「そうじゃろ。ああ、中陸奥に来たからには味わってもらいたいものがあるのじゃが、大将、『あれ』はあるか?」
信音に言われて大将が人数分配ったのは、『かまぼこ』と『ふかひれの姿煮』であった。
「ほいよっ。お待ち!」
「ふかひれ、ですか。不思議な響きの名前ですが、どういうものなのでしょうか?」
「ふかとはサメのことで、マグロを釣るための仕掛けにかかったサメから取ったヒレの部分じゃ。かまぼこはサメのすり身を成型した物じゃな」
「『凶暴な人食い魚』と悪名高いサメをこうも見事な料理にしてしまうとは、ヤマト人、食にかける情熱と技術力の何と恐ろしいことでしょう……」
「お主の食欲ほどでもないじゃろ」
果たして空たちは、寿司にかまぼこにふかひれを堪能したのであった。




